懐古回顧録 1

アーケードゲームとの出会いは20年はさかのぼるだろうか? リメイクものも出ているので知らない人はいないだろう。インベーダーゲームだ。正確にはタイトーの『スペースインベーダー』と言うべきなのだろうが、僕の世代にとってはインベーダーゲームに他ならない。

インベーダーが出現するまで、僕の住む街にゲームセンターという娯楽場は存在しなかった。アーケードゲームはデパートの屋上や、ボーリング場の片隅にそっと置かれていた日陰の存在だった。それがインベーダーの出現によってガラリと様相が変わった。驚異的なスピードで街のあちこちに掘っ立て小屋のようなゲームセンターが現れる様は、その名のとおりインベーダー(侵略者)だった。しかも今となっては信じられないことに、ゲームセンターに置いてあるゲーム機は全てインベーダーゲームだった。

タイトーの製造ラインはこの事態に全くおいつけず、多くの海賊版メーカーの出現を許すことになった。キャラクターのデザインをほんの少し変えただけの海賊版は、本家を駆逐する勢いでゲームセンターを埋め尽くしていった。

それまでのアーケードゲームは棒状のバーで玉を打ち返す『テニス』や『ブロックくずし』がせいぜいで、インベーダーの持つ高度なゲーム性は「画期的」の一語に尽きた。街のゲームセンターは、昼間はヒマを持て余す外回りの営業マン、夜は種々雑多な人種が押し寄せ、ついにはTVなどのマスメディアもこれをとりあげるなど、その過熱ぶりは凄まじいものがあった。

しかし悲しいかな、当時の僕の小遣いは1日100円(!)。ワンゲームで「ハイおわり」だったのだ。それでもその100円を握り締め、ひがな1日上級者のテクニックを食い入るように見つめ、渾身のワンゲームをプレイするという毎日が続いた。

上級者のプレイを目でトレースし記憶に焼き付ける。家に帰っても頭からインベーダーが離れない。練習しているという自覚なしに常にイメージトレーニングをしていた。頭にあることは「1秒でも長くプレイしたい」 そのときの僕は、正にインベーダーに恋していたのだ。燃えるように熱い恋だった。

一番の問題はやはり金だった。金がないことにはとにかくプレイできない。子供心に、新聞をにぎわす「遊ぶ金欲しさに……」という三面記事は僕みたいなヤツが引き起こすんだろうな、と思っていた。そのうちに金自体が目的になるだろうということも予想できた。僕は自戒した。「目的はゲームだ。金じゃない」その後、手を染めるようになった犯罪(と言えるほど大したものではないが……)は、この妙なルールに則って行われるようになった。要するにただでゲームが出来さえすれば僕に金は必要なかったのだ。

『ゲームセンターあらし』という漫画(すがやみつる作)が流行り始めた頃、この「女の子」の攻略はあらかた終わっていた。名古屋撃ちという、プログラムのバグを利用するテクニックで半永久的なプレイが可能になったのだ。必要とされる資質はある程度の反射神経と記憶力、正確な操作を行う指先の運動能力だけだった。ハードルは低かった。それさえマスターしてしまえば、あとは単なる作業といえるほど究極的な攻略法だった。僕の彼女への想いは急速にしぼんでいった。惰性でプレイする日々が続く。麻薬のように習慣化してしまい、やめられないのだ。世間のインベーダー熱が冷めていっても、取り残されたようにゲームセンターにしがみついている僕のような人種は結構な数に昇っていたと思う。いつしか顔見知りになり、どちらからともなく話し掛けるようになっていった。

最初のゲーセン友達だった。名も知らぬ彼らとの長い付き合いが始まった。

1970年代の終わり。校内暴力が激烈だった頃の話である。

つづく…(N)
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