懐古回顧録 14

『ストリートファイター2』は本当に面白いゲームだった。主人公1人に対して、無数の敵がわらわらと襲ってくるそれまでのゲームと違って、『スト2』は1対1の格闘ゲームだった。非常に個性の強い8人のキャラクターの中から1人を選び、それが主人公となる。残る7人を倒して、その後に控える4人のボスキャラを倒すのが目的だ。だがその目的は、『スト2』がゲーセンに現れて数ヶ月で様変わりした。このゲームは対コンピュータだけでなく、2人で対戦ができるのだった。パターンを攻略してしまえば、あとは単なる作業となってしまうのがゲームの宿命だが、相手が生身の人間であればパターンは通用しない。いつも新鮮な格闘が楽しめるのがこのゲームの最大のポイントだったのだ。ゲームバランスはよく練りこまれており、人間同士の読み合いが勝敗の鍵を握る。多彩な技を出せるようになるのもうれしかった。弱い技は簡単な操作で出せるが、攻撃力の強い技は難しい操作をしなければ出せない。練習して上達すればいくらでも強くなることができる。キャラクター8人全員を極めるのは至難の業で、長い間楽しめるのも良かった。

僕は「リュウ」というオーソドックスなキャラクターを使用して、毎日「昇竜拳」を出すために練習した。この無敵の技は、それまで格闘ゲームというジャンルに触れたことがなかったものにとっては出すのがとても難しく、それだけに自由自在に出せるようになるのは、ある種のステータスだった。『スト2』にハマる者がみんな昇竜拳を簡単に出せるようになった頃、人対人の対戦は最高の盛り上がりを見せるようになった。

だが、一方で『スト2』は暴力沙汰を引き起こす引き金ともなった。このゲームの最大の弱点に「ハメ技」と「待ち」というものの存在があった。「ハメ技」を仕掛ける側は簡単な操作を続けるだけで勝つことができ、やられる側はそこから抜け出すのに、大変難しいテクニックや高度な読みを要求される。ゲームの上手下手が勝敗に結びつかないというのは、プレイするものにとっては納得のいかないことだった。「待ち」を駆使する相手はこちらから仕掛けない限り、一切キャラクターを動かさずにジっとしている。せっかく金を払ってゲームをやっているのに、双方何も手出しをせずに時間だけが過ぎていくのはストレス以外のなにものでもなかった。腕のたつゲーマーには「待ち」や「ハメ」などモノともしない者もいるにはいたが、多くの一般プレイヤーはこの2つの戦術になす術もなかった。たとえゲームであっても真剣勝負で負けるのは悔しい。何のテクニックもないのに、こういった戦術で勝ちを拾うものは忌み嫌われ、しばしば喧嘩をひきおこすことになるのだった。また、自分の技量のなさを棚にあげて、ただ単に負けた腹いせに怒りだすものも多くいた。

ゲームそのものを原因とする喧嘩が街に溢れかえっていた。以前では考えられなかった光景だ。一目で危険だとわかる荒れたガキだけでなく、見るからにおとなしそうな一般プレイヤーまでもがしばしばキレて暴力沙汰をひきおこす。ゲーマー、荒れたガキ、一般プレイヤーといった、かつての棲み分けは意味をなさなくなり、それなりの秩序があった暴力の構図も完全に無秩序となった。ゲーセンに来る者は自衛のためにナイフを持つようになり、ナイフを持った者は自分の力を過信するようになる。

筐体を挟んで向かい合う相手が、負けた腹いせに筐体をガンガン蹴りとばす。僕は自分のプライドが許さない「ハメ」や「待ち」は使わない。相手はただ単に己の技量のなさを棚にあげて逆恨みしているのだ。そんなときは黙って席を立ち、相手の方に歩み寄る。静かに笑顔を向けると、相手は僕のガタイや目つきにビビっておとなしくなる。見るからに年の離れた僕に、本気で牙をむくガキはそう多くなかった。かつてゲーセンを根城にしていた自分が、こんなガキどもにナメられてたまるかという子供じみたプライドを盾に、精一杯の虚勢を張っていたのだ。だが僕は以前の僕ではない。ヤケになって暴力沙汰を引き起こし、警察にパクられるには年をとりすぎていた。これを「腑抜けた」と称するのなら甘んじて受けよう。僕は以前の僕には戻りたくなかったのだ。

ギリギリの綱渡りは終わりを迎える。僕とゲーセンの長い蜜月は、ナイフによって引き裂かれた。

つづく…(N)
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