1994年に、僕は頬にニキビの残る16か17くらいのガキにナイフで刺された。
というのは大げさで、実際は左の太ももに、少しばかり刃先を押し込まれたというのが本当のところだ。怪我とよべるほどのものでもない。後日後輩に聞いてみると、キレるとすぐにナイフをちらつかせることで有名な男だった。僕は長いブランクのせいで全然その男のことを知らなかった。ナイフの恐怖はヤクザに殴られたときの比ではない。僕は殺されてもおかしくなかったと後で思った。きっかけはつまらないことだ。席をどけ、どかないのいざこざなのだが、本当に怖かったのは間が一切なかったことだ。僕を威嚇する大声もなければ、睨みつけて対峙する時間もなかった。気がついたら既にナイフは僕の太ももに押し付けられていたのだ。僕はすぐさま謝って逃げた。不思議と怒りは感じなかった。ちっぽけなプライドみたいなものだけが吹き飛んだ。
これをきっかけに、僕は地元でのゲーセン通いをピタリとやめるようになった。虚勢を張るのは終わりにしたのだ。だがしかし、昭和60年の風営法施行のときに感じたような寂しさはなかった。僕の居場所はここじゃないんだという思いだけがあった。
僕にナイフをむけた男と、僕との決定的な違いはなんだろうと、ずっと考えた。僕は自分の無力さをイヤというほど知っている。謝って逃げたことを少しも恥じていなかったし、負けたという気持ちもなかった。それに対してナイフの男は、恐らくいくら喧嘩に勝とうとも、自分をいつも人生の負け犬みたいに感じていたんじゃないだろうか。かつての自分がそうだったように、少しだけそいつの気持ちがわかるような気がする。勝手に作り上げたペシミスティックな自分の未来像に怯え、ナイフで武装することの無意味さを知ろうとしない。焦燥感に押しつぶされそうになって、必死でもがいている心があるような気がするのだ。
かつての僕にとって、ゲーセンとは負け犬が逃げ込む小さく暗い小屋みたいな場所だった。風営法とヤクザによってそこを追い出されたとき、寂しさを感じつつも新たな逃げ場所を作らなかったことが、僕をナイフの男とは違った人間にしたのかもしれない。ゲームに熱中することと逃げることを混同していたことにようやく僕は気付いた。これでようやくゲームだけを純粋に楽しむことができる。だが悲しいかな、僕にはゆっくりゲームをやる時間がなくなっていた。昼も夜も忘れ、ゲームに熱中した頃が本当に懐かしい。
今ゲーセンは明るく楽しい場所になったと聞く。僕を呼び戻すようなゲームは今も作られているのだろうか?もしそうならたまにはゲーセンに行こう。
楽しそうな顔をしてのんびりゲームをやる僕の心は、ナイフで刺すことはできない。
僕を熱くさせてくれたたくさんのゲームたちと、いろいろなことを経験させてくれたゲーセンという場所と、そこで出会った名も知らぬ多くの人々に感謝を込めて……
2000年3月28日