懐古回顧録 5

面白いゲームがなかなか現れなかった。それでも気がつくとゲーセンに足が向いている。単なる習慣と化したゲーセン通いは、「こんなことしてていいんだろうか」という漠とした不安感を募らせる。シゲルが消えてからの僕は、まわりから見たらどういう風に見えていただろう。ゲーセンの住人は他人の様子などいちいち気にしていないというのが実際のところだが、学校で薄ら寒い会話を交わす同級生には、きっと死人みたいに見えていたことだろう。

夕暮れから夜8時くらいまでの食事時はさすがにゲーセンも人がまばらになる。そんなときは店に流れる有線が頭にこびりついて離れない。ロクに食事もとらずにゲーセンに居座っていた僕は(実際この頃の僕は1日1食とか2食が多かった)、この時代の流行曲だけが頭に残っている。駅前の「サン」から足が遠のき、ガキが少ない「クラウン」でゲームをやるようになっていたので、余計に孤独感のようなものを感じ始めていた。布団に入って眠れないときにゲームのことを考えながら、「あ 今日は誰とも会話してないかも……」と思う日が何度かあった。よくない兆候だった。段々自分が腐っていくような気がした。

そんなある日、顔見知りのゲーセン仲間を避けるようにクラウンに居座っていた僕の前に、心奪う新製品が現れた。主人公が剣を持って敵と闘っている画面に目が吸い寄せられる。ワンゲーム100円で、タダゲームがほとんど通用しない高級店のクラウンではなかなか手が出しづらかったため、僕は1日他人のプレイを見てすごした。インベーダー以来の興奮が沸き起こる。僕の頭の中はその新製品、『ドルアーガの塔』というゲームで一杯になった。

ナムコが出したこのゲームは、あらゆる意味で異色だった。全60面のダンジョンを攻略していくのだが、各面には必ず宝箱がひとつ出現し、この中身を取らないとまともに先に進めない。そして宝箱を出現させるには複雑な操作を行わなければならず、その操作は自分で発見しなければならないのだ。これは狂気の沙汰だった。「画面の両端にタッチする」だの、「7面で取った宝を破壊する」だの、「鍵を取らずに出口を通過する」だの、およそ考えも及ばない方法が60個も待ち受けており、運良く宝箱を出現させたとしてもどの操作が出現させたのかまるでわからない。そのうえ宝の効果自体も自分で発見しなければならないのだ。家庭用ゲーム機なら無限にコンティニューが出来るからこんなもの造作もないが、これはアーケードゲームなのだ。ワンゲーム100円で宝の出現方法を探るのには一体いくらの金をつぎ込めばよいのか、想像するだけで気が遠くなりそうだった。が、僕も含めて多くのコアなゲーマーたちは見事にこのゲームにハマったのだった。

翌日から僕は、全財産をつぎ込んでこのゲームの攻略をはじめた。はじめの1万円では7面までの攻略しかできなかった。8面、9面、10面と先には進めるのだが、宝を取らずに進めても必ず壁にぶち当たる。さらに先に進むためにはなんとしても各面全ての宝の出現方法を見つけ出さなければならなかった。金はすぐに底をつき僕は気も狂わんばかりに身もだえした。しばらくやっていなかったタダゲームの方法を考えるしかなかった。

サンでの公認タダゲームのときに、僕は始めてゲーム筐体の中身というものを見た。筐体の鍵をあけ、テーブル部分を上に開くと右側に赤いボタンがある。ここを押すと硬貨を入れたのと同じようにクレジットがあがる仕組みだ。また、ディップスイッチと呼ばれる小さな突起が何個か並んでいて、これをマニュアルに従って操作すると、何万点で1UPするとか、主人公の初期人数とかを設定できるようになっている。僕とシゲルは店員に内緒でディップスイッチをいじって、ゲームの難易度を勝手に簡単にして、次回金を払ってゲームをするときに長時間遊べるようにしておいたりした。そのときの知識が役に立つときが来たのだ。しかしそれには必要なものがある。

『ドルアーガの塔』の宝箱を開けるために、現実の筐体を開ける鍵がどうしても必要だった。

つづく…(N)
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