懐古回顧録 6

客の入りがめっきり減ったサンに代わって、地元で最も賑わいを見せていたのが「ポパイ」だった。1ゲーム50円と安かったのと、筐体管理がずさんなためタダゲームを狙うガキどもが大挙して押し寄せていたからだ。その分暴力沙汰も多く、サンとは違った意味で危険な場所だった。たむろする連中のほとんどは見知った顔だったが、あまり言葉を交わしたことはない。僕は1人の男に目をつけた。

「隊長」と呼ばれているその男は、見るからにオタクっぽい、めがねのやせっぽちだった。しかしゲームの腕は折り紙つきで、僕と同じく『ドルアーガの塔』に並々ならぬ闘志を燃やしている。そして僕と同じように金策に困っていた。「こいつを相棒にしよう」 即決だった。

ポパイの従業員は2交代制。昼間は耄碌したじじいで、夕方からは大学生らしき男が働いている。大学生は仕事熱心で、サボっているところを見たことがない。狙うなら昼間しかなかった。このじじいは本当に耄碌していて動きが信じられないほどのろい。風貌と動きから、ガキどもは「カメ」と呼んでいた。昔シゲルがカメから財布をパクったときは傑作だった。テーブル筐体の雑巾がけをしているカメのケツポケットを、カッターで気付かれないように切り裂いてパクったのだ。カメの財布には千円札が2枚しか入っていなかった。シゲルは口の端をゆがめながら自分の財布から千円を取り出して、皆に見えるようにカメの財布に入れてやった。そしてゲラゲラ笑いながら

「じじい 財布落ちてたぞ! 」

と言って財布を返してやったのだった。カメはニコニコしながら「ありがとう」と言った。僕らはおかしくておかしくて、その日は1日中笑いっぱなしだった。カメは家に帰って、破れたケツポケットに首をひねったに違いない。

筐体を開ける鍵のありかは知っている。耄碌したカメがその鍵を重要視していないことも知っている。硬貨が落ちる箱の鍵は厳重な管理がしてあったが(売上金の金庫みたいなものだから当然だ)、筐体のメンテナンスなどできないカメにとって、もう一方の鍵は無用の長物なのだ。僕と隊長は3日ほどかけてカメの行動パターンを研究した。カメは午後2時になると決まって食事を買いに駅前のコンビニに出かける。この時間はせいぜい5分程度だったが、僕らにとっては十分すぎるほどだった。あとはチクリを入れるやつがいなければ完璧だ。僕らはポパイのおもだった面々に顔を売って、めったなことではチクれないような雰囲気作りにつとめた。そして、準備が万端に整ったある日、まんまと筐体を開ける鍵、ドルアーガの宝箱を開けるための魔法の鍵を手に入れたのだった。

左右2個のシリンダー錠に鍵を差し込んだままでなければ筐体は開かない。ゆえに鍵は2個必要なのだが、僕らはカメや大学生に怪しまれないように、あえて1個しか鍵をパクらなかった。理論上はこれでは筐体は開かない。がしかし、シリンダー錠の突起を削り落とせば、鍵は引き抜いて左右ともに開けることができるのだった。この点に気付いたのは隊長だった。大学生はすぐに鍵が1つなくなっていることに気付いたようだったが、1個だけでは用をなさないことを知っていたため、深く追求もせず、経営者にも報告しなかった。僕らはささやかな完全犯罪をなしとげ、勝利に酔いしれた。

翌日から、狂ったように『ドルアーガの塔』の攻略を始めた。朝イチにポパイに行ってカメの目を盗んで筐体を開く。回りを知り合いで固めて、気付かれないように赤いボタンを押しまくりクレジットを99まであげる。そしてテーブルの上に見せ金の50円玉を山ほど積んで1日中プレイしまくった。この鍵は本当に魔法の鍵で、店内のほとんどの筐体を開くことができた。隊長と2人で見知らぬ街のゲーセンでも試してみたのだが、大体6割くらいの確率で筐体を開くことができる。ゲーム業界のずさんさを目の当たりにする思いだった。僕らはチクリをいれられないようにするため、しっかり他のゲームのクレジットもあげて、知り合い連中にタダゲームをやらせてやった。僕らは地元のゲーセンのヒーローになった。ゲーム以外頭にない、イカレたヒーローだった。

つづく…(N)
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