その日、僕は少し肌寒さを感じて目を覚ました。エアコンを効かせ過ぎていたらしい。鼻をグズグズさせながら居間に向かい、ちょうど日の光が当たるところに腰をおろし、目を閉じた。瞼に明るい日差しを感じる。
「手紙が届いてるよ」
「ああ うん。読む」
幼稚園では生意気だと言われ、いつも上のクラスのガキに喧嘩をふっかけられた。小学校では大人しすぎるのが敬遠されて、なかなか友達が出来なかった。中学校ではそもそも学校に行かなかった。行けば教師に殴られた。高校では女のケツをがつがつ追っかけちゃあフラれてへこんでた。全くロクなもんじゃない。
でもいいんだ。俺はいい。俺は今まで誰も殺さなかったし、誰にも傷つけられなかった。小学生の実の息子に刺し殺された母親がいた。神戸じゃ、知的障害児が狂った中学生になますのように切り刻まれた。九州では教育者のおばさんが狂った17歳に牛刀で切られた。こいつらは一体どうだったんだよ。生きてて何か意味があったのかよ?この世界に何を残したんだよ?
毎年暑くなると、パチンコ屋の駐車場の車の中に置き去りにされた赤ん坊が干物にされる。内縁の夫になつかないガキが、大人でも喰らったことがないようなえげつない殴られ方をされて、気が付けば「ぐったりしていた」だ。黙って菓子を食っただけで、木に吊るされて、脳みそが飛び出るような苦しさを味わったあげく「ぐったりしていた」だ。おまえらぐったりさせすぎだよ。
でも、わからないんだ。俺が自分の子供をそうやって殺さないか、俺の子供が他人を傷つけないか、心配でたまらない。そんなこと考えてると、先が真っ暗になるんだ。俺はそいつらとどう違うんだ?何も違わないかもしれない。俺も明日人を殺すかもしれない。俺の子供が人を殺すかもしれない。
おまえは今どうなんだよ?
見覚えのある字だ。じっくりと2回読み、たたんで封筒に戻し、また取り出して破いた。こちらから返事を出せないのがもどかしい。
「誰からだったの?」
「うん、昔の自分からだよ」
「誰だろう…。まあいいや。おじいさん、今日は何の日か覚えてる?」
「さて、なんだったかな」
「100歳の誕生日だよ。ボケた?」
「ん、ボケたかもしれないな。おまえ今日は会社はないのか?」
「今日は日曜日だよ」
「そうか、だから暖かいのか」
「…日曜だから暖かいって理屈はないよ。今日はおじいさんの白寿のお祝いでみんな買い物行っちゃったよ」
「白寿ってのはかぞえどしの99歳のことだ」
「…そんなのどうでもいいよ。とにかくお祝いだよ」
「そうかありがたいな。おまえ、この手紙捨てといてくれ」
「人からもらった手紙を捨てるってのは感心しないな」
「いいんだ」