「お役御免になったかと思ったよ」
「まだ出番があるようだね」
「それはそうと、君は昔話が多いよね。歳とった証拠だよ」
「それは君が若いから出る台詞だな。同じ歳になってもその台詞が吐けるかどうか疑問だ。若い君には振り返る過去がない。それだけの話だね」
「そうかな?同じ歳になっても前を向いてる人は多いと思うけど」
「それは前を向いてるように見えるだけだ。人は後ろ向きにしか自分を理解できない」
「えらく哲学的な話になるね。納得したわけじゃないけど、じゃあその後ろ向きの話を聞かせてよ」
「いいよ。携帯電話の話だったね。君はアナログの携帯の時代を知ってるかな?」
「おぼろげに知ってるよ。バブル時代の、何を生業にしてるんだかわからないような自称青年実業家が、高級車に積んでたでかい代物だろう?」
「そう。携帯電話を使うということが単にステータスだった時代だ。必要ないんだから」
「携帯電話を必要か必要じゃないかという切り口で語るのは、古いんじゃないかな?」
「厳しい意見だ。君の言うとおりかもしれない。生きていくのに車だって洗濯機だって必要ないと言えばないんだしね」
「ではなぜ携帯電話を使うの?」
「その前に、なぜ携帯電話のことを『携帯』と略すのか考えてみようよ。おかしいと思わないか?携帯MDプレイヤーや携帯灰皿は『携帯』とは略さない。『携帯』と言ったら自動的に携帯電話を連想してしまうんだ。どうせ略すなら『携電』だろう」
「うん 確かに」
「まるで長嶋茂雄を『ミスター』って呼ぶのと同じだな。めちゃくちゃだ」
「うん 確かに」
「なぜ『電話』を略すのか。それは携帯しているのが電話じゃないからだ」
「ん?よくわからない。じゃあ何を携帯しているの?」
「部屋だよ」
「部屋?……。何だか君の言ってる事の方がめちゃくちゃな気がするけど」
「意味は自分で考えてくれ。とにかく『携帯』しているのは電話じゃなくて部屋なのだ。だから略すと携電ではなく携帯にならざるを得ないんだな」
「プライベートな空間を携帯しているってことかな。確かに携帯で話してる人たちって、例え公共の場であっても自分の部屋にいるみたいに話すよね。電車の中で携帯電話を持たずにあんな感じの独り言をしていたらかなり気味が悪い」
「おおむねそんな感じの認識で間違いない」
「OK。じゃ昔話聞かせてよ」
「携帯電話がなかった時代に大人数で海に行ったんだ。」
「ほう」
「車3台に分乗して、わいわいがやがや走ってた。携帯がないから、前の車を見失うと別行動になってしまう。運転者にとってはえらい神経を使うドライブなんだな」
「昔はトランシーバーなんかを使ってたらしいね」
「トランシーバーの有効距離は見通しでせいぜい1Kmだ。それ以上離れてしまうともうお手上げなんだよ」
「なるほどね」
「で、僕は先頭を走ってた。途中休憩するためにファミリーレストランに寄る事が予め決まっていた。僕らは早々にファミレスにたどり着いて、後続の車を待ってた」
「ふむ」
「しかしいくら待っても最後の1台が来ないんだ。何か不測の事態が起こったに違いない。でも携帯がないから連絡の取りようがない。ジリジリした気持ちで2時間以上待ったよ」
「結局最後の1台はどうしちゃったの?」
「事故ってたんだ。車の中に侵入した蝿に気を取られて、赤信号で止まってた前の車に追突してしまったんだよ。」
「うは」
「しかも助手席の女の子が運悪く過呼吸症候群でね。大した事故じゃなかったんだが、それがきっかけでひきつけをおこしてしまった。結局最後の1台はファミレスに来る事はなく、そのまま病院に直行してしまい、女の子は緊急入院だ。ま、翌日すぐに退院したけどね。事情を知らずに待ってたあの時間は、なんとも言えない不安との闘いだったね」
「大変だったねえ。携帯があればどうってこともなかったかもしれないね」
「そのとおり」
「で、その昔話にはどんな意味があるの?」
「意味がないから昔話なんだ!!」
「逆ギレ…。君はその後ろ向きの話を通して自分をどう理解したのよ」
「いや…若かったなって 笑」
「うへえ、なんだよそれ…」