「いやホントに綺麗だね」
「うん」
「なんか無言になっちゃうよね」
「うん」
「うんばかり言ってないで何か感想言ってよ」
「うん。この季節はいいんだけど、桜ってさ、いいことばかりじゃないんだよね」
「パッと咲いてパッと散るからねえ。でもそこが日本人の琴線に触れるんじゃないの?一期一会とか」
「いやそういうことじゃなくてね。桜の花が散って、葉が出て・・・そうだなぁアレは5月か6月か、それとも夏だったかなあ」
「もったいぶらずに教えてよ。何の話?」
「そういえばここ10年くらい見てないかもしれないな。小学生くらいの頃は毎年のように見ていたのに」
「だから何・・・・?」
「まあまあ。物事には順序ってものがあるのよ」
「・・・」
「もうね、その時期になると桜の樹の下は恐くて歩けないんだよ。道路に覆いかぶさるように桜の葉が生い茂ってるでしょ?そうするとコンクリートの地面には奴らの痕跡があちこちにあるのね。うっかりそこを通ろうものなら、間違いなく踏んづけてしまったり、あるいは直接体にくっついたりするのね」
「わかった。アメリカシロヒトリだね?」
「そう!あの憎き白い悪魔だよ」
「うんうん」
「奴らは微弱な毒があってね、とても恐い。もちろん桜の樹自体にも大きな害があるんだ。葉が全部食われてしまうからね。成長が鈍る。でも何よりイヤなのはやはり見た目とかのおぞましさかな。あいつらが体に触れると想像するだけで鳥肌が立つよ」
「小学生の頃好きな人がいてね、その人が桜の樹の下に佇んでたんだ。」
「うん」
「丁度奴らが大発生する季節だったんだけど、へっちゃらな顔をして立ってた。で、ずっと見てたんだ。好きだったから」
「うん 好きなら見るよねぇ」
「うん 卒業で離ればなれになっちゃったしね」
「うん そういう時期だもんねぇ」
「で、声をかけようかどうか迷ってたんだよ。そしたらその人が突然しゃがみこんだんだ」
「具合が悪かったのかな?」
「いや違うの。その人、道路にぽとぽとと落ちてきた奴らを手に取って眺めてるんだ」
「ほんとに?」
「ほんとに。遠くから見えるんだ。手の上で奴らがうにょうにょ動いてるのが」
「・・・・・。その人の事嫌いになっちゃった?」
「いや、とんでもない人を好きになっちゃったんだなって悩んだ」
「悩んだか」
「うん」
「桜って悩みが似合うよね」
「そうなのかな?」
「そうだよ」
「そうか。じゃあそういうことにしとく」