「今回はこまっしゃくれた事を並べ立てられそうだ」

「いきなりイヤな奴丸出しだね。どういう了見だろ、この人」

「最初に京極夏彦について言及しなきゃいけないかな」

「あの人の書く小説は面白いね〜。僕は大好き」

「凡人とは違った『式』を持ちながら、凡人にもそれをわかりやすく提示するっていうスタイルと、キャラクターの造形が素晴らしいんだろうね」

「彼の『式』の肝はなに?」

「うーん、科学に拠りながらオカルトをも飲み込むという式かな?」

「どういうこと?」

「例えば雷という現象を読み解く時、科学という式を通して見ると、それは気圧とか電気なんとかというものに還元されるわけだよね。しかしオカルトという式を通すと、それは語源通り『神鳴り』つまり神の怒りというものに還元されるわけだ」

「うんうん」

「で、京極夏彦はこの二つの式をどっちが優れてるとかどっちが劣っているとかいうところに持っていかない。だから殺人事件が起こっても動機を全く重視しない。動機っていうのは殺人者の式そのものでしょ?そんなところに意味はないっていう考え方だよね。」

「意味はあるけどそれは後付けであって、解釈する側が勝手に作り上げられるっていう事だよね」

「うん、正確に言うとそういう事だね」

「だから彼の小説の主人公、京極堂は事件の種明かしをするときにもイヤイヤやってるって態度なんだ」

「式をたくさん持っていると、どれを採用してもいいやっていう自暴自棄な気分になるんじゃないかな?結局恣意的なものに過ぎないっていう諦観でしょう」

「その点、宗教っていう式は気楽なものだね。全部神のせいにすればいいんだから」

「そうだね。人間はたくさんの式を持つことに耐えられない」

「数学も気楽かな?」

「そうだね。解答は常にひとつだし、途中の数式は無数にあっても一番シンプルなものを採用すればいいんだからね」

「じゃあ君の式を聞いてみようか」

「いわゆる『俺式○○論』ってやつだね?いろんな人がこういう事言うけど、結局俺式でもなんでもないんだよね。他の誰かが既にやってることの蒸し返しばっかり」

「おお言うねえ。そう言うからには独自の式があるんだろうね」

「いや全くないよ。身内が死んだら葬式に出るし、20歳になったら成人式に出るし、学問修めたら卒業式に出る。人が作った式に乗ってばっかりだよ」

「いや、君は卒業式には出てないでしょ。中退でしょ」

「いやなところを突いてくるね。ほっといてくれ。じゃあ君の式はどうなんだ?」

「片っ端から相対化していくっていう式だよ。京極と同じ」

「正に現代式だ。宗教にも科学にもそれ以外の事にも同等に接していくっていう茨の道だね。言っとくけどそれは式を解体することであって、式じゃない。神経症にならないように気をつけたほうがいいよ」

「悪いけどもうなってる。でなきゃ毎日毎日モニターに向かってこんな事やってないよ」

「そりゃそうだ。ご愁傷さま」

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