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2000年03月22日

#09 現実の痛み

店番は僕をゲーセンの事務所のようなところに連れて行った。トリウミはへこへこと店番の男に頭を下げてどこかに消えた。電話を1本かけると、もう1人のヤクザが現れた。30代後半の見るからにチンピラといった風情のヒゲの男だった。僕の恐怖感は絶頂に達していた。だが心のどこかで「まさかヤクザが中学生のガキ相手に本気で手をだすわけはない」といった計算も働いている。それは半分当たっていて、半分間違えていた。

ヒゲは静かに椅子に座ったままこちらを見ている。目に怒りは感じられない。店番の方は少しイライラしているようだ。ちょっとこちらに背を向けて何かを考え込んでいるような感じを見せた。……と思った瞬間、こちらに振り向きざまに前蹴りを食らわしてきた。虚をつかれてまともに腹に入る。少し顔色が悪くなったかもしれない。前かがみになった僕の頬に右のパンチが2発。続いて腹に左のパンチ。全力でやっているわけではないようだが充分だった。体は痛みを感じていなくとも、心が恐怖で凍りついている。パニック状態に陥った。そのまましばらく小突き回され、立っているのが辛くなってきた頃、ヒゲが口を開いた。

「小僧、おまえこの鍵どっから盗んできたんだ」

店番の、加減した暴力からやっと開放されて、安堵のため息が漏れる。涙を見せるのはみっともないなと思いながらも勝手にこぼれるものは止めようもなかった。ヤクザを前にして恐怖しない者などいるはずもない。だがそれでも悔しかった。歯を食いしばって屈辱感をはね返そうとした。無駄な努力だった。

「黙ってないで何か言え。正直に言ったら許してやる」

椅子に座っているヒゲの方は物腰がやわらかかった。僕は大きく息を吐いて落ち着きを取り戻し、考えをめぐらせた。シゲルを売るのが手っ取り早そうだ。シゲルがいなくなってから随分たっていたが、この辺のゲーセンに関わる者でシゲルの手癖の悪さを知らないものはいない。いなくなったシゲルに罪をかぶせることにたいした罪悪感は感じなかった。チラリとヤツの笑顔が脳裏をよぎる。

「シゲルが盗んできたのをもらいました。どこで盗んだかは知らないです」
「あのガキか。 チッ。ロクでもない……。おまえ中学生か? 」
「ハイ、中3です」
「中3なら受験だろ。こんなことやってて高校いけなくなったらどうすんだ」
「……。」
「とりあえず警察には連絡しないでおいてやるが、おまえの住所と電話番号書け」

これはなかなか応えた。親にばれるのもまずいし、万が一にも親のほうから金を取ろうなどと考えているのだとしたら破滅だ。いったいいくらふっかけられるかわかったものではない。かといって警察に連れて行かれたり学校に連絡されるのもまずかった。僕は目の前が真っ暗になった。「高校行けなくなるかもしれないな……」弱気の虫がつぶやく。僕は迷った挙句、正直に本当の住所と名前を紙に書いた。嘘を書いてもすぐバレると思ったからだ。

ヒゲはしばらく眺めてから、その紙を破り捨てた。僕はあっけにとられた。

「嘘を書いたのなら、電話すればすぐわかる。だからおまえは正直に書いたはずだ。俺がおまえの家に電話すればおまえはタダではすまない。どうだ? ビビったか? 」

なんだかわけのわからないことを言って悦に入っているらしい。正直ビビってはいたが、だからどうしたといったところだ。要はテキトーに痛めつけられて、からかわれたということだった。ホッとすると同時に、言いようのない敗北感に襲われた。僕はちっぽけで無力なガキでしかない。それを思い知らされたのだった。アドレナリンのおかげで感じていなかった体の痛みが、どっと襲ってきた。加減して殴っていても痛いものは痛い。とめどなく流れる涙が、しょっぱくて情けなかった……。

つづく……



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