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2000年03月24日

#11 新しい世界

ゲーム大会の数日後、ジャンプを出版している集英社から電話が入った。「ゲーマーとしてバイトしてみないか」ということだった。僕は面映い心持ちで集英社に向かった。編集者の人はヨネダという30代の小太りの男で、人の良さが表情ににじみ出ている。「キミみたいなゲームのうまい人を探してたんだよ」とニコニコしながら握手を求めてきた。僕は自分よりゲームのうまいヤツはごろごろしてるのになと思いつつも握手を返した。せっかくのチャンスをみすみす逃すのもバカらしい。その後、集英社から少し離れた雑居ビルに案内された。ゲームの攻略記事のようなものは集英社が作るのではなく、下請けのプロダクションに外注するのだと教えられる。まだ中学を卒業したばかりの世間知らずの僕はバカみたいに「はあ」と感心する以外なかった。その日から雑居ビルのワンフロアをぶち抜いた弱小プロダクションで僕は仕事を始めた。

読者から送られてくる膨大な量のハガキと格闘し、ファミコンの「ウラ技」をものにするのが僕の仕事だった。プログラムのバグを利用するウラ技のほとんどは、その操作方法が難しすぎて、ゲーマー以外にはとても確認作業が行えない。ハガキに書かれた操作を正確に再現するのが僕の役目なのだった。カメラマンに「画面待ち」してもらって黙々とゲームを進める。決定的瞬間に至るまでには気の遠くなるような時間を要した。僕は自宅でもせっせとゲームをやって、ハガキに書かれたウラ技をすぐに出せるように練習した。これはいくらゲーム好きでもなかなか辛い仕事だった。

ゲームをやってお金を貰えることより、知らなかった世界に触れられることの方が僕にとっては面白かった。プロダクションのスタッフは20代から30代の大人ばかりで、みんな僕にやさしくしてくれる。ヨネダは会社の経費を使って、今まで見たこともないようなご馳走を毎日僕にふるまってくれた。僕の相棒になったカメラマンは女性で、歌手の竹内まりあの妹だった。「姉と比較されるのはイヤなの。これは秘密ね」と僕に打ち明けた。ホントかウソか僕には判断がつかなかったが、確かにきれいな女の人ではあった。たまに原稿や写真を持って集英社のビルに行くと、週間少年ジャンプの編集部に入れてもらえることもあった。机の上にはまだ掲載されていない『北斗の拳』の生原稿がある。僕はこれを盗み見て、よくヨネダに叱られた。編集部の中には見知った顔もあった。『Dr.スランプ(アラレちゃん)』にでてくるドクターマシリトという博士はジャンプ編集部の鳥島という人をモデルにしていたのだが、この人にも何度か会って話をしてもらった。僕は漫画の中のマシリトが頭に浮かんで、笑いをこらえるのに大変だった。当時集英社にいつも出入りしていた、のちのドラクエの作者、堀井雄二とも何回か会うことができた。僕は彼の大ファンだったので興奮して彼のゲーム論に耳を傾けた。「今ロールプレイングゲームというものをファミコンで作っているんだよ」と彼は熱っぽく僕に語った。そのゲームこそ、『ドラゴンクエスト』だった。

何もかもが夢のように楽しかった。薄暗いゲーセンで漠然とした不安と焦燥に苦しめられ、野犬のように昏い目をしていたかつての僕はもういない。でもひとつ気がかりなこともあった。隊長だ。

隊長は受験に失敗し、中学浪人になったという噂だった。僕よりゲームがうまいのに、隊長は未だ薄暗い場所でもがき苦しんでいる。僕は彼も同じ場所に連れて行きたいと思った。ゲーセンで隊長の姿を探した。やっとみつけた隊長に笑顔で話し掛けた。集英社で働いていること、ゲーマーの人手が足らないことを身振り手振りを交えて面白おかしく聞かせた。隊長が少しでも興味を持ってくれるのを期待していた。

「俺はいいよ。俺は……」

誘いの言葉は宙に浮いて、虚しく消えた。泣いてるのか笑ってるのかわからないような複雑な表情を見せて、隊長は筐体に目を落とした。

その後ゲーセンで彼を見かけることはめっきり少なくなり、ある日を境にぷっつり姿を見せなくなった。

シゲルや隊長を踏み台に、僕は1人、陽の当たる場所に踏み出した。少しばかりの罪悪感と新しい世界への期待があった。

つづく……



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