
何をもって活字中毒というのか。空き時間に常に本を読んでないと気が済まない人のことだろうか。僕は自分はかなりの活字中毒だと自負している。とにかく文字が書かれていると読まずにはいられないのだ。
ここ最近めっきり読書量が減ったのであまり大きな声では言えない気もするが、以前バイトにかよっていたときなどは、電車に乗ったときに本がないとまるでタバコが切れたニコチン中毒の人みたいにイライラしたものだ。そういうときは車内の吊り広告を端から端まで舐めるように読む。視界に入る吊り広告を全部読み終わってしまったら、路線図の文字を読み始める。
マクドナルドなどのファーストフードに入ると、トレーに乗っている紙に書かれた文字が気になってしょうがない。黙々とハンバーガーを口にしながら、これも端から端まできっちり読む。おかげで無駄な知識が増えまくる。手が届く範囲に文字が書かれたものがあったら、とにかく手にとって読まずにはいられないのだ。レストランなどでずっとメニューを見ているのは、実は注文が決まっていないからではなく、単にメニューの書かれている文字をじっくり読んでいるだけだったりする。おかげで、店員がいつまでたってもオーダーをとりにこない。
ぴあという雑誌がある。チケット情報が満載の情報誌である。こういった雑誌はタチが悪い。揮発性が高く、覚えても意味のない情報が大量につまっているからだ。しかしこれも読まずにいられない。『はみだしぴあ』まで全部読みおわると、もうグッタリだ。
所在無くぼけっとしている時間がもったいなくてしょうがないのだ。その最たるものがトイレに入っている時間で、結構こういう人は多いのかもしれないが、大の方をするときはとにかく何か読むものがないと落ち着かない。下痢で今にも もれそうなときですら、まずトイレに入る前に必死になって本を探していたりする。間に合わなくて本無しでトイレに駆け込んでしまったときなどは、死んだ方がマシだったという心持ちになることもしばしばだ。
しかしここ最近さすがに心境に変化が起きてきた。インターネットのせいだ。無限にひろがる情報の宝庫を目の前にすると、たくさん読むという行為よりも、たくさんある情報を取捨選択することの方がずっと大切だということが、頭で理解しているだけでなく体に叩き込まれてくる。と言いつつ、毎日こうやって無駄な情報を垂れ流している自分はいったい何者なんだろうという気もするから、世の中は不思議だ。
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