昨日の補足。
言うまでもないことかもしれないが、霊感商法で1千万円の壺を買おうが、マルチで150万円の補正下着を買おうが、そんなものは個人の価値観の問題なので、別に買いたければ買えばいいと思う。問題なのは回りにどんどん波及していって、最後の最後に「騙された!!」とバカみたいに騒ぎ出す人が続出することと、回りに波及していく過程で、人間関係に修復不可能なミゾが出来てしまうことだ。
本人がその価値を認めて買った物を、後になって「騙された」などと騒ぐのはバカとしか言いようがない。それは騙された方が悪い。大体マルチというものは「商品」それ自体には大して問題がないことが多い。ただ単に「商品」と「価格」が常識的に言って見合っていないだけだ。例えば初めから壊れていて、絶対に見ることが出来ないテレビを買わされたのなら、それは「騙された」と言ってもいいかもしれないが、ごく普通の何の欠陥もないテレビを「これはBSデジタル放送も見れるし、画質もいいし、キャビネットもついてるし、目が疲れません」という謳い文句で200万円で買わされたのなら、本人の価値観の問題になる。
身内の恥をさらすのは忍びないが、僕の父親はバブル真っ盛りの頃、「絶対に買った値段より下がることはない。むしろあがりつづけるだろう」という甘い言葉に乗せられてゴルフの会員権を買った。その言葉を信じる信じないは全くもって本人の責任なのだ。ご想像のとおり、その会員権は今では紙切れ同然になっている。残ったのは多額の借金と、売った人物に対しての不信感だけである。その不信感も身から出た錆であって、僕に言わせれば逆恨みみたいなものだ。
誰が被害者で誰が加害者なのか、非常にわかりづらいのがマルチの特徴だ。Tも初めは被害者であったかもしれないが、友人を次々と勧誘していった時点で加害者の側に回ったことになる。
僕が思ったのは「平穏なバイトで大騒ぎを起こしたくない」この1点に尽きる。Tが150万円を払って補正下着を買ったことに関しては「随分思い切った買い物をしたもんだ。アホだ」くらいにしか思っていない。ちなみにその下着を着ると、やはり若干は体型がすっきり見えるようだ。いいではないか。ちょっとでもスリムに見えるなら150万円は人によっては安いのかもしれない。
まあ「運動したらいいんじゃない?」って話なのだが。
季節はずれな話。
毎年夏になると千葉の御宿という海に通うことにしている。かれこれ10年くらいは通いつづけているのだが、他の海に行ったことはない。海が好きというよりは御宿が好きなのだ。ここ2年間は1年に5回程度しか行っていないが、時間の融通がきいたバイト時代は一夏に15回行ったこともある。
御宿には10軒くらいの海の家があり、僕のお気に入りは「ニュー田中屋」というさえない名前のところだ。この10年間でたった1回の浮気(その時は田中屋さんの身内に不幸があり、お休みだったのだ)を除いて、都合100回は行っているだろう。もう馴染みの店という感じで、行くと大歓迎してくれる。
「今年はなかなか来ないからどうしちゃったかと思ったよ〜。元気だった?」
おばちゃんの温かい出迎えが実に気分がいい。去年使ったサマーベッド(自分専用のを置かせてもらっているのだ)の錆をきれいにペンキで補修してくれていたりもする。以前ビールの好みを書いたときにキリンの一番搾りをNo.1に挙げたのは、この田中屋さんで飲んだ一番搾りが実においしかったからだ。
真夜中に出発し、早朝に海に着くとまずは寝る。日が高くなってくるとおもむろに起き出し、準備運動もせずにいきなり泳ぎ出す。沖の方にあるブイに向かって一直線に泳ぎ、余裕があるときはそこから岸と平行に泳ぐ。体力の限界まで泳ぎ、「もうダメ、死ぬ」ってくらいになったら岸に戻る。そしてまた寝る。
そして昼になるとビールを飲むのだ。一緒にいったバイト仲間のRと、そうやってクタクタになるまで泳いだ後に飲んだ一番搾りは、実に表現しようのないうまさだった。なんというか、果実のような味がした。僕だけがそう感じているのかと思ったのだが
「こ……これ うまくないか!?」
と二人顔を見合わせ、ほとんど同時にこの言葉が口をついて出てきたので、恐らく本当に果実みたいな味がしたんだと思う。またこの味を味わいたくて足しげく海に通うのだが、未だかつてあの味が再現されたことはない。
居酒屋で飲む一番搾りは何の変哲もないただのビールだ。それでも、あの幻の味の思い出をよみがえらせてくれる一番搾りを注文する。これがおっさんになっていくということなのだろうか?
「やーついに買ったかい。思い切ったね〜。そろそろGatewayのローンが終わる頃だし、やるんじゃないかとは思ってたけどね。で結局どれにしたの?」
「うん、結局VAIOのC1にしたよ。あのCCDカメラがついてるミニノートね。モバイルって部分に重点を置くとやっぱこれなんだよね。しばらく持ち運んでみてわかったけど1Kgって結構重いよね。これ以上でかいとやっぱ持ち運ぶにはきついよ」
「でも随分Win2000にこだわってなかった? C1はWinMeでしょ?」
「そうなんだよね〜。Win2000搭載機だとVAIO SRってのがあったんだけど、これさー、結構高い割にはメモリがなんと64MBしか積まれてないんだよ。今時Win98でも128MBは当たり前なのにWin2000で64MBじゃ話にならないでしょ? ノートのメモリは高いからね。増設するととんでもない値段になるんで、泣く泣く断念したよ。でもいくら小さいSRでもやっぱりC1の小ささにはかなわないからね。結局C1で正解だったと思うよ」
「ふむふむ。C1ってさ安い方だとCD-ROMついてないよね? 高いヤツ買ったの?」
「いや予算がなかったんでCD-ROMははずしたよ。CDなんてアプリのインストールにしか使わないでしょ? LANさえ組めればインストールは可能だしね。まあリカバリには不安残るけど、そのときは誰かにCD-ROM借りればいいし。んでもさ、大問題発生してて、実は一緒に買った無線LANカードが僕の無線LANシステムとバージョン違いだったんで、LAN組めてないんだよね」
「あはは。じゃあアプリも何も入れられないわけだ? そりゃハマったね。まあそっちの問題は追い追いなんとかなるでしょ。それより問題なのはアレだよアレ!」
「え? アレって何?」
「ほら 君のC1に積まれてるCPU、Crusoeってさ不具合起こしてて、今、回収騒ぎになってるんだぜ?」
「うはっ! ほんとに? どういうことどういうこと?」
「なんかね リカバリCD-ROMを実行するとハングアップしてしまうんだって。つまりWinMeのCDを買えばOS再インストールは出来るけど、アプリが満載の出荷状態に戻すことは出来ないってことだ。まー余計なアプリなしでWinだけの方がすっきりしていいって話でもあるんだけど」
「ひい〜〜〜〜〜〜。ちょっと待って。そういう問題じゃないでしょ〜。CCDとかメモリースティックの周辺ドライバ入れるのにどれだけ時間かかると思ってんの……。それってCrusoe全部に発生してる不具合なの?」
「いや1部のロットだけらしいよ。Sonyのサイトにやばいロット番号が公開されてるから、見に行った方がいいね。もしそれに当たっちゃったらCPU交換だ。あはははは」
「あははって……。今すぐ行ってみる!」ダダダダダダダダダダダダ
「どうだった? アウト? 笑」
「いやセーフ……。ふぅ 笑」
新しく買ったPCに名前を付けた。その名もロビンである。CPUがCrusoeなので、クルーソーと言えばロビンソン、ロビンといえばキラーマシン、ということで(謎)、ロビンである。
ちなみに1年前に買ったGatewayのデスクトップ機は、「菜々子」という。これはCPUがPentiumIIIの700MHzなので、七から連想した名前だ。字はもちろん松嶋菜々子から取られている。
PCに名前を付けている人はあまりいないかもしれないが、LANを組んでいる人ならその理由もわかるだろう。LANを組むときは実際に各PCに名前を割り振らなければいけないのだ。これは結構悩む。数字を割り振ればいいのかもしれないが、せっかくだからそんな識別番号みたいな味も素っ気もないものはいやだ。というわけで、擬人化した名前をつけることにしている。
これはPCをやらない人から見れば、というかごく普通の感性の持ち主からすれば、相当気色悪い行動と思われるだろう。しかしいいのだ。僕は外見はともかくとして、内面はもともと変態の、きもい男なのだから。
今日は仕事のお供にロビンを持ってきているので、出先からこれを書いている。さっさと家に帰って書けばいいのだが、せっかく持ってきたのだから用はなくとも外で使いたいというのが人情だ。そんなわけで、狭い運転席の中で腕を縮めてチマチマ書いている。これも相当変態ちっくに見えるかも知れない。
で、しばらく文章を書いていてやっと気づいた。やっぱりC1は画面が小さくて見づらい。今更ながら痛感している次第である。でも思ったより、キーボードが小さくてタイプしづらいということがないのが救いだ。慣れればなんとでもなる。
おまけ
10を知る男さんの日常雑記に、漢字テストが出ていたので頑張ってみた。以下の妙な空白のところに白いフォントで僕の答えを書いておこう。もちろんズルなしで純粋に思いついたものだけである。いやかなりきつかった。
田 古 占 兄 只 旦 目 甲 由 白 四 石 右 叶 可 申 史 叱 召 囚 加 旧
戸はどうなんだろう……
僕はTシャツ大好きっ子で、1年の半分以上はTシャツだけで過ごしている。小学校に必ず1人はいる、「6年間ランニングいっちょうで過ごして表彰されるヤツ」みたいなものである(違)。
異論もあるだろうが、Tシャツを買う上で最も重視せねばならないのはサイズだ。同じMサイズであっても、メーカーによって随分大きさが違う。体型に合ったサイズを出しているメーカーをみつけたらそこをずっと狙い撃ちするのが賢い買い方だ。特に問題になるのは長さで、尻まで隠れるような長さではかっこ悪すぎる。ベルトの下、7〜8cmくらいの長さが理想である。
プリントTシャツの元になる、プレーンなTシャツを作っている代表的なメーカーには数社あって、「Hanes」「ONEITA」「anvil」「FruitsoftheRoom」などが有名だ。他に「CrazyShirt」なんかも挙げられるかもしれない。僕が最も気に入っているのは「anvil」で、ここのMサイズは自分の体型にピタリと合う。「ONEITA」は同じMサイズでもかなりでかいのでめったに買わない。
次に重要なのは生地だ。これは今挙げたメーカー製ならほとんど大丈夫なのだが、稀に名の知れないメーカー製だとすぐにヨタヨタになってしまうものがある。また、Hanesでも「Beefy−T」のような肉厚の生地でないとダメだ。下着用のTシャツは生地が薄く作られているので、これはあまり長持ちしない。「3枚いくら」のようなパックで売られているものは下着用なので注意が必要だ。しかし、ある程度のヨタヨタは味になる部分なので微妙なところだ。あまりしっかりしすぎていてもかっこ悪い。その点でも anvil のTシャツは合格である。
最後にプリントのデザインと色である。これはあくまでも最後の選択基準なので、たとえデザインと色が素晴らしくても、上の2つの条件を満たしていなかったらパスすることにしている。
以上の条件を満たすTシャツが豊富にある店、代官山(かなり恵比寿寄り)の「DEMODE」(バイカーの店)でよく買う。「そろそろ暖かくなってきたな〜」と思うと、いそいそと DEMODE まで出かけるのである。
しかし最近非常にやばい変化が僕の中で起こっている。なんだか、こういう服に対するこだわりがどんどん薄れてきているのだった。ハっと気付くと「UNIQLO」のTシャツが大量にクローゼットにあったりする。いや しかし UNIQLO の破壊力はすごいものだ。あの圧倒的な価格と品質の前にはひれふすしかない。「センスへのこだわり」の敗北である。う〜ん 本当にこれでいいのだろうか?
豚の鳴き声の真似はできるだろうか? 小さい子供がやる、「ブ〜ブ〜」というようなやつではなく、もっと本格的な鳴き真似だ。鼻の奥に空気を通すようにして「ふごっふごっ」という感じでやる。結構ポピュラーなので大体わかるだろう。
飲み屋などで女の子と喋っているときに、思いっきり笑いのツボを刺激してやると、あまりに大笑いしすぎてこの「豚の鳴き真似」が意図せず出ることがある。ある種の呼吸困難に陥り、思わず鼻の奥に空気が通ってしまうわけだ。こうなるともう止まらない。普段はすかしたイケイケ姉ちゃん風な子が大笑いしすぎて「豚の鳴き真似」である 笑。思わず椅子から転げ落ちるくらい面白い。
丁度食べ物をつまんでいるときなどは、口の中のものが噴き出てくる場合もある。これが世に言う「噴飯もの」である。
のっけから無駄話で始めてしまったが、今日のお題は「人名」だ。僕が思わず笑ってしまった実在の人物の名前を挙げようと思う。えらく失礼な話になるが、なに関係ない。「ネット社会のプライバシー問題」なども当然無視だ。
高齢者には妙な名前が多い。妹の友人のおばあちゃんの名前なのだが、「中村むら」という人がいる。もうこれだけで僕などは1日中笑いが止まらないのだが(「なか むらむら」ですよ? 笑)、その夫である、おじいちゃんがまたすごい。「中村うまごろう」である 笑。夫婦揃って笑いを取りに来てるとしか思えない。
ちなみに亡くなった僕のおじいちゃん、おばあちゃんの名前は「寺山亀吉」と「寺山ふね(実の祖母の名前を間違えてしまった……、本当はハマ)」である。ほとんどサザエさんの世界だ。
同じく妹の知り合いにいたのが「佐藤うとさ」という名の男の子だ。いわゆる「上から読んでも下から読んでも」ってやつである。どうやら名付け親である父親がとても変人だったらしい。ちなみに佐藤うとさ君の弟の名前は「佐藤もにか」である。サンタモニカからの語呂合わせだそうだ。
僕の中学校時代の友人には「完山盛林」というヤツがいた。面白いというより難読人名なのだが、これは「さだやま もり」と読む。名前が「もり」という時点で僕には噴飯ものなのだが、これは大抵「もりりん」と誤読されるので、さらに爆笑させられる。思わず本田美奈子(ふるっ!)の「1986年のマリリン」を歌わずにはいられない名前だ。
また妹の知り合いの名前だが「左近充」という人がいる。これは「さこん みつる」という苗字と名前の組み合わせではなく「さこんじゅう」という苗字なのだ。職場なんかで毎日「さこんじゅうさーん」などと呼ばれているのかと想像すると、もうたまらない。笑いが止まらなくなる。何がどう面白いのかわからないのだが、とにかく語感が可笑しくてたまらないのである。
最後に本名ではないのだが、通称「のぐ」と呼ばれているヤツが僕の友人にいる。学校などではなく友人の友人を介して知り合ったので本名を知らず、ずっと「野口」とかの愛称だと思っていたのだが、あるとき実は本名は「池田」だということを聞かされて驚いた。ニックネームの由来を聞いてみると、「小学校のときに野グソをしたから」だそうだ。そいつももう31歳になるのだが、昔からの友人からは未だに「のぐ」と呼ばれている。
まったく名前ってやつは面白い。
時代性を映したような重大で猟奇的な犯罪が起きるとネット上はその話題で大賑わいになる。かなり食傷気味だ。別に速報など流してくれなくても結構だとも思う。そういった事件をしつこくしつこく検証しつづけて、いつまでも風化させずに考えつづけているなら話は別だが、大抵その場限りの一言居士がキレ味のいい論評を加えて「ハイおしまい」となりがちだ。そんな揮発性の高い情報を高級そうに扱うペダンチズムがかなり鼻についたりするし、ほとんどどこかで見たような論調の反復だったり、あるいは大勢を占める論調に対する単なるアンチテーゼによって自分の優位性を誇示したいだけだったりする。そういうことならWEBに不揮発性の情報として残さずに、チャットなどで「消費」するのがいいだろう。
今日は新聞で見つけたくだらないニュースのお話し。実にこのコンテンツに似つかわしいどうでもいい事件である。
サンケイスポーツ 社会面より
最後に店を出た女性に「ありがとうございました」と言ったのかどうかがものすごく気になる。こんな素晴らしい店が潰れもせずに営業できているという事実がなにより驚きだ。実はすごい繁盛店だったらどうしよう。それにしても土下座はどうか? 買ってしまう女性も女性だ。店頭に「見るだけの人お断り」の張り紙をし、実際に商品を見ていた女性客を「ばかにしているのか」と怒鳴って無理矢理コートを買わせたとして、神奈川県警加賀町署は7日、恐喝の疑いで横浜・元町の衣料品店「ヨコハマ・○○○シティ」店長、○○○○容疑者(38)=横浜市○○区○○町=を逮捕した。○○容疑者は11月17日、商品を見ていた横浜市の女性(26)に試着を勧めて断られ、罵声を浴びせて女性に土下座させた上、4万2千円のコートを売りつけた疑い。
ってことで、なんだか世の中のことをわかったような気になっている、鋭い(と思い込んでる)論評はこれからなるべく控えるようにする。やぶへびになりそうだ。
つい最近の話だが、何回目かの麻雀ブームが自分の中で始まった。元々麻雀のもつ奥深いゲーム性と、指先がピリピリと痺れるような勝負の感覚が好きでやっていたのだが、今回の麻雀熱はちょっと違う。ネット雀荘「東風荘」での高R願望だ。
僕は麻雀を始めてかれこれ20年くらいになるのだが、金銭を賭けての麻雀では相当プラス(恐らく犯罪級だ)になっている。もちろんこういう勝負事は、強い相手との対戦を避け、弱いくせにすぐ熱くなるヤツからカモるのが常道だ。純粋に麻雀の強さがどうこうより、いかにカモをみつけるか、いかに小狡い技術(イカサマを含む)を持っているか、いかに徹夜などによって途切れがちな集中力を持続させるか、などによって収支は決まる。極端な話、東風荘でR1700クラスの実力しかなくても、賭け麻雀で収支をプラスにもっていくのは そう難しいことではない。要は手元に金が残ったヤツが勝ちなのだ。
東風荘と出会うまでは僕もそうやって、純粋な雀力とは無縁のフィールドで勝負してきたのだった。相手の目の動き、急に黙ったり急に饒舌になったりする口、せわしなく小手返ししている手の動き、そういったものに気を配ることによって、ほとんど相手の手は見えているも同然だ。牌効率を気にせず勘に頼った打ち方をしても、この「麻雀とは関係ない部分」で挽回出来るし、むしろ牌効率を無視して相手の顔色を窺いながら打っていた方がいい場合もある。
しかし、しかしだ。純粋に牌効率を追求し、河に切られた牌と副露された牌だけから相手の手を推測するしかない東風荘では、こういった打ち方では高Rを維持することはできない。東風荘で求められるのは、「確率」を厳密に扱う数学的センスと、「勝負」という情緒的なかけひきを認めないパズラーの資質だ。
僕は現在約1200試合ほどをこなし、R1800で安定している。一貫した打ち方だったので、この打ち方ではR1800が限界なのだと思う。勝負を楽しむという意味では別にそれでいいのだが、数字が目の前にぶらさげられていれば、より高い数字を目指したくなるのがやはり健全かもしれない。正直な話「20年もやっててその程度の実力ですか?」と思われるのも悔しいのだ。
というわけでここで宣言する。IDを新規にして500試合以上を打ち、R2000安定を目指す!
今までとはガラリと打ち方を変えるのでしばらくストレスが溜まるだろう。というか、打ち方を変えて500試合打ってもやっぱりR1800安定だったらどうしよう。
Yahooのオークションというものに初めて参加してみた。そして驚いた。予想以上に面白い世界である。
「VAIO用に買った無線LANカードとうちの無線LANのバージョンが違っていた為接続できない」と、ちょっと前に書いたが、それの絡みでメルコ社にメールを出した。「なんで同じメーカー製なのに 接続できないんすか。あの無線LANって発売してからまだ1年しか経ってないのに、もうサポート終了で新製品発売っすか。どうなってんすか?」みたいなことを書いたのだが、メルコ社から「製品のシリアルナンバーを教えてくれれば新製品を格安でおわけします」と返信が来た為、それを買うことにした。
で、商品が届いてから思ったのだが「どうせだったら、あっちの機種の方がいいなぁ。そうだこれはオークションで売っちゃって、その金を足しにしてあっちの機種を買おう」となったのである。
オークション自体のシステムもよくわかっていなかったので、まずはみんながどんな取引をしているのかつぶさに観察してみた。なかなか手の込んだシステムになっており、安全性は思ったより高そうだ。次に出品者はどんな文章を書いて商品を紹介しているのかを見てみた。
「ふむふむ。なるほど。出品者がどこに住んでるかによって送料が変わってくるわけだから、その情報も載せた方がいいんだな。商品説明は詳しくなくてもいいから、いかに商品の状態がいいかを強調した方がいいらしい。入札が殺到してる商品には大体共通点があるなぁ。やはり新品ってことと、付加価値でお得感を出すことだな」
商品の値段は、大体秋葉原の最安値を少し下回るくらいまで値があがるようだ。入札者が失敗をしたのか、たまに秋葉原最安値を上回っていることもある。そんな値段で買うなら、オークションでリスクを冒すより秋葉原の通販店で買ったほうがマシだ。とにかく僕が出品するものは全くの新品なので、間違いなく秋葉原最安値までは値があがるということがわかった。なので、最初の開始価格は比較的安めに設定した。あまり安くすると「これ大丈夫なのかよ」と逆に怪しまれてしまうので、ちょうど手頃な価格を狙う。商品の解説にも万全を期し、いよいよ出品だ。
1日経つと1人入札者が現われた。開始価格そのままでの入札である。しかし焦りはない。これは確実に値があがるのだ。次の日になると途端に入札者が9人にまでふくれあがり、どんどん値が上がっていく。実を言うと、開始価格はメルコから買った値段より少し高い。たとえ最低落札価格になったとしても、僕には充分儲けが出るように設定していたのだ。それがどんどん値をあげている。このままだと丸儲けだ。
いくら儲けることになるのかは教えない。
バイト時代には面白い出来事がたくさんあったので、それを小噺として小出しにしていこう。
タッくん
タッくんと呼ばれる客は、大体月に1〜2回、店を訪れていた。恐ろしく目立つ人物なので、1回見たら忘れられない。外見的には昔とんねるずがやっていた、もじもじくんの木梨の方を想像してもらえば、ほぼ間違いない。眼鏡をかけていて痩せ型で、ちょっとアブナイ雰囲気をかもし出している。年齢は恐らく30代の前半だろう。アメフト部の同級生に好きな女の子をさらわれる、アメリカの冴えない眼鏡高校生(ニキビ多数)といった感じに見える。
店に着くとまず窓際の席に座り、従業員の方に背を向ける。それからメニューをじっくり眺めてからおもむろに左手をたかだかとあげる。声は一言も発さず、手だけで従業員を呼ぶのだ。注文は決まって「モンブランとコーヒー」で、それ以外のものを頼んだことは1度もない。だったらメニューなど見なくてもいいのに……手と思うのだが、これはタッくんの儀式であって、絶対に欠かすことは出来ないらしいのだ。
じっくりとコーヒーブレイクを堪能したあと、タッくんはメモ帳を取り出し、何か書き始める。1度だけ従業員がそのメモ帳を覗き込んだことがあるのだが、中にはビッシリと細かい字で、その日あったことが書き込まれていたそうだ。
「従業員Aと会話」
などと箇条書きになっている。ちなみに覗き込んだ従業員A君は、タッくんの注文を取っただけで、会話を交わした記憶はなかったそうだ 笑。
会計の際にはさらに驚かされる。タッくんは意外に金持ちなのだった。少し膨らんだ財布からサラリと1万円札を取り出し(必ず1万円札であり、その他の紙幣で支払うことはない)、従業員に手渡すのだが、そのとき必ず一言添える。
「バイバイ……、タッくん……」
ほとんど聞き取れない小さな声でぼそっと言うのだが、従業員はこれを楽しみにしているので全神経を耳に集中して聞き逃さないようにする。この人は、どうやら1万円札に「タッくん」という名前をつけているのだった。僕らが彼を「タッくん」と呼ぶのはこれが元になっている。「タッくん」とは彼の名前ではなく、1万円札の名前なのだった。
今日はなんと仕事を休んで、群馬県の安川町というところでスカイダイビングをしてきた。うちからだと車で2時間半ほどかかるので、かなり朝早くに出発したのだが、途中運悪く渋滞に巻き込まれて、現地についたのは10時過ぎであった。
天気は快晴。予報では北風が強いということで、かなり心配していたのだが、思いのほか風は弱く、インストラクターの人もこれなら平気だろうと言ってくれたため少し安心した。
ところで飛行機というのは普通気密性が高いものだという認識があるかもしれないが、スカイダイビング用に乗るセスナ機はなんと扉がない。右側面がガラあきで、もろに下が見えるのだ。これは経験のない人にとってはものすごい恐怖である。僕も左側面に貼りつくように乗って、なるべく下を見ないようにしていたが、風と轟音は凄まじいものがあった。
大体10分ほどかけて高度4000メートルまで上昇し、そこからいよいよ飛び降りることになるのだが、僕は初心者なのでもちろんインストラクターに抱きかかえられるような格好でのダイブとなる。1人きりで飛ぶのは10数回の経験が必要だ。
最も危険なのは飛行機から飛び降りるときで、このとき前に飛び出る勢いが足らず、中途半端な飛び出し方をすると、飛行機にぶち当たって気絶してしまい、そのままお陀仏となる。実際こういう事故で、年間に何10人もの人が亡くなっているのだ。飛ぶのは怖いが、飛べなかったときはもっと怖い。もっとも、死ぬ瞬間は気絶しているので恐怖は感じずに済むかもしれないが。
そしてついにダイビングの時がやってきた。緊張が極度に高まる。「パラシュートの点検は大丈夫か? 変なものがダイビングスーツから飛び出ていて飛行機にひっかかることはないか?」もう考え出したらキリがない。必死で考えているとあっさりと声がかかる。
「GO!」
一気に力をこめて前に飛び出す。あまりにも地面が遠くて、落ちているという感覚より、下から猛烈な風が吹き付けてくるようにしか感じられない。体のバランスをとると、まるで下からの風で空中にずっと浮いていられるような感覚なのだ。しかし恐怖はこのときやってきた。……。なんとインストラクターが気絶しているのだ……。
原因はわからない。以前、ものの本で、高層ビル火事などで飛び降りる人は、飛び降りた瞬間に気絶することが多いという話を読んだ覚えがある。それかもしれない。などと冷静に考えている自分に驚いた。時間的余裕はない。パラシュートを開ける安全高度1000メートルに到達するまでには1分くらいしかないのだ。
ここで話題を変えて、ちょっと一服。面白い話というのはそう毎日転がっているわけではない。必死でこの日記(?)を考えている僕は今回ある実験をしてみた。そろそろお気づきか? 今回の話は最初から全くのデタラメ、ウソである 笑。群馬県に安川町という地名があるかどうかすら知らない。もちろん僕はスカイダイビングなど1回もやったことはない。スカイダイビング愛好家が読んだら初めからウソに気付くのかどうか。とりあえずそこらへんが知りたい。
それにつけてもネットと著作権問題の絡みは非常に複雑で難しい。先日久しぶりに「恐がりi-mode」を更新して、懐かしいゲームの着メロをアップロードしたのだが、こういったものの著作権はいったいどうなっているのか?
作曲者不明となっていたり、ひどいものだと既にそのゲームを開発した会社自体が消滅していたりもしており、そういったものに関してはそれほどナーバスにならずに済むが、例えばドラゴンクエストのような有名ゲームで、著作権者がはっきりしている場合はかなり神経質にならざるを得ない。僕の姿勢としては「怒られたら撤退する」といった程度のお気楽なものだが。
僕が i-modeで着メロを作る場合、耳で聞いた音を採譜して直接入力する場合と、既に作成済みのMIDIから変換する場合の2通りある。手間がかからないので、大抵昔作ったMIDIから変換するのだが、そういうときは自力で製作した物以外にも他人が耳コピして作ったものを拝借することも(部分的にだったり丸ごとだったりする)稀ではない。しかしほとんどのMIDI愛好者は、自分で採譜して自分で製作したMIDIに関して著作権を主張している。曰く「無断転載、改変禁止」などである。
しかしこれも変な話だ。完全オリジナルの曲なら話はわかるが、ドラゴンクエストのような有名な曲をコピーしてMIDIを作っておきながら、それに対して著作権もクソもないだろう。しかも初期のファミコンのように元々トラック数(3和音とか2和音)が少ないものは誰が作ってもほぼ同じものが出来上がる。重箱の隅をつつくようなわずかな違いをあげつらって「これは私が作ったものです。転載するときは必ず著作権表示をしてください」などと主張するのは片腹痛い。それは作曲者だけが言える言葉である。CGIのソースなどとはわけがちがうのだ。別人が作ってもたまたま全く同じMIDIが出来上がるということだって十分ありうるだろう。
例えばドラクエ1の洞窟の曲を作るとしよう。これは2和音である。採譜を間違えなければ(笑)、誰が作っても全く同じものが出来上がる。オリジナル性を出すためにたいていの人がトラック数を増やして、3和音、4和音にアレンジする。ではそのアレンジしたMIDIを拝借して、増やしたトラック数を元の2和音に戻したら、作者は「それはデータの改変に当たるので著作権侵害です」と言うのだろうか? 2和音で出来上がったものが、データを改変したものなのか、それとも疑いの目を向けられた人が自力で採譜して製作したものなのかは誰にも判断がつかない。それは純粋に製作者の良心にかかっていると言っても過言ではないのだ。故に「データの無断転載、改変禁止」というお題目は実効性のない建前と化している。
で、何が言いたいかというと、要するに僕はそれを隠れ蓑にずるをして楽が出来るということだ。逆を言えば僕が自力で採譜、製作したものが無断転載されたとしてもほとんど文句のつけようがないということである。MIDIや着メロの製作者のジレンマはまさにそこにある。厳密に著作権を主張するならば完全なオリジナル曲を作る以外にないのだ。しかし完全オリジナル曲を無断転載してくれる人は少ない。それはそれで寂しいだろう。
SONYにはやられっぱなしである。大メーカーSONYがネットで話題になるときは、悪口と相場が決まっている。Microsoftが「ゲイツ」、Windowsが「ゲイツOS」などと揶揄されるのと非常に似ている現象だ。これは単に愛用しているユーザーがが多いからに他ならない。「Microsoftが嫌い」「SONYが嫌い」という人が目立つのは圧倒的な数のユーザーがいるからだ。ある種の寡占状態にある業界では、それ以外に選択肢がないというジレンマから、こういう愛憎半ばの不満が常についてまわる。
僕もご多分にもれず、Microsoftは嫌いだし、SONYも嫌いである。しかしWindowsを使っているし、VAIOを使っている。嫌い嫌いと言いながら、結局気になる存在なのだ。OSでは事実上デザイン関係でMACが多少がんばっている程度でほぼWinの独占と言っていい。PC本体では選択肢はたくさんあるが、一歩抜きん出てセンスがいいのはやはりSONYだ。VAIO C1の対抗馬を探すと、かろうじて富士通のLOOXが挙げられるが、このサイズのミニノートではC1の圧勝と言っていいだろう。ノートパソコンの市場はVAIOを中心に回ってるといっても過言ではないかもしれない。他社はVAIOに追いつけ追い越せで新製品を開発しているし、価格の決定も必ずVAIOを念頭においている。
思い起こせばSONYに決定的な不信感を持ったのはやはりビデオのベータだろう。ベータは今考えても非常に優れたものだったと思うが、結局市場では負けた。SONYの市場に対する読みの甘さが招いた大失敗である。画質や再生開始速度、メディアの小ささよりも、消費者は長時間録画の方を取ったのだ。そこで踏ん張ってベータを作り続けていればまだしも、SONYはあっさりとVHSに白旗をふり、ベータに見切りをつけてしまった。僕の場合、映画を収めた膨大な量のベータのテープが無駄になった。これが不信の第1歩である。今また、メモリースティックなどという独自規格の記憶メディアを盛んにアピールしているが、これもいつ見切りをつけられるかわかったものではない。その他にも故障が多いとかサポートが甘いとか、いちいちあげていたらキリがないほど不満はある。
なのに、今日僕はまんまとSONYの商売っ気にやられて、またSONY製品を買ってしまった。VAIOのオフィシャルサイトをつらつらと見ていたら、C1専用のキャリングバッグが目についたのだ。ノートの持ち運びというのは結構難題で頭を抱えるのだが、このバッグは素晴らしい。なんとポーターで有名な吉田カバンとのコラボレーションなのである。
ただ単にノートを安全に持ち運べるバッグというのはいくつも出ているが、本当にかっこよくて身に付けたいと思うものは今までひとつもなかった。むしろPC専用バッグなんかかっこ悪くて恥ずかしくて持ち歩けるか!! と思っていたくらいである。それがポーターときたものだ。機能性はもちろんのこと、デザインも文句なしである。これを買わずにいられるだろうか? 吉田カバンに製作を依頼したSONYは、やはり無骨でセンスのない他メーカーとは一味もふた味もちがうと感心させられた次第である。
しかしまたいつの日か手痛い裏切りにあって、可愛さ余って憎さ100倍となるのだろう。SONYというのはそういうメーカーだ。でもとりあえず今はわくわくしながらバッグの到着を待つとしよう。
昨日SONYのウォークマンの話が出たので思い出した。バイト時代に見た変な客の話をまた書こう。
年の頃は18〜28歳(かなり年齢不詳)、見るからに「らぶひな萌え〜」とか言いそうな(その当時は らぶひな なんてものはなかったが)、オタク系のいでたちをしている。ショルダーバッグ(プーマかなんか)をたすきがけにはせず、しっかりと片側の肩にさげ、神経質そうに中指1本でずりおちてくる眼鏡を押し上げている。見たところ初めての客のようだ。
1人きりなので非常に大人しい。少しオドオドした様子を見せながら席につくと、「もう辛抱たまらん!」といった様子でショルダーバッグの中からCDを取り出した。お冷やを置きに行くときにさりげなくCDのジャケットを覗き見ると、誰なんだかさっぱりわからない日本人女性アーティストの写真が見えた。僕は元々音楽関係には疎いので、知らない女性アーティストというのは多いのだが、それにしてもあんな顔は見たこともない。一体誰なんだろうと思い、後輩に聞いてみると「ん〜声優かなんかじゃないっすか?」とのこと。妙に納得する。
彼はうっとりしたような表情でそのCDジャケットを見つめている。僕はどうも気になってずっと観察していた。
すると彼はすーっと目を閉じ、いきなり体をゆすりながらハミングしだしたのだった。むきだしのCDを手に持っているだけで、ポータブルCDプレイヤーの類を使用しているわけではない。彼には指先を通して、誰だかわからない女性アーティストの歌がどうやら聞こえているようなのだった 笑。僕はすぐさま小声で後輩に報告した。
「すごい すごい。人間プレイヤーがあそこにいるよ!」
こんなプレイヤーなら壊れなくて最高だ。いや元々壊れてるのか?
ホームページを作っていて、お褒めの言葉をいただくことほど嬉しいことはない。僕はあいにくあまり誉められたものではないものに興味が湧くタチなので、恐がりという、どちらかと言えばエキセントリックで見る人を限定するようなものを作っているのだが、そんな中でCHOCOA講座のSARUCHOGENだけは別格である。
CHOCOA講座は元々、「Cool and Cool」というサイトに、ICQを導入するときに大変お世話になったのがきっかけで作り始めたコンテンツである。まだPCを始めたばかりで右も左もわからないときに、このサイトの親切さは身にしみてありがたかった。
大抵Howtoもののサイトは、専門用語で埋め尽くされている。作っている本人は「これくらい知ってて当たり前だろ?」という感覚で作るものだから、どうしても初心者にはわかりにくい文章となるのだが、このCoolandCoolだけは違った。恐ろしいほどわかりやすいのである。「そうそう! そこがわかんないんだよ!」ってところが見事に解説されているのである。ここの管理人のしょういちさんは相当なスキルの持ち主のはずなのに、なんでこんなに初心者の気持ちがわかるのだろうと感心しまくった覚えがある。
しばらくPCに慣れ親しんでいくうちに、僕もある程度初心者に教えられる程度のスキルを身につけたので、あのときの恩返しをしようという気になり、CHOCOA講座を作ったのであった。心がけたのはとにかく「初心者にわかりやすいサイト」である。でも今読み返してみると「ここはちょっとわかりづらいなぁ」とか「この用語はもっと詳しく解説してあげないとわからないよなぁ」とか思う。しょういちさんの域には全然達していないのであった。
しかし、僕にとっては余りあるお褒めの言葉をたくさんの方からいただいている。「本当に初心者向けでわかりやすかったです」とか、「このサイトが一番わかりやすかったのでリンクさせていただきました」とか、言われる度に失禁するほど嬉しいのである。「あー 苦労したけど作ってよかった……」と思える瞬間だ。しょういちさんとは直接コンタクトを取ったことはなく、一方的に感謝の気持ちを持っていただけなのだが、そのしょういちさん本人からいきなりリンク報告のメールが来たときは死んじゃうくらい嬉しかった。
最近はウルティマオンライン(UO)のサイトからリンクされることが多い。UOは仲間同士の連絡でIRCが不可欠なため、かなりの人たちがSARUCHOGENを訪れてくれているのだ。
恐がりが40000ヒットを達成したのも本当に嬉しいのだが、1回見てしまえばもう用なしのはずのSARUCHOGENが3000HITを達成したときはそれ以上に嬉しかった。
今日はなんだか世界に感謝する日ってことで、ひとつよろしく。
いったいいつ頃からブラインドタッチ(今時はタッチタイプと言うらしい)できるようになったんだろうか。大昔、PC-6001でシコシコ Basicのプログラムを組んでいた頃は、全然出来なかった。常に手元を見ながらのタイピングだ。Win98時代になったときも最初の頃は全然ダメだった。しかしむきになって手元を見ないように練習した覚えがある。それでもなかなか覚えられなかった。
やはり東風荘で仲間が出来、IRCに出入りするようになってからだったろうか? WEBチャットと違ってリアルタイムのチャットをする東風荘やIRCでは、ブラインドタッチが出来ないということは、即ちたくさんの人と友達になれる可能性を潰してしまうということだ。とにかくいろんな人とたくさん話したいという欲求が自然とブラインドタッチに結びついたのだった。もちろんWin98機を手に入れたときにむきになってやっていた手元を見ない練習があったればこそなのだが。
要するにブラインドタッチを身につけるには、「絶対手元は見ない!」という練習と、「ブラインドタッチが出来ないと困る!」という切実な欲求の2つが揃っていないとダメだということだ。練習だけではどうしてもモチベーションが低下するし、ブラインドタッチできたらいいのになぁという欲求だけでは運指は覚えられない。
そこでタイピング練習ソフトだ。ゲームが面白ければ「先に進みたい!」とか「高得点を出したい」という強力なモチベーションが生まれる。そして、タイピング練習ソフトは完璧な運指を教えてくれるので、そのとおりにやっていればあっという間にブラインドタッチを覚えられるのだ。これはやらない手はない。タイピングは遅いより速い方がいいに決まってるのだ。
ホームポジションという言葉はご存知だろう。「F」のキーと「J」のキーには突起がついている。この2つのキーがホームポジションである。左手の人差し指は「F」に、右手の人差し指は「J」に置く。常にこの位置に人差し指を置いておくことでブラインドタッチは可能になる。しかし多くの人がこの事実は知っているのに、実際にはそのとおりにしていないのだ。手のひらは動きまくり、「W」のキーを打つのに人差し指を使っていたりする。そういう僕も、実をいうと右手の小指はほとんど使っていなかったりする。
昨日バカボの妹のはじめちゃんから「ザ・タイピング・オブ・ザ・デッド」というゲームをプレゼントしてもらって初めてその事実を突きつけられた。「俺はブラインドタッチ完璧だぜ〜」と思っていたのが全然先に進めないのだ。「@」や「!」や「−」や「%」を完全にブラインドタッチするには相当な修練がまだ必要なのだった。
さあ がんばるぞー。目指せノーミスクリア!!
ところで「ディレクター、ペーパー、ヴィーナス、クォーター」ってタイプミスせずに素早く続けてブラインドタッチできます?
「しかしさー今時『このホームページ重いよ! JAVAScriptもうざいし』とか言う人まだいるんだね〜。重いっつったって、このページせいぜい300KBくらいだぜ? 確かに5MBの動画を配信してるページもあるけどさ〜。それってストリーミングだから容量はあんまり関係ないもんなぁ。ほとんどの人が重いと感じてないんだからさー、そういう一部の人に合わせて作ってられないよ」
「う〜ん、未だにISDNとか使ってる人もいるからね〜 笑。それはしょうがないでしょ。それにしてもNTTの戦略に振り回された日本の一般ユーザーは悲劇としか言いようがないよね。64Kbpsなんていう、アナログモデムとほとんど大差ない速度をあたかも高速接続! みたいに思い込まされてさ〜、人気タレントのCMあれだけ流されたら、そりゃ自分もISDNにしなきゃって思うわ」
「そうだよね〜。んで結局xDSLじゃないと話にならんってことになったでしょ? あれだけグローバルスタンダードに背を向けてISDNを普及させておいてさー、『すいませんやっぱコレ遅いんでADSLにしますわ。悪いけど回線戻してよ』って一体どういう話やねんって思わず関西弁になるよね。ISDNって結局日本の高速常時接続環境の整備を遅らせた最大の原因だよ。ISDN回線が隣にあるだけでADSLは干渉を受けて速度が低下するんだよね」
「僕も実はISDNから銅線に戻した1人なんだよね 笑。ほんと騙されたって気分だよ 笑。でもそれで終わらなかったでしょ?『xDSLも遅いからやっぱ光ケーブルにしますわ』と来たからね。僕は結局 アナログ→ISDN→アナログ→光ケーブルって3回も回線変えさせられたんだよ。全く一般ユーザーをバカにしてるとしかいいようがないよね。そのたんびに初期費用と接続機器の購入で莫大な出費になってるよ」
「何が気に食わないって、あれだけISDN ISDNって言ってADSLの導入を渋っておきながら、いざ東京めたりっく通信社がADSLを軌道に乗せたら、ころっと手のひら返してADSL始めたところだよなー。あれのおかげで地道にADSLの普及に尽力していためたりっく通信はほとんど殺されたも同然だよ? こういうことやっていいわけ? 銅線、光ファイバ、電柱、電話局とかの設備全般を独占してるNTTが他社の参入を著しく阻害してることを私はここに告発する!!!」
「おいおい 笑。君がそんなに熱くなってどうする 笑。確かにめたりっく通信が高速インフラ普及の捨て駒にされたのは気の毒としかいいようがないね〜。でもいずれにしてもやっと日本もこうやって高速常時接続環境が整ったわけだ。あと残るは高速常時モバイルだね」
「あー。それか。もう考えるだけで頭痛いよ。もうさ、PCとネットなくして僕なんか生活できないわけよ。なんていうの? 僕自身が既にネットワークの1部なわけだから 謎。今月の通話料4万円よ?」
「そりゃ終わってる 笑。結局携帯電話のデータ通信が1Mbpsになったからって、通話料が安くならなければ話にならないんだよね 笑。DoCoMoはいつまであの忌々しいパケット通信料って制度を続けるつもりなんだろうねぇ。君のHPのトップページを一回表示するだけで、500円もかかるんだよ 笑」
「結論としてはアレだな。NTTの解体を国会に訴えるってことだな。じゃっ僕は今から闘争の準備に入るんで、また!」
「闘争って…… 」
我が家には2匹の猫がいる。僕は本当は犬の方がいろんな意味で好きなのだが、飼いやすいという点では猫に軍配があがる。とにかく手がかからないし(散歩不要)、臭くないし(驚くほどの体臭の無さ)、うるさくない(お腹がすいたときだけか細く鳴く)。
これを読んでいるあなたはいったいいくつの犬種があげられるだろうか? 柴犬、秋田犬、スピッツ、チワワ、ラブラドールリトリーバー、ポメラニアン、セントバーナード、ビーグル、シベリアンハスキー、ドーベルマン、シェパード、etc……。恐らく挙げていったらキリがないくらいの名前を思いつくだろう。
では猫はどうだろう。猫種の名前をいったいいくつあげられるだろうか? 多分5〜6個がせいぜいではないかと思う。実際、犬種というのは何百種類もあるのに対して、猫種というのは数十種類しかないのだ。知らなくても無理はない。
よく猫を飼っていると言うと「へ〜、なんていう種類の猫?」と聞かれるのだが、名前を言って知っていた人に会ったためしがない。うちの猫はソマリという種類なのだが、冷麺を読んでくれてる人で知っている人は果たしているのだろうか? 知っている人は相当な猫ツウである。
ソマリというのはアビシニアンという短毛種の長毛版である。長毛と言ってもペルシャ猫のような長さはなく、胸のあたりと尻尾の部分が多少長いだけで、パッと見は、イタチとキツネのあいの子のように見える。いつも「アビシニアンの毛を長くしたような種類の猫です」と答えるのだが、そもそもアビシニアンをほとんどの人が知らないのでそれ以上説明のしようがなくて困るのであった。
で、いつも不思議に思うのだが、犬や猫は種類によってほとんど性格が決まっているのである。ソマリは人なつっこく、撫でられるのが大好きで、音に敏感という性質を持っている。もちろん多少個体差はあるにはあるのだが、ほとんど無いといっても過言ではない。ソマリであれば9割くらいの確率でこの性質の持ち主なのだ。人間で言えば「黒人は全員ダンスが得意で怒りっぽい」といっているようなものなのだが、人間は人種によってそれほどの違いはない。実に不思議なことだ。
ちなみにうちの2匹のソマリは腹違いの姉妹で、姉が「アルティスピノーサ」、妹が「ラミレジィ」という名前である。正式名で呼ぶと長ったらしいので「アル」「ラミ」と呼んでいる。昔から長ったらしい正式名を略称で呼ぶのが由緒正しいペットの命名法だと信じているので、このような名前をつけた。名前の由来はわかる人にはわかるかもしれない。一応秘密にしておこう。
この姉妹が実にかわいい。飼い主の身びいきを差し引いてもかなりのかわいさだ。見た目もさることながら、その人なつっこさが素晴らしい。我が家に来るお客さんはほとんど例外なく彼らの虜になるくらいだ。特に姉の「アル」の方が面白いヤツで、まるで犬のようなのだ。呼ぶと飛んでくる。猫を飼っている人はわかるだろうが、名前を呼ばれて必ず飛んでくるというのはちょっと猫では考えられない珍しい事なのだ。
というわけで、本当は犬好きの僕なのだが、彼らには大満足している。長生きしてほしいものだ。
実際にやるのと、頭で想像するのとでは天と地ほどの差がある。
最近東京都で有害図書指定が、暴力描写や性描写だけでなく、「犯罪や自殺を誘発する怖れがあるもの」にまで範囲を広げた。都知事のいつもの歯切れのいい発言はなく、「有害図書指定やむなし」という言葉には正直失望したものである。都知事という立場になかったら、彼は「表現の自由」を擁護する立場に立ったに違いない。
僕は常々正論を振りかざし、常識人としてこの冷麺を書いているのだが(少なくともそのつもり)、実際のところは偉そうなことを言えたものではないのは、自分自身よくわかっている。今日は僕の中にある邪まな考えを披露することにしよう。但し、最初に断ったとおり、頭で考えるのと実践するのとではまるで別問題だという事を理解していただきたい。ファンタジーをファンタジーとして認める寛容さは必要なのだ。
昔からどうしても知りたいことがある。それは子供の成長に与える環境や教育の効果だ。僕はこれを人体実験してでも知りたいという欲求があるのである。もちろん、そんな大それたことをするほどバカではないが、そういう欲求があることは認めざるを得ない。これは人間の尊厳に対する冒涜なのかもしれないが、知りたいものは知りたいのだ。
例えば人殺しをしたことのある人間だけを集めたコロニーで育った子供は一体どういう大人になるのか、あるいは ある一定の年齢まで大人(もちろん両親を含む)とのコミュニケーションを一切取れない環境で育った子供はどういう大人になるのか、あるいは12歳になるまで身体の自由を一切奪われた状態で育った子供はいったいどういう大人になるのか……etc.
レアケースとして、こういうことはありうるだろうが(狼に育てられた少女などというものもいる)、僕が知りたいのは科学的データとして信ずるに足る、充分な数の標本から生まれる統計的数字だ。つまり大量の子供を使った人体実験でしか得られないデータである。もちろんこんなことは決して許されない。
しかしこういったデータは人類がこの世に現われて以来、決して解き明かされることがなかったたくさんの謎を解いてくれるに違いない。僕は人間の「生まれ持った資質」というものを盲目的に信じている狂信者なのだ。それが真実なのかどうか知りたい。それとも僕の考えは大間違いで、人間は環境や教育によっていかようにも変わりうる存在なのか。
というわけで、僕は結構ダークなヤツだということがわかってもらえたと思う。本当はもっと邪悪な実験を書こうとしたのだが、やめておいた。しかし、何より恐ろしいのはこういうファンタジーを実践してしまう人間が確かに存在していることだ。だからこそそういう人物に強烈にひきつけられる。女の子を10年間監禁していた男と僕の違いは一体なんなのだろう。いつも考えていることだ。
うちの甥っ子(4歳? 5歳? よく知らない)にサンタさんが来た。サンタの存在はいつまで信じ込ませるのが標準なのかよく知らないが、少なくとも小学校にあがるまではやはりこういう行事はあった方が親も子も楽しいだろう。僕もおじさんとして、やむなくうそ臭い演技をせねばならない。
「お こうへい、サンタさん来た? プレゼントは何を貰うの?」
こうへい君は補助輪つきの自転車を貰ったのだが、その嬉しそうな顔といったら! まだおっかなびっくりの運転なので、車道を走るのは親に禁止されているのだが、乗りたくてしょうがないようで狭い私道をひょこひょこ走っている。(しかも今、水疱瘡を患っていて、高熱があるのにも関わらずだ)子供がものを覚えるのはあっというまだ。すぐに自由自在に乗りこなせるようになるのだろう。
自分が始めて自転車を買ってもらったときのことを思い出す。僕も幼稚園の頃に補助輪付きの自転車に乗っていた。乗り物を乗りこなすというのは、何か根源的な快楽に結びついているような気がする。子供は例外なく乗り物が大好きである。いや大人になってもみんな大好きだ。でなければ、電車でほとんどの用が済むこの狭い日本で、自家用車がこれだけ売れるはずがない。
乗り物の中でも、補助輪のない自転車、自動車、バイクはやはり格別な感じがする。この3つを初めて乗れるようになったときの感激は誰しもが思い出としてもっているはずだ。
ちなみに僕が初めてバイク(50ccの原付)に乗ったのは、小学校6年生のときだ。もちろん無免許である。自分でこがなくても右手をひねるだけで、前に進む原付にひどく興奮したのを覚えている。なんというか、自分の能力が拡張されたような、万能感のようなものを感じたのだった。車道を走るのは少し恐かったので、歩道を走ったのだが(もっとタチが悪いかもしれない)、いきなりアクセル全開にしたため、ものすごいウィリーで発進した。そのままシャッターが閉まっている開店前の洋服屋に突っ込んでぶっ倒れた。恐怖感を感じるより、バイクが持つすごいパワーに感激した。足をおもいっきり地面にぶつけて、泣きそうになるくらい痛かったのだが、顔は満面の笑みだった。
次はヘリコプターか飛行機だな。死ぬかもしれないけど。
今年は10年ぶりにクリスマスイブにバイトや仕事がないという幸運に恵まれたので、少しはクリスマスらしいことをしようということで、お外(笑)に出かけてきた。行き先は夜の街(?)銀座である。
なんだか昨年から「東京ミレナリオ」という電飾系のものがお目見えしており、とにかく人の数がすごい。銀座でこれなのだから、渋谷・原宿・新宿などに行っていた日には、多分殺人のひとつやふたつは犯していたかもしれない 謎。結局駐車場を探してぐるぐると銀座周辺を走っているだけで、あっという間に1時間が過ぎていた。無理矢理遠くの駐車場に車を停め、長い距離をえっちらおっちら歩いていくことにした。
クリスマスプレゼントを当日まで用意していない人は結構多いらしく、GUCCIやPRADA、TIFFANYの売り場の回りは、まるで運動会の棒倒しのような光景である。とてもじゃないがあの修羅場に参加する気は起きなかった。というより、そんな高級ブランドを買ってやるつもりはハナから全くないのだが。
今はいているブーツがあまりにも古くてみすぼらしかったので、新しいブーツを買ってやることにする。まずはユナイテッドアローズで見てみると、いきなりかっこいいものがみつかった。「Camper(カンペール)」の黒のロングブーツで、つま先の形がなかなかキュートな逸品である。少し予算オーバーだが、僕は「いい!」と思ったものには金を惜しまない太っ腹の目利きなので(謎)、即決した。しかし万が一にももっとかっこいいものがあったら腹立たしいので、これは最後の保険に取っておいて、他の店にも偵察に行くことにする。
しかしなかなかいいものがない。たまに「これどうかな?」と思うとヒールの形が気に食わなかったり、つま先の形が気に食わなかったり、サイズがなかったり、色が変だったりする。探しに探して2時間も歩いただろうか? 最後の靴店でついに素晴らしい逸品を発見した。
さっそく試着(?)させてもらう。ここで大変なことに気付いた。なんとふくらはぎが太すぎて、入らないのだった。足先のサイズはむしろ大きすぎるくらいなのだが、ふくらはぎだけが全く入らない。店員は今にも死んでしまいそうなか細い声で「スイマセン……。最近のブーツはどれも細くって……」と申し訳なさそうな顔をしている。却って気を使わせてしまってこっちが悪いくらいなのだが、腹の中では爆笑してるかもしれないので油断は出来ない。
この後何足かはいてみたのだが、どれも入らない! 笑。どうやらロングブーツははけない人種だということが判明したので、あきらめて帰ろうという話になったのだが、そういえばまだ最初のカンペールのブーツをはいてないということに気付き、ユナイテッドアローズに戻ってみた。そして奇跡は起こった。なんとはけるのである。ありがとうカンペール! 笑。初めからこれに決めていれば無駄なことをせずに済んだのだが、とてもいい買い物が出来たということで疲れもふっとんだ。
しかし重大なことに気付いた。プレゼントあげたけどもらってないじゃん!!!
昨日は女の子オンリーの飲み会に乱入してきた。気心の知れたメンバーなので気兼ねなく乱入できる。そこで「仕事をナメてるやつ」の話が出たのでそれを書こう。
K(27歳OL 独身)は残業が多いと年収500万円を超すこともある結構な金持ちで、服にも相当な金をかけているクチだ。彼女が今年買った革のジャケットは、発売即売り切れの人気アイテムだったそうで、彼女自身とても気に入っていたらしい。
そんな彼女が とある高級な蕎麦屋に行ったときの話である。従業員がいきなりめんつゆをお気に入りの革ジャケットにぶっかけてしまった。当然店長などが出てきて丁重に謝ってくるのかと思いきや、従業員が「あ、すいません」と一言いってきただけで、それ以外何のサービスもない。なんだこの店は……、と思いつつ会計に向かったのだが、そこでも一言の謝罪もない。さすがに頭に来て
「えーと、クリーニング代くらいは出してもらえるんですよね」
と言うと、「ああ もちろんお出しします。おいくらかかっても結構ですから」
と、今初めて ああそんなこともあったっけごめんごめん といった感じで言ってきたそうである。内心「革のジャケットだし、すごい濃いめんつゆだし、絶対落ちる染みじゃないよなぁ……、普通はすぐ弁償するもんじゃないの?」と思ったそうだが、金が目当てのクレーマー扱いされるのも癪に障るので、そこは一旦引き下がってクリーニング屋に持っていくことにした。
で、当然どこのクリーニング屋に持っていっても断られる。落ちるわけがないのだ。また例の蕎麦屋に行き、クリーニング不可能なので弁償してくれと言うと、今度は店長らしき人物が
「一応保険屋との話し合いがありますんで、まだなんとも言えませんね」
とくる。数日後電話で連絡すると、ようやく保険屋との話し合いがついたとかで、金を取りに来いと言ってきた。温厚なKもここでついにキレ、
「こっちも忙しいんです。取りに来いじゃなくて、会社まで持ってくるのが筋でしょう!」
全く聞いていて呆れてしまった。100歩譲って、まずめんつゆをかけてしまったのは仕方ない。しかしその場ですぐに責任者が出てきて丁重に謝るのが当たり前だ。ほうっておくとはなにごとかっ!! しかも言われるまでクリーニング代のことにふれないというのはどういうつもりだ!! しかもクリーニングで落ちない染みなのは一目瞭然だろうがっ! その場ですぐに弁償するのが筋なのに、保険屋との話し合いがどうこうなんて知るかっ!! そんなことは弁償した後でそっちで勝手にやっておけばいいことだ! 保険屋だのなんだの、そっちの都合を勝手に押し付けてくるな!! しかも金を取りに来いだと?? ふざけるな!!
はぁはぁ……。万が一自分が同じ目にあっていたら、どれだけぶちきれたか想像もできないくらいだ。27歳の女の子ということで相当相手にナメられたのだろう。全くひどい話である。しかしこの子もキレるのがあまりにも遅い。
つい先日コンビニエンスストアで「温かいお茶をください」と言ったら、店員に「あ そこの前から取ってください」と店員の目の前においてある加温器を指差され、即座に「目の前にあるのならおまえが取ればいいだろう!! おまえが立っている場所からお茶を入れてるんじゃないのか? ああ? それとも前からしか出し入れできないようになってるのか!!? ああ!!!!???」とぶちキレた僕とはえらい違いだ。
訓示 店の勝手な都合を客に押し付けるな!!
さあ20世紀もあと残すところ3日となった。と言っても別に何の感慨もないのだが、ひとつ思うところがあるとすれば、それは「ノストラダムスめ……」である。
僕が「ノストラダムスの大予言」(正確に言えば五島勉という人が書いた、ノストラダムスの予言の解釈本)に触れたのは、確か小学校4年生くらいだったと思う。五島勉の解釈によれば世界は1999年に滅亡するとのことで、いたいけな僕は大変なショックを受けた。五島の解釈なのか、それともノストラダムス本人がはっきりとそう予言したのかは当時の僕では判断のしようもない。当然「今までほとんど全ての予言が的中している大予言者が言っているのだから、これは絶対にそうなるのだろう」と思った。
即座に自分にはあとどれくらいの時間が残されているのかを計算した。それによれば僕は29歳でその生涯を終えることになる。「今10歳だから、あと19年しか生きられないのか……」と暗い心持ちになったのは言うまでもない。小学校の卒業式で、校長先生から「21世紀を担うのは君たちです。頑張ってください」という有難いお言葉をいただいたときも、「けっ、どうせ21世紀なんてやってこないんだよ。そのまえに俺達は死ぬんだよ」と世を拗ねていたりもした。
それからオカルトに傾倒し、いろんな本を読んだ。世界の超常現象を網羅したまゆつばなものや、ニューサイエンス、宗教本、果てはコリン・ウィルソンの犯罪百科に至るまで、ありとあらゆるダークな文献を漁ったのだった。その集大成が今の自分だと考えると、随分変な道を歩いてきちゃったな……というのが実感である。
しかしそれにつけても21世紀を担うのは本当に僕や僕の同年代の人たちなんだろうか? 僕らは単なる20世紀をひきずっているロートルでしかないと思うのだが……。DoCoMoのCMで「子供の頃見ていた未来がやってきた」というようなコピーを最近耳にするが、想像できてしまうような未来は未来とは思えない。きっと数十年後には今の僕らが全く想像しえなかった、異世界が広がっているとおもうのだがどうだろう?
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