
実際にやるのと、頭で想像するのとでは天と地ほどの差がある。
最近東京都で有害図書指定が、暴力描写や性描写だけでなく、「犯罪や自殺を誘発する怖れがあるもの」にまで範囲を広げた。都知事のいつもの歯切れのいい発言はなく、「有害図書指定やむなし」という言葉には正直失望したものである。都知事という立場になかったら、彼は「表現の自由」を擁護する立場に立ったに違いない。
僕は常々正論を振りかざし、常識人としてこの冷麺を書いているのだが(少なくともそのつもり)、実際のところは偉そうなことを言えたものではないのは、自分自身よくわかっている。今日は僕の中にある邪まな考えを披露することにしよう。但し、最初に断ったとおり、頭で考えるのと実践するのとではまるで別問題だという事を理解していただきたい。ファンタジーをファンタジーとして認める寛容さは必要なのだ。
昔からどうしても知りたいことがある。それは子供の成長に与える環境や教育の効果だ。僕はこれを人体実験してでも知りたいという欲求があるのである。もちろん、そんな大それたことをするほどバカではないが、そういう欲求があることは認めざるを得ない。これは人間の尊厳に対する冒涜なのかもしれないが、知りたいものは知りたいのだ。
例えば人殺しをしたことのある人間だけを集めたコロニーで育った子供は一体どういう大人になるのか、あるいは ある一定の年齢まで大人(もちろん両親を含む)とのコミュニケーションを一切取れない環境で育った子供はどういう大人になるのか、あるいは12歳になるまで身体の自由を一切奪われた状態で育った子供はいったいどういう大人になるのか……etc.
レアケースとして、こういうことはありうるだろうが(狼に育てられた少女などというものもいる)、僕が知りたいのは科学的データとして信ずるに足る、充分な数の標本から生まれる統計的数字だ。つまり大量の子供を使った人体実験でしか得られないデータである。もちろんこんなことは決して許されない。
しかしこういったデータは人類がこの世に現われて以来、決して解き明かされることがなかったたくさんの謎を解いてくれるに違いない。僕は人間の「生まれ持った資質」というものを盲目的に信じている狂信者なのだ。それが真実なのかどうか知りたい。それとも僕の考えは大間違いで、人間は環境や教育によっていかようにも変わりうる存在なのか。
というわけで、僕は結構ダークなヤツだということがわかってもらえたと思う。本当はもっと邪悪な実験を書こうとしたのだが、やめておいた。しかし、何より恐ろしいのはこういうファンタジーを実践してしまう人間が確かに存在していることだ。だからこそそういう人物に強烈にひきつけられる。女の子を10年間監禁していた男と僕の違いは一体なんなのだろう。いつも考えていることだ。
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