
季節はずれな話。
毎年夏になると千葉の御宿という海に通うことにしている。かれこれ10年くらいは通いつづけているのだが、他の海に行ったことはない。海が好きというよりは御宿が好きなのだ。ここ2年間は1年に5回程度しか行っていないが、時間の融通がきいたバイト時代は一夏に15回行ったこともある。
御宿には10軒くらいの海の家があり、僕のお気に入りは「ニュー田中屋」というさえない名前のところだ。この10年間でたった1回の浮気(その時は田中屋さんの身内に不幸があり、お休みだったのだ)を除いて、都合100回は行っているだろう。もう馴染みの店という感じで、行くと大歓迎してくれる。
「今年はなかなか来ないからどうしちゃったかと思ったよ〜。元気だった?」
おばちゃんの温かい出迎えが実に気分がいい。去年使ったサマーベッド(自分専用のを置かせてもらっているのだ)の錆をきれいにペンキで補修してくれていたりもする。以前ビールの好みを書いたときにキリンの一番搾りをNo.1に挙げたのは、この田中屋さんで飲んだ一番搾りが実においしかったからだ。
真夜中に出発し、早朝に海に着くとまずは寝る。日が高くなってくるとおもむろに起き出し、準備運動もせずにいきなり泳ぎ出す。沖の方にあるブイに向かって一直線に泳ぎ、余裕があるときはそこから岸と平行に泳ぐ。体力の限界まで泳ぎ、「もうダメ、死ぬ」ってくらいになったら岸に戻る。そしてまた寝る。
そして昼になるとビールを飲むのだ。一緒にいったバイト仲間のRと、そうやってクタクタになるまで泳いだ後に飲んだ一番搾りは、実に表現しようのないうまさだった。なんというか、果実のような味がした。僕だけがそう感じているのかと思ったのだが
「こ……これ うまくないか!?」
と二人顔を見合わせ、ほとんど同時にこの言葉が口をついて出てきたので、恐らく本当に果実みたいな味がしたんだと思う。またこの味を味わいたくて足しげく海に通うのだが、未だかつてあの味が再現されたことはない。
居酒屋で飲む一番搾りは何の変哲もないただのビールだ。それでも、あの幻の味の思い出をよみがえらせてくれる一番搾りを注文する。これがおっさんになっていくということなのだろうか?
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