新年明けましておめでとうございます。
温泉旅行に行ったり、忘年会やらなんやらの飲み会で随分間があいてしまった。アクセスログを見ると、ちょっと更新をサボるとてきめんにHIT数にはねかえってくるのがわかる。身の引き締まる思いだ。
今年の抱負を書いておこう。今年はとにかく痩せなければならない。痩せたいではなく「痩せなければならない」だ。僕はこの2年間でなんと18kgも太ってしまった。身長183cm体重52kgだったのが、今では体重70kgである。52kgというのはいくらなんでも痩せすぎだが、70kgというのは微妙なところだ。標準体重と言えなくもないが、締まりがなくなっているのは否めない。特に横っ腹に肉がついているのはやばい。
今の体重を維持できれば特に問題はないが、依然として体重は増えつづけている。このままのペースで行けば来年には100kgだ。0.1tだ。なんとしても止めなければならない。
僕は30年間、ずっと「痩せている人」として暮らしてきた。誰に会っても「痩せすぎ〜」と言われ、「もっと太りなよ〜」と言われつづけてきた。その当時は「太りたくても全然太れないんだよ。体質なんじゃないかな」などと言っていたのだが、実を言えば太りたいなどと思ったことは一度もないのだった。僕はガリガリの自分が好きだったのである。
確かにいくら食べても太らなかったので自分は太らない体質だと思っていたのだが、そういう思い込みがいかにあさはかであるかをこの2年間で思い知らされた。途中、3日間の断食などもやってみたのだが、アッという間にリバウンドを起こした。これは年齢的なものなのだろうか。30過ぎると食った分だけ太るのだろうか……。いやはや恐ろしい。
というわけで、警告しておこう。今現在痩せていて、いくら食べても太らないなどと思い込んでいる人がいたらそれは大きな間違いだ。10年後のあなたは「私も昔は痩せてたんだよ」とグダグダ言ってるだけのデブかもしれない。
天災は忘れた頃にやってくる。それにしても正月に来なくてもいいだろうという気がするのだが……。
「OS再インストールで顔文字も何もないよ〜。誰かブックマーク送って〜」とか言ってる人を見ると、いつも「アホか。なんでバックアップ取ってへんねん。OSとデータは別やろ」と軽蔑の眼差しを向けていたものなのだが、今回は人のことを笑えない事態になってしまった。
昨年の後半あたりから、「チャ助が起動してるのに画面に表示されない」とか、「画像の多いHPを表示すると、途中からほとんどの画像が壊れアイコンになってしまう」とか「フラッシュを使用してるHPだとIEが必ずコケる」とか、「OutlookExpressのメール文中のURLをクリックするとHPが表示されずにCドライブの中身が表示される」とか、数々の不具合が発生していたのだが、ついに元旦から音が一切出ないという致命的な事態になったので、OS再インストールを決行することにした。
僕は自慢じゃないがOSの再インストールは50回以上やっている。パーティションを切り直してもいるので、アプリのデータ類はほとんどシステムとは別ドライブに入っていて、Winさえ入れ替えればバックアップの手間をかけずに再インストールが済むようになっている。しかし、しかしだ。なんと今回、Cドライブだけフォーマットすればいいところを、何を間違えたかDドライブまでフォーマットしてしまったのだった……。
僕はほとんどのアプリケーションをDドライブに入れている。つまりICQのログやCHOCOAのスクリプト、そういったアプリに付随するデータ類もDドライブに保存されているということだ。そのため、今回のフォーマットで、2年以上もためこんで保存しつづけていたICQのログがついに消失してしまった。これは痛い。昔のログは結構面白いのに……。
保存先を指定できるCHOCOAのログやOutlookExpressのメールデータなどはちゃんとEドライブに保存してあるので無傷で済んだのだが、かなりの量のデータを消失してしまった。日頃のバックアップの重要性を思い知らされた次第である。
とりあえず今現在、ドライバ類のインストールを終え、やっとネット接続が出来るようになったような状態だ。これから気が遠くなるような数のアプリをインストールし、それぞれを使いやすいようにカスタマイズしなければならない。
と、ここで気付いた。これを機会にWin2000をインストールすればよかった……。
痛い話。
随分前に(今読み返してみたら11月14日だった)、転んで足を縫うケガをした話を書いたが、またケガ自慢。飲み屋で盛り上がる話といえばケガ自慢病気自慢、懐古アニメネタ、芸能人の誰それに似てる話、と相場が決まっている。場が盛り下がったらとりあえずこの3つのネタを振ればなんとかなってしまうということは覚えておいて損はない。
その日僕は世界の七不思議に挑戦していた。テニスボールがある。硬式テニスで使われるあの黄色くて表面がしゅわしゅわしてて、中途半端に硬いボールである。いったいこのテニスボールの中はどうなっているのか。以前から疑問に思っていたので、中を見てやろうということになったのであった。
もしかしたら中に空洞はなく、得体の知れない物質で埋め尽くされているかもしれない。もしかしたら未知の液体が流れ出てくるかも。それが強酸性の液体だったら床に穴が開くかも……ひぃぃぃ……といったどうでもいいことを考えながら、カッターを用意した。
左手にボールを持ち、右手にカッターを持つ。手を切らないように注意して、切っ先をボールに当てた。ジリジリと刃先がボールに食い込んでいったが、それ以上進まない。どうやら相当硬い物質で出来ているようだ。カッターを握りなおし両手に力を込める。
「う〜んジリジリ力を込めてるからダメなんだな。よし、一気に行くぞ。……んんん。おりゃぁああああ!!」
「……って、あああああああああ!!!!」
なんとボールを突き抜けたカッターは、手のひらの真ん中付近から手のひらの裏側まで一気に行ってしまったのであった。パニックに陥ってしまい、テニスボールの中がどうなっていたのかは見る余裕がなかった。結局未だに謎である。すぐに病院に行き、7針縫うことになった。
バカそのもの。中学3年生の頃の話。
クロムハーツに骨抜きにされて、はや5年ほど経つ。説明するまでもないかもしれないが、クロムハーツとはハード系シルバーアクセサリーで絶大な人気を誇るカリスマブランドである(なんかこの言い方は陳腐で、クロムハーツに対する冒涜のような気もする)。
なんといってもクロムハーツの魅力はデザインにある。よくごついシルバーリングというと、すぐにドクロだのなんだのという悪魔的なデザインを思い浮かべる人がいるが、クロムハーツはそういったデザインとは一線を画している。オーセンティックと言うか、トラディショナルと言うか、そういうモチーフを非常に抑制の効いたデザインに仕上げてあるのが特徴である。掲示板で僕専用のアイコンになっているあのデザインはクロムハーツのケルティックドッグというモチーフだ。
僕は一目見たときからこのクロムハーツのシルバーアクセサリーに魅せられた。それまでおよそアクセサリーなどとは無縁の人だったのだが、何かひとつでいいからこれを身につけたい! という衝動にかられた。しかしこれが驚くほど高価なのだった。平均的なリングで大体7〜8万円する。シルバーというのは、素材自体はとても安価なものである。これがクロムハーツでもなんでもないノーブランドのシルバーリングなら、2000〜3000円もあれば買えてしまう。財布などは10万円する。財布をつるすチェーンなどはそれだけで50万円(!!)する。僕が買い集めたものも全部あわせると50万円くらいにはなる(!!)。
クロムハーツを買うという行為は、シルバーを買うという意識で行うものでない。「クロムハーツという名の物語」を買うことなのだ。だからその物語に何の感銘も受けない人の目には、なんてあほらしい高い買い物なのだろうというふうに映る。しかしこの物語に魅せられた僕のような人種にとっては、全く高いという気がしない。むしろ安いクロムハーツなど(そんなものはないのだが)欲しくないとまで思うのである。
僕は左の耳に2つのピアスの穴があいている。これはピアスがしたくてあけたのではない。クロムハーツという物語を身にまとうためにあけたのだ。だから女の子がよくやるように、その日の気分によってピアスを変えるということもない。一生このままだ。ちなみにこの2つの穴は非常に特殊な場所にあいており、クロムハーツのようなでかいピアスじゃないとどうにも格好がつかない。
しかし悲しいかな。僕は単なるリーマンなのであった。ウィークデーには2つの穴が寂しく風を通している。クロムハーツ的な生き方に身を投じることができたらなぁ……(詠嘆)
バイトの後輩M(秋田県出身 21歳 一人暮らし)の限りなく不透明な金脈の話。
昨日クロムハーツのことを書いた後、恒例の元バイト仲間の飲み会に行って来た。珍しく後輩のMが来ている。実に会うのは2年ぶりである。この男は非常に先輩を立てることで有名なヤツで、いじめられながらもみんなにかわいがられているデブである。
こいつの金の使い方がハンパじゃない。僕がクロムハーツを大好きなように、Mも「ガボール」というシルバーブランドが大好きでたくさん集めているのだが、2年ぶりに会ってみると以前より数段パワーアップしている。もう全身ジャラジャラといった感じである。
ちなみにガボールというのはドクロなどのモチーフを得意にしているシルバーブランドで、クロムハーツと並び称される人気ブランドだ。デザイナーのガボール本人は数年前に若くして死んでしまったため、新しいデザインは生まれていないのだが、以前に書き溜めたデザインを元に、ガボールの奥さんなんかがシコシコ顧客の注文をこなしているらしい。クロムハーツ以上に手に入りにくく、クロムハーツ以上に高価でもある。
どんなものを新しく手に入れたのか見せてもらった。下衆なことだが、値段も聞かずにはいられない。曰く、ウォレット20万円。ウォレットチェーン40万円。ブレスレット25万円。ブレスレット17万円。ペンダントトップ8万円。リング9万円。リング7万円。ぐはっ!! これで一体いくらになってるのか計算することすらあほらしくなってきたのだが、よく見ると腕時計が以前と変わっている。むむむ。
「あれ? おまえサブマリーナはどうしたの? 俺と一緒に買いに行ったよな?」
「ああ あれ壊れちゃったんですよ。新しいの買いました」
ROLEXサブマリーナは30万円くらいする。それが壊れちゃったので新しく買うという話だけでお腹一杯なのだが、念のため新しい時計を見せてもらった。なんとなく見覚えがある。「ん〜 オメガのスピードマスターに似てるなぁ」と思いつつ文字盤の裏を見て絶句した。知らない人には全くわからないだろうが文字盤の裏には「BREGUET」と刻印されていた。雲上ブランド、ブレゲである。100万円近くする。
「ぐはっ おまえ これブレゲじゃんか! いつ買ったんだよ」
「あ てゆーか前の時計売って買ったんです」
「え? 前の時計は壊れたんだろ?」
「いえ サブマリーナ壊れたんで、ジラールペルゴ買ったんですよ。で、それを売ってこれ買いました。ジラールペルゴは100万円以上だったです」
……。世界が違う……。あきれ返ってクチをきく気力を失くしていたのだが、Mが着ている革ジャンがあまりにかっこよかったので、これについても聞いてみた。
「ちょっとそれ貸して貸して。むむむ 重い! これ馬の革だな?」
「よくわかりますね」
「……一応聞いておくわ。これいくら?」
「ん〜15万くらいかな」
=□○_
いやー昨晩は冷や汗をかいた。雪の話だ。車で営業をやっている僕にとって、降雪ほど心配なものはない。10cmも積もるようだったら、取引先に謝ってお休みさせてもらおうと思ったくらいだ。
よく豪雪地帯の人から、東京もんはちょっとの雪ですぐ大騒ぎしやがると揶揄されるが、これは仕方ないことでもある。年に1回か2回の雪のために普通は万全の準備などしないからだ。毎年大手町のオフィス街で滑って転んでいる人の映像がニュースで流れていて思わず笑ってしまうが、あれも「なんでこんなに雪積もってるのに革靴で歩いてんだよ。そりゃ転ぶに決まってるっつの。滑らない長靴履けばいいじゃん」と思いつつ、「いや長靴とか普通持ってないもんなぁ」となる。東京という都市は全く雪を想定していないのだ。
数年前の大雪の日には御茶ノ水の明治大学前の坂(500メートルくらいある長い急勾配)で、数台の車がクラッシュしていた。全く前に進めなくなり、立ち往生している車はその倍くらいいた。例え自分ひとりが万全の装備で雪道に挑んだとしても、東京ではその危険性が激減するわけではない。回りには一度も雪道を走ったことがなく、チェーンのつけ方もわかっていないドライバーがゴロゴロしているからだ。そんな車にもらい事故を食らった日には、僕などはおまんまの食い上げとなるのである。
と、前フリはこのへんにして例によって昔話にしよう。まだ雪道の危険性を知らなかった……、というより雪道の危険性にあえて無謀に突っ込むことで女の子の気を引くようなバカな真似をしていた大学生時代の話である。
車3台に分乗して軽井沢への1泊旅行。とても楽しい思い出になるはずだったのだが、自然は人間など愛していない(謎)ということを思い知らされた。
確か12月くらいだったと思ったが、その日は快晴で雪が降る心配はほとんどなかった。峠の方では天気が変わりやすいので、突然降られるという可能性もあるが、「まあ そのときはそのときだ、道中のガソリンスタンドでチェーンを購入すればなんとかなるだろう、大体そんなに奥まった所に行くわけでもなし、道はほとんど除雪されているさ」とタカをくくって何の装備もなしに出発したのだった。車3台の内訳は、1台が4WDのオフロード車、1台が非力なFF車、もう1台が僕が運転する排気量3500ccのちょっとでかいFR車である。ちょっと車に詳しい人ならもうこれだけで先が読めるだろう。
青空の下、順調に車は高速道路を抜けた。一般道に入り峠に向かう。ここで若干雲行きが怪しくなってきた。しかし道路にも路肩にもその向こうの山肌にも雪は一切ない。この分ならなんとか宿までたどり着けるだろうと安心していたところでついに悪夢はやってきた。雪だ。それも「空のどこにこんなに沢山の雪が隠れてたんだよ!!」と思わず怒りたくなるようなすごい降り方である。あっという間に路面を雪が覆う。そして路面が白くなっていくのを鏡で映すように僕の顔面も蒼白になっていった……。
つづく。
上り坂、10度程度の勾配にさしかかった。路面はうっすらと白くなっているが、積もりそうになっては溶けるという感じだ。タイヤから感じる雪の質感はシャーベット状。「うっ この坂登れるのか……」と思ったところで案の定タイヤが空転した。坂の途中で全く前に進まなくなり、その場で右を向いたり左を向いたりのお尻フリフリ状態になった。幸い僕の車は最後尾だったために事故にはならなかったが、車の往来が激しい状態で前を走っていたらどうなっていたか知れたものではない。
先を行く2台が僕の立ち往生に気付き、車を止めた。僕もあきらめてアクセルをもどす。ずるっと坂をすべり落ちそうになったが、なんとか坂の一番下まではずり落ちずに止まった。ギアをニュートラルに入れて、惰性によるバックで慎重に車を路肩に寄せる。
「おいこれ動けないぞ」
「どうするよ……」
「チェーンないし……」
4WDを使って最寄のガソリンスタンドでチェーンを買って来ることにした。FF車はまだ走れるのだが、これも用意していたチェーンを念の為履くことにした。寒い車中で女の子の視線が痛い。「なんでチェーンとか用意してないわけ? 信じらんない」という無言の圧力が込められた視線だ。数十分後、思いのほか遠かったガソリンスタンドから4WDが帰ってきた。
「あーおまえの車種に合うチェーンはないらしいぞ」
「ぐはっ」
僕が乗っていたのは排気量がでかく、タイヤが扁平な外車だった。フェンダーとタイヤの距離がとても狭く、チェーンを装着するとフェンダーがボロボロになるという。ガソリンスタンドはあくまで緊急用のチェーンしか用意していず、そういう特殊な車が履けるようなゴム製のチェーン(?)は置いていないのだった。万事休すだ。
仕方なくFR車をその場に乗り捨て、翌日取りに来ることにして2台で宿に向かうことになった。4WDとFF車でぎゅうぎゅうづめのドライブだ。人一倍体のでかい僕は、窮屈そうに体を縮めてしかめっつらをしている女性に囲まれて、生きた心地がしなかった。なんとか宿にはついたのだが、食事の支度やら、洗い物、寝床の支度などは全て僕の仕事になったのは言うまでもない。ちなみに寝る前に男連中で麻雀をやったのだが、これがバカヅキで昼間の不幸を取り返すかのように相当な大金が僕の懐に転がり込んできた。男連中の怒りようは頂点に達していただろう。
「つーかさー、明日になったって道路が雪に覆われてたら結局あの車うごかないじゃん? どうすんのよ。悪いけど俺らおまえ置いて先帰らせてもらうよ?」
「ひぃぃぃいい」
幸い翌日は抜けるような快晴となり、直射日光が当たるところでは道路の雪もほとんど溶けていた。雪が残っていたところも除雪車があらかたどけてくれていたので、なんとか僕の車でも走れそうだ。しかし悲劇はこれだけでは終わらなかった。
エンジンがかからない! というかバッテリーがあがってる! 4WD車からケーブルを引いてみたのだがそれでも動かない! 僕の車の大容量バッテリーはうんともすんとも言わないのだった……。再び4WD車でガソリンスタンドに行くがここでもまた「そんなでかいバッテリーうちには置いてないよ」と一蹴される。もう全員呆れかえって口をきく気力すら失っているようだ。
結局その後、最寄の自動車整備工場まで(20Km以上あった)4WD車で行き、でかいバッテリー(確か4万円だった 笑)を買い、全員の鋭い眼光を浴びつづけながら家路についたのだった。
教訓 冬は家にいろ
先日会った後輩Mの影響をモロに受けて革パンを買って来た(というかクリスマスプレゼント(謎)でもらった)。元々ずっと欲しかったのだが、後輩Mの革ジャンを見て、もういてもたってもいられなくなったのだ。ずっと自分が思い描いている自分像(ぷ)にまた1歩近づける。こういう日は眠気も感じずスキっと目が醒める。
久しぶりに渋谷まで行ったのだが、正直なところ僕の歳では渋谷は結構つらい。しかし目指す革パンを売っている店は渋谷にしか心当たりがないのだ。学ランを着てバーバリーのマフラーを巻いている爆発頭(謎)の高校生に混じって、冷や汗をかきながら探してきた。
まずはパルコのそばの『バックドロップ』というアメカジの総本山みたいな店に行く。ここは僕が高校生当時から服を買っている老舗である。スタジャンなどの品揃えが素晴らしい。ここで、まずは『バンソン』の革パンの価格調査だ。実を言うと欲しい欲しいとは思っていたのだが、実際に革パンを手にとって見たりするのは初めてで、値段の相場も全然知らないのだ。とりあえず目に付いた1本を手にとってみてギョッとした。値札の金額は¥69800- 。「うへえ やっぱ高いなぁ。5万円くらいで買えるかと思ってたが甘かった……」
革にもいろいろ種類があり、柔らかいのもあれば恐ろしく硬いものもある。例外ももちろんあるが、大体「硬ければ硬いほど高い」と思っておいて間違いないようだ。一番安いヤツは4万円くらいからあるのだが、革の質感がいかにも安っぽい。僕が最も気に入ったのは一番硬い馬革の黒いパンツで、これは10万円オーバーであった。むぅ、あまりにも高い。激しく予算オーバーである。
次は『バンソン』より通好みの『エアロレザー』を扱っている『スラップショット』という明治通り沿いのアメカジの店に行ってみた。ここはバックドロップより客層が若く、さらに僕にとっては厳しい場所だ。しかし僕もいたいけな高校生当時はやはりここでたくさんの買い物をしていた。もうちょっとOBにも入りやすくしておいてくれよ!
エアロの革はバンソンよりも肉厚な感じがして、僕はいっぺんで気に入った。やはり一番硬い馬革が、色もツヤも含めた質感がいい。これしかない! という感じである。お値段は¥80000- 。バンソンよりはマシだが高いことには変わりない。とりあえず試着だ。最近太ってきたのを考慮して、32インチのものを履いてみる。
「ぐはっ!!!!! なんだこの硬さは!!」
手にとってみるのと、実際に履いてみるのとでは天と地ほどの差がある。とにかく信じられないくらい硬くて重いのだ。こんなんで歩けるんかいなという感じである。両足を通してジッパーをあげるだけで体力使い果たすくらい苦労した。しかしこれが気に入らない。どうも太いのであった。「う〜ん、革パンってのはもっと足のラインが出てないと変だよなぁ」ということでもう1サイズ落としたものを試着してみる。しかしこれも太い。どう見てもかっこ悪いのである。ここは履けなかった時の恥を忍んで、もう1サイズ落としたものを試してみるしかない。30インチではジーンズですら入るかどうか自信ないのだが挑戦してみた。
「ぐ、ぐぉぉお。硬ぇええ。は、はいらない……ぐぐぐ」
そんなこんなで5分ほどフィッティングルームで格闘して、無理矢理足を通してみた。ウェストはぎゅうぎゅうで指1本入らない。額は汗でびっしょりだ。ジッパーが壊れて飛んじゃうくらいのきつさなのだが、なんとか履くことができた。今度はシルエットもばっちりである。ウェストはピッタリだが足の細さが丁度いい。決してピタピタという感じではなく、程よい余裕がある。これで決まりだ。革は履いているうちにどんどん柔らかくなり伸びてくるので、ウェストもぎゅうぎゅうでOKなのだ。全額プレゼントしてもらうにはあまりにも高いので、僕も少しお金を出した。
買った直後にジーンズから革パンに履き替えた。走れない、しゃがめない、階段昇れない、靴の紐結べない ご飯食べられない。でもかっこいい。かっこよさはいつも痩せ我慢と隣り合わせだ。
ユニクロの躍進によってアパレルの常識が崩れ去って久しい。従来アパレルというのは儲けもでかいが、はずれたときの損失もでかいと言われてきた。だから価格設定はどうしても高くならざるを得ない。その隙間をついたのがユニクロだ。売れるとわかっているものならば、安くできる。もちろんそれだけがユニクロの全てではない。企画から製造、物流まで自社で賄う徹底したコスト削減があってこそなのだが、それでも作ったものが売れなければ何の意味もない。ユニクロの凄さは「確実に売れるものを、売れる値段で売れる分だけ作る」というシステムを作り上げたことにある。
従来の「売れるか売れないかわからないけど作ってみた」というやり方には必ず「セール」というものが付随する。どれくらい売れるかわからないで作っているから、余剰在庫は値を下げて売り切るしかなくなるからだ。逆に予想をはるかに上回る売れ方をしても、生産ラインは季節ごとに決めた数量しか作っていないので在庫が尽きて(売り切れて)しまう。せっかく「これは売れる!」とわかった商品なのに、追加生産がほとんど出来ないのだ。これは販売機会の損失になる。ユニクロは売れる商品は確実に追加生産を行える体制を作り上げている。
セールを有難がって、ここぞとばかりに喜んで買うのはよく考えてみれば間抜けな話だ。有難いのではなく当たり前のことだと思わなくてはいけない。セールというのはメーカーのつたない予測のために上乗せされていた余分なマージンが取り払われたにすぎない。しかもこのセールというものがあるために消費者は買い控えをする。ますます企業の予測は立たなくなり、セールの時期以外服が売れなくなるとか、セールの売れ行きを考慮してプロパーの値段が決定されるいう本末転倒な事態が起こるのだ。
スーパーなどで日常的に行われていたのが最近になって問題視され始めたものに、「二重価格」というものがある。アパレルが行うセールは、この二重価格のタイムスパンを大幅に伸ばした販売方法と言っても過言ではないだろう。それを意識している人たちは決してプロパー(正規価格)でモノを買わないのだ。
ユニクロ以降のアパレルは適正価格というものを非常に意識している。最近流行っているのは「ツープライススーツ」だ(日比谷の『スーパースーツストア』が発祥)。スーツ専門店なのだが、値段が19000円と28000円の2種類しかない店のことである。プロパーという概念自体がなく、セールは一切行わない。1年中同じ値段である。ユニクロと同じように中間マージンを極限まで切り詰め、自社生産、自社物流、余剰在庫の圧縮、店頭サービスの簡略化で驚くような値段を実現している。これはカジュアルファッションと違って、それほど流行の変化が激しくないスーツだからこそ出来るわざである。僕も1着持っているが、スーツ自体の作りもよく、流行のシルエットをさらりと取り入れているので、UAなんかでオーダーメイドで作ったものと比べても遜色ないくらいかっこよかったりする。安かろう悪かろうではないのだ。もちろん生地は高級なスーツに比べれば値段相応ではあるが。
これは歓迎すべきことであると思う。徹底してセール以外ではモノを買わないという行動を貫いていれば、そのうちセール自体が消えてなくなるだろう。いつでも適正な価格で買えた方がいいに決まってるのだ。
CD(とCDプレイヤー)が発売開始されたとき、ほとんどのオーディオメーカーは現在ほどに普及するには相当な時間がかかると予測していたそうである。どう考えてもアナログ盤よりCDの方が優れているのだからその予測は甘かったとしかいいようがない。未だにアナログ盤の愛好者はいるが、それは音質へのこだわりと言うよりは「古きよき時代への郷愁」と言った方が的を射ているだろう。
21世紀に確実に消えてしまうと予想されるものに、ビデオが挙げられる。不勉強なので録画も出来るDVDの規格統一がどの程度進んでいるのか知らないが、それが進めばいずれはDVDに取って代わられるだろう。今現在の話で言っても、テレビドラマを録画する人たちにとってはまだまだビデオは必要だろうが、僕などはほとんどビデオは映画を借りてきて見るためだけのツールになっているので、DVDプレイヤーだけで充分だったりする。DVDは映像の美しさもさることながら、音響が格段にいい。ちゃんとしたスピーカーを揃えれば、映画館の迫力がそのまま楽しめる。
決定的にビデオと差がつくのは、やはり画質の劣化がないことだろう。10年前に録画したビデオテープなどは見られたものではない。下手をするとカビが生えて全く見られなくなることもある。その点DVDは何年経とうと画質は綺麗なままである。これはでかい。映画などをビデオテープでコレクションしていたのがなんだかアホらしくなってくる。
それとはいきなり別の話になるんだが、先日妹が購入したデジタルビデオの映像を見せてもらう機会があった。これがまたすごい! 見たことがない人は是非誰かに借りてでも見てもらいたい。テレビモニターってこんなに美しい映像を表示できるんだ!? と思うに違いない。どの程度凄いのかなかなか表現しづらいが、VHSなんかで録画したものとは比べ物にならない。録画ではない単なるテレビ放送と比べても桁違いに綺麗だ。これが永遠に画質がそのままで残るのだから、そりゃーお父さんも運動会シーズンに思わず買っちゃうわ、というものだ。僕も当然欲しくなった。しかし買っても全く使う機会が無さそうなので、本気で買おうとまでは思わない。
見せてもらったものはお決まりという感じの「子供のお遊戯会」の映像だったのだが、これを見て複雑な気分になった。というか妄想の世界にはまりこんだ。
写っている我が子(僕の子供じゃないが )が3年後、交通事故で不慮の死を遂げる。葬式が終わった後、憔悴しきって自宅に帰る。ふと目に付く「2000年 ○月○日 お遊戯会」のラベル。自然と手が伸びる。「ああ あの日は失敗しちゃって大恥かいたんだっけな……」。泣いてるのか笑ってるのかわからない表情で、ディスクをプレイヤーに挿入する。調子っぱずれに歌っている子供達の声。カメラがパンするとおどけた顔でこちらを向く我が子の顔。「もう2度と、君のおどけた表情を見ることはできないんだね……」ハイ! カーーット! 謎。
思わず本当に泣いちゃいそうな気分になった。しかしこれだけ生々しい映像が永遠に残るというのは、こういうことが世界のあちこちで普通に起こるようになるということだろう。自分にもしこういう不幸が起きたら、この映像はかけがえのない宝物になるのだろうか? それともいつまでも過去をひきずってしまう足枷になるのだろうか? そう考えたらなんだか「デジタルビデオはいらないや」と思った。はい、これで20万円くらいの得!
今日は僕の戦友(ぷ)、バカボと買い物に行った。ここ最近買い物ブーム(ぷ)到来である。
先日革パンを手に入れたので、それを履いて意味無くおしゃれな街を闊歩したいという欲求が起き、青山まで行ってきた。東京在住の人じゃないとちょっとわからないかもしれないが、青山というのは例えばジャージの上下で歩いていたらそれだけで自殺したくなるような気分にさせられるハイソサエティの集う場所である。日本のおしゃれそのものが詰まっているような、一種異様な雰囲気漂うファッションの戦場と言える。
特に意識せずに営業に使っているカローラで行ったのだが、まずこれで大失敗だと思った。大通りから一本入ると、途端に回りは超高級車の路駐の嵐である。比較的狭い通りに、これでもか! というくらい車が止まっている。ジャガー、フェラーリ、ベンツ、ポルシェ、ちょっと毛色が違うがケイターハムスーパーセブンなんかもある。まさに別世界だ。ちょっと気にしてしばらく見ていたのだが、足立ナンバーのセダン(僕の営業車はこれ……)は1台もなかった。
「むぅ……。はるほどの見栄もないが、さすがにこれではカッコがつかないな……。道行く人が全員、あんたの来る場所じゃないよって目で見ているような気がする……」
で、とりあえず日本では唯一の(近々大阪店も出来るらしいが)クロムハーツの路面店に向かう。実はこの店にはバカボの友達が勤めていて、結構気楽に入れるのだ。もしも知り合いが勤めていなかったら、とてもじゃないが普通の精神状態では入れるものではない。店の雰囲気が一般人を如実に拒絶しているのだ。ここはごく限られた金持ちだけが入ることを許される、一種の聖域となっている。
中に入り、一目散に知り合いのところに向かう。店員に声をかけられたら息の根が止まりかねないからだ 謎。コーヒーなどを知り合いに振舞ってもらって、偽りの顧客気分を味わう。おどおどしながら店内を回る「紛れ込んだ一般人」が僕らの方を見て「うわぁ……あの人たち常連なんだな……」という顔をしている。「すいません……、そうじゃないんです。僕らこんなものを買えるような金持ちじゃないんです」と心で呟きながら、とりあえず「がおーーーーー!」と威嚇しておいた 謎。
その後『エバンス』というROLEX専門店へ冷やかしに行った。もちろん買う気など毛頭ない。「ん〜女の子用の小さいヤツかわいいね〜」とか「うっひー 札束を数える機械があるよ。やっぱ現金でドカンと買うやつも中には いるんだな……」とか、田舎モノ丸出しの風情で店内を歩き回っていたのだが、ここでバカボの気がふれた。
「つか あたし、買う気満々になってきた」
(゜ロ゜;……
そしてバカボは買ってしまった……。うーん、青山の地下には龍脈があって、地上の人々の金銭感覚をむちゃくちゃに狂わせているとしか考えられない。今後は近づかないように気をつけよう……。
因果応報という言葉が大嫌いだ。世界は理不尽に満ちている。
今日はROLEXの不思議な価格変動のお話。
ROLEXという時計は本当に不思議なしろもので、これ自体がまるで貨幣そのものと言えるくらいの高い換金性を持っている。ゴールドやダイヤモンドでも同じことが言えるのだが、ROLEXの価格変動はそれらとは明らかに違った動きを見せる。
数年前に『エクスプローラ』というモデルの人気が沸騰したことがある。その当時、エクスプローラの定価(日本ロレックスが定める希望小売価格である)は確か30万円程度だったと思うのだが、人気が頂点に達したときは市場の実勢価格は70〜80万円(!)ほどにまで上昇した(人気が出る前の実勢価格は定価よりも安く、27万円程度だった(!))。ROLEXの正規代理店で買えば30万円で買えるのだから、そこで買えばいいだけの話だと思われるかもしれないが、実際はそううまくはいかないのである。そこまで人気が出てしまうと、正規ルートでは全く出回らなくなるのだ。半年〜1年のバックオーダーは当たり前という状態になり、仮に正規品がまとまった数で出回ったとしても、あっという間に並行輸入業者に買い占められて、値が吊り上げられる。運良く正規価格で手に入れた人も、転売すれば莫大な金額が手に入るので、そういった並行業者に売ってしまったりする。
こうして「定価」というものが全く意味の無いモノにされてしまうのがROLEXの面白いところだ。逆のケースもある。定価が高いゴールドやプラチナ、ダイヤモンドをちりばめたモデルなどは人気がなく、定価とはかけ離れた安い値段で市場に出回るのである。
この逆転現象を最もわかりやすい形で起こしているのが、ROLEXマニアの人たちにとっては垂涎の的になっている『デイトナ』と呼ばれるモデルだ。クロノグラフのスポーツモデルで、ROLEXの中でもダントツにかっこいい。一目見れば誰もが欲しくなってしまうような魅力を持っている。
で、このデイトナには材質がオールステンレスのモデル(写真)と、金とステンレスのコンビモデルがあるのだが(金無垢というものもある)、現在の日本ロレックスの定価ではオールステンが65万円、コンビが110万円となっている。しかしこれが驚くことに、市場の実勢価格ではオールステンが100〜130万円、コンビモデルは80〜100万円くらいで売られているのである。いやはや全くむちゃくちゃな話だ。この実勢価格というのは恐ろしく強固なもので、事実上これより安く買うことは不可能である。例え外国で買い求めたとしてもだ。人気が出始めると、日本の業者は真っ先に少しでも安い国からデイトナを買い集める。またその国が日本市場の価格を調査していて、先回りして値段をつり上げるということもある。一般人が気付いたときには既にその国でも価格の高騰が終わっているというケースがほとんどなのである。むぅ……恐るべし。
そんなわけで株のような投機対象にまでなっているのがROLEXという時計なのである。ちなみにデイトナも人気がなかった時期というものはあり、その当時は定価そのまんまで買うことができた。先見の明がある投機筋にはこの時期に相当な量のデイトナをかき集め、莫大な利益をあげている例も見られる。
しかし人気に無関係にデイトナが欲しいという人にとっては迷惑な話だ。この人気がおさまるまではとてもじゃないが手が出せる値段ではない。僕が持っている『GMT-MASTER2』というモデルはとても人気がなく、ここ10年間値段の変動が全くない。いつかこいつの価格が高騰し、デイトナの人気が地に落ちる時が来ることを願っている。その時はもちろん買い換えだ。たとえ人気が落ちようとも永遠に僕の中ではデイトナがNo.1だからである。

昨日のROLEXの話で、僕が持っているのは『GMT-MASTER2』というモデルだと書いた。これは元々飛行機のパイロットが使うために開発された時計で、地球上の2点の時刻を同時に表示する機構がついている。写真を良く見ると長針・短針の他にもうひとつ、赤くて細い針があるのがわかるだろう。これが24時間針と呼ばれるもので、赤と黒(朝と夜を表している)で塗り分けられているベゼルを回転させ、時差のある別の地点の時刻に合わせておくのである。
しかしこんな機能はめったに使うものではない。僕などは海外旅行に1度も行ったことがないので未だに使ったことがない。実際に飛行機乗りの人ですら使っているのかどうか怪しいところだ。しかしこれがいいのだ。この「無意味さ」を所有することが、心をくすぐるのである。
男の子は大抵メカの魅力に弱いものだが、僕も小さい頃からそういうものには人一倍興味を持ったほうである。ラジコンあたりを欲しがったのは、まあ当たり前として、今考えると「なんやソレ!」と突っ込みたくなるようなものを随分と手に入れてきた。
なんだかほとんどフェチというか変態の域に達しているような気がしてきたが、共通するのはどうやら「ズシリとした重量感」であるようだ。ROLEXなどの機械式時計はやはりそれなりの重量感がある。ここらへんが心くすぐられる部分なのかもしれない。もうひとつは非日常的な物語性と言えるかもしれない。たとえ無意味であっても、想像の世界に入り込めるようなひとつの完結した物語性をもったものに弱いのだと思う。「鎖のどこに物語性があるんだよ!」と突っ込まれると困るのだが。説明するのはとても難しいが僕の中ではちゃんとそれが存在しているのである。

本文とは関係ないんだが、3日連続でロレックス写真というのもなんか楽しいかなと思うのでバカボが買ったものと同モデルのカタログ写真を載せておく。文章の最初に写真が載っているだけで、なんだか高級なコンテンツな気がするのでなかなか気に入っている 笑。
それと昨日の補足。手に入れていないのだが、すごく欲しかったものに「ジェット水流で石とか鉄とか切っちゃう工作機械」がある。あまりにも個人で所有するには無意味なものだが、欲しいものは欲しいのだから仕方ない。しかしこんなものを手に入れても置く場所すらない。もしも手に入ったら車とかを真っ二つに切ってみたいものだ。
で、今日の本題は「訪問販売」。僕は訪問販売に非常に弱い。自分自身が外回りの営業をやっているため、彼らの辛さを痛いほど知っているからだ。まず玄関先で追い払うようなことが出来ない。とりあえず話は聞いてあげることにしている。話を聞くと、よっぽどひどいものか、よっぽど高価なものじゃない限り買ってしまうのだった。
ヤクルトのお姉さんが最近うちの会社に寄るようになったのだが、一番初めに入ってきたときの顔が忘れられない。「絶対こんなところで買ってくれるわけないよなぁ……」というような、少しおどおどしていて自信なさげな表情で営業をかけてきたのだ。僕は元々この手の「お子様飲料」が大好きなので、すぐにその場で1パック買ってあげた。そしてそのときの彼女の表情の輝きようと言ったら! それ以来彼女は毎週1回は必ずうちに寄り、しっかりとヤクルト製品を売っていく。「ミルミル」「ミルミルE」「ジョア」「ビフィール」「ヤクルトL」などである。
このようにいつもいい結果に結びつけばいいのだが、中にはどうしようもないものもある。以前手打ちそば(こんなものまで訪問販売しているのだ)を売りに来たおじさんがいて、僕はすぐに3袋買ってあげたのだが、これが不味い。美味しければ定期的に買おうと思っていたのだが、とてもそんな気にはなれない味であった。その後おじさんは手を替え品を替え、数回来てくれたのだが、2度と買うことはなかった。段々と表情が曇っていくおじさんを見るのはこちらも辛かったが、不味いものを買ってあげるほどには僕もお人よしではない。「もうだめだ……」と思ったのか、それっきり来なくなってしまった。
大学1年生の時には僕自身が訪問販売のアルバイトをしたことがある。商品は「英会話の教材」。ほとんど需要が存在しないところに無理矢理売りつける、詐欺みたいな商売だった。売るのは大変だが売れたときの歩合はすごい。たった1ヶ月で50万円を稼ぎ出し、バイクを購入した女子大生などもいたくらいだ。その子は「いつ死んでもおかしくない80代の老夫婦」にまでこれを売りつけたそうだ。売りつけたと言っても相手が満足しているなら別に問題はないのだが。
仕事はとても辛かった。まず90%の確率で玄関の扉すら開けてもらえない。扉を開けさせるテクニックなどが当然あるのだろうが、何も教えてもらわずに いきなり営業に向かったのでそれもわからない。たまに扉を開いてもらえても、「英会話」という言葉を出した瞬間に露骨に追い払われる。見ず知らずの土地で8時間近くも炎天下に歩き回り、ただの1度も話を聞いてもらえない辛さはハンパではなかった。「自分はこの世界に必要ない人間なんだ……」という気にさせられる、精神衛生上非常によろしくない仕事である。
結局1週間で音をあげて、やめさせてもらった。ちなみに1つも売れなかった。そのときの経験はほとんど何の役にも立っていないが、世間の厳しさを知ったという意味ではある程度有意義だったかもしれない。
ってことで、訪問販売が来たらあまり邪険にしてやらないであげて欲しい、と言うのが今日の言いたいことである。つけこまれて高額商品を買わされても責任は取れないが。
個人サイトにほとんどといっていいくらい置いてあるコンテンツに、管理人のプロフィールと日記がある。僕が恐がりを立ち上げた当初は、この2大コンテンツが大嫌いだったのであえて作らなかったのだが、今ではこうして日記のようなコラムのようなエッセーのようなものをほぼ毎日書いている。しかし未だにプロフィールの方はなじめない。
サイトが面白いと、やはり管理人がどんな人なのかは結構気になるものだ。僕自身も、初めて訪れたサイトでは大抵まず最初にそこの管理人のプロフィールを見るのだから、やはりこれはあったほうがいいコンテンツなのかもしれないが、プロフィールを見て共感できたり感心したりその人の人柄に好感を持ったりすることはほとんどない。むしろ逆で、「なんなんだ こいつは……」と思うことの方が多い。
「秘密」と書くくらいなら初めから触れなければいいのにと思う、本名や住所や年齢。少し自嘲を含めた経歴。自意識過剰気味の性格自己分析。「好きなもの」と「嫌いなもの」の膨大な羅列。さらに鼻につく人だと「好きな異性のタイプ」まで堂々と書いて「恋人募集中!」。そして容姿に自信がある人なら、とびきり写りのよいお気に入りのセルフポートレイト。う〜ん……こう書いているだけでもちょっとうんざりだ。それが逆に面白くて見るということもあるのだが。
自分のことをアピールするというのとても難しい。特に日本人はどうしてもまわりの反応を窺うような調子になりがちだ。ホームページを公開するというのはその行為自体、自己アピールのようなものだから、管理人にそういう欲求があるのは間違いない。それなのに自嘲気味の寒い自己分析を載せるのはいかがなものかなぁと思うのである。かといってあまりに堂々とナルシストぶりを披露されてもイヤなのだが。
結局、素っ気無くて事務的なプロフィールほど、読み手としては(というより僕としては)好感がもてるということになる。「好きなもの」の羅列も、余計な解説抜きで箇条書きの方がいい。好きな異性のタイプなどは知りたくもないので出来れば書かないでいただけると有難い。
実を言うと僕もCHOCOA講座の方ではプロフィールを書いている。なるべく抑制を効かせようと思うのだが、どうしても饒舌になろうとする自分がいることに気付いてハッとしたものだ。で、書くのをためらったものに「好きな言葉」がある。これはどう考えても誰の理解も得られないと思ったからだ。しかしせっかくなので、ここで書くことにしよう。僕の好きな言葉は以下の4つである。
渋谷PARCOの地下にある書店はサブカルチャー本が充実しており、なかなかのお気に入りだ。普段本を買うときは御茶ノ水の三省堂書店か書泉ブックマートを利用することが多いのだが、とんがってる本(謎)を買うときは渋谷まで出かけることにしている。サブカルチャー本というのは鮮度も大切なので、買ってまで読む必要は無い場合が多い。そういうときは立ち読みで済ませることにしている。
その日僕はいつものようにサブカルチャー本コーナーで、くだらない本を立ち読みしていた。極貧生活がどうのこうのとか、懐かしのアニメのあの名場面を科学的に分析! とか、ナンシー関の消しゴム版画付き毒舌芸能人レビューなどだ。
PARCOの書店はいつも人でごった返している。動き回ると立ち読みしている人にいやがられるので、僕も1箇所に腰を落ち着け、貪るように次から次へと読みまくっていた。周囲の雑音が全く耳に入らなくなるほど没頭する。リラックス出来るひとときだ。以前何かのテレビでやっていたが、人は書店に入ると便意をもよおしやすいらしい。まるで自分の部屋でくつろいでいるかのようなリラックス効果があるのだそうだ。外を歩き回って適度に緊張していたものが、書店で立ち読みすることによって一気に弛緩するために便意につながるらしい。僕も便意こそもよおさなかったが、完全に自分の世界に入り込んでいた。
どれくらい時間が経っただろうか。それすらもわからなくなるくらい本にのめり込んでいたのだが、ふとイヤな視線を感じて我に返った。いつのまにか僕の隣、わずか30〜40センチの距離に男が立っている。年の頃は30前半。どことなく薄汚い印象の痩せ型の男だ。男は僕が読んでいる本をじっと覗き込んでいる。「ん〜集中できん……。この本が読みたいのかな。まあ途中だけどいいや。別の本を読もう」と思い、読んでいる本を棚に戻した。
男は棚に本を戻す僕の手の動きを目で追い、そして僕の顔を見た。棚に戻した本に手を伸ばすのかと思いきや、そのままじっと僕の顔を見つづける。な、なんなんだこいつは……。プレッシャーに耐えがたくなってきたのだが、睨まれて立ち去るのも何だか癪にさわるので、そのまま別の本を読みつづけた。
男は立ち読みするでもなく、相変わらず僕の横に立っている。不快感を感じるくらいの近距離だ。ゴソゴソと鞄の中をまさぐったり、頭を掻いたりして落ち着き無く動いている。僕はどうにも気になって、見ちゃ負けだ! と思いつつも男の方をちらりちらりと見ていた。。「おまえ うざいよ あっちいけよ」という無言の意思を込めて。
しばらくそうした無言の闘いがあったのだが、突然男は体を回し、僕の方に向き直った。そして鞄の中から『ワンカップ大関』のグラスを取り出した。しっかりと蓋をしたそのグラスの中にはなんだかよくわからない黄色っぽい液体が入っている。僕は突然の成り行きにあっけに取られ、男の顔をまじまじと見つめてしまった。そして男がワンカップの蓋を取り去った。
ごくごくごくごく……。一気に中身を飲み干し、ふーーーーっと息をつく。臭い。尋常ではない臭いだ。
男が飲んでいたのはなんと尿だったのである! わざわざ僕の目をひきつけ、勝ち誇ったかのように飲尿している! 茫然としている僕にイヤな笑顔を寄越して、男は立ち去った。
実話である。一体何が目的だったのだろう……。なんだかわからないが、僕は「負けた……」と思った。
アマゾンで最も恐ろしい魚は何だか知っているだろうか? ピラニア? それは間違っている。ピラニアというのは元来臆病な魚で、普通に河を泳いでいて襲われることなどまずないといっていいだろう。確かにあの鋭い歯はそれだけで危険ではある(釣り上げたピラニアの歯で怪我をするということはよくある)が、重要なのは魚の性質だ。
飼った事がある人ならわかるだろうが、ピラニアはいつも物陰に隠れており、ちょっとした振動や光線が差し込んだりすることに非常に敏感だ。ではなぜ多くの人がアマゾンの危険な魚というとピラニアを思い浮かべるのだろうか? 恐らくそれはハリウッドのパニック映画によって植え付けられたイメージによるものだろう。随分昔になるが、『ジョーズ』が流行した後に二番煎じでピラニアを題材にしたホラー映画が作られたのだ。それがそのまま事実と混同されているようだ。
では本当に恐ろしい魚とは一体何なのか。それは『カンディル』である。
カンディルというのはナマズの仲間で、種類にもよるのだが2cm〜30cmくらいの細長い体をしている。色は青みがかった白い色で、ひれなどが目立たなく、のっぺりとした薄気味悪い棒のような体をしている。目は退化していてほとんど視界は効かないらしい。こいつはその細い体を生かして、他の魚のエラなどから侵入し、内部から肉を食い荒らす。弱っている動物なども襲うのだが、その場合は肛門から侵入したり、あるいは柔らかい腹などを食い破って中に侵入する。吸盤状になっているクチ(バケツなどに入れておくと、このクチで壁面を這い登ってくるほどの吸着力をもっている)で腹にまず噛み付き、その場で猛烈に回転しながら皮膚を食い破るのだ。こいつは本当に恐ろしい。
アマゾン流域で暮らす女性にはこのカンディルの犠牲になっている者も少なくない。用足しに河に入った時に、女性器から侵入されて内臓をやられるのだ(この地方の原住民の女性は何故か腰まで浸かって放尿する習慣がある。また、カンディルはアンモニア臭に敏感に反応する)。膝下だけ河に入ったとしても危険性はそれほど低くならない。ふくらはぎなどを食い破られて足の内部に侵入されることもあるからだ。ウナギのように掴みづらい体型をしており、なおかつエラの部分に鋭い棘があるため、一旦中に入られたら後ろから引っ張っても絶対に取り出すことは出来ない。侵入された部分をナイフで切り開き、エラの棘を切り落とさない限り引き抜くことは出来ないのである。また、カンディル自身には毒はないのだが、たとえ摘出に成功しても多くの場合出血がひどくなったり傷口から感染症を引き起こしたりして死に至る。想像するだけで身震いしてくるようなおぞましさではないか。
いろんな死に方があるがこのカンディルに食われて死ぬのだけは勘弁してもらいたいと思う。ちなみに2番目に怖い魚はエイである(アマゾンには『淡水エイ』というものが棲息している)。これはめったなことでは死ぬようなことはないが、うっかり水中のエイを踏みつけてしまったりすると、毒の棘に刺されて1週間くらい死ぬほどの苦しみを味わうことになる。刺された部分は「錆びた五寸釘を打ち込まれたような痛さ」になるそうである(しかも1週間ずっとその痛さが続く)。
あー 日本に生まれてよかった♪
目が醒めてからもあとを引く夢がある。恐怖や怒り、悲しみの感情が特に残りやすいと思うのだが、僕が見た中で最もあとを引いた夢は「ハゲる夢」である。
大学生のときに見たんだと思うが、とにかくこの恐怖感たるや筆舌に尽くしがたい。夢の中で僕は髪を洗っていた。
シャンプーでごしごし洗っていると、指の先に妙な感触がある。目が開けられないのでよくわからないのだが、どうやらごっそり抜けた髪のようだ。顔の部分だけタオルで拭き、目を開ける。直径5cmくらいの大きさで丸ごと髪が抜けている……。「うわぁああああ」それ以上頭をゴシゴシやる勇気が起きなくなり、すぐにシャワーで流し始めたのだが、今度はお湯が当たった部分からわらわらと髪が抜け始める。シャンプーの泡を流し終わったら、ほとんどの髪が抜け落ちてしまった……。地肌の4/5くらいが露出している。まばらに残った髪を引っ張ってみたのだが、これは逆にしっかりと頭皮に根をおろしており、容易には抜けない。完全に丸ハゲになるよりも悲惨な状態だ……。
「この惨状をどうやって誤魔化したらいいんだろう……」「彼女にもフラれるな……」「カツラ……」「バイトもクビかな……」「なんか重大な病気になったのかも……」「帽子持ってたっけ……」「この先俺はどうやって生きていくんだ……」
パニック状態の頭でいろいろ考えた。しかしあまりに突然の不幸に絶望し、風呂場から一歩も動くことが出来なくなった。そして目が醒めた。心臓はバクバクいっている。すぐに頭に手をやり、髪の毛があるのを確認したときには、あまりの安堵感で思わず失禁したくらいだ……(ウソ)。
こんな風に突然ハゲるのもショックだろうが、真綿で首を絞められるようにじわじわとゆっくりハゲていくのも相当な苦しみだと思う。ハゲはじめた人というのはこんな夢を頻繁に見るのかもしれない。夢で苦しめられ、現実の抜け毛に怯える。これじゃストレスがたまってますますハゲるだろう。
男に限らず、ある程度の年齢に達した人にとって、ハゲは最も身近な恐怖の対象だ。バイト時代に結構ハゲてるヤツがいたのだが、そいつは僕よりも全然年下で、当時26歳くらいだった。前頭部から頭頂部にかけては ほとんどうぶ毛しか生えていない状態の重症者である。大学卒業と同時にハゲはじめ、恐ろしい勢いで薄くなっていったのだそうだ。元々性格が引っ込み思案で大人しいので、豪快に笑い飛ばしたり開き直るといったことが出来ず、周りの者も決してハゲの話題にふれることは出来なかった。ちなみに僕だけは構わず「ハゲ ハゲ」と言って小バカにしていたのだが、これは周りがあまりにも腫れ物に触るみたいに接していたので、少しでも気を楽にさせてやろうとの配慮からだ。但し本人がどう感じていたかは僕の知る限りではない。僕に露骨にハゲと言われる度に、実は殺意を抱いていたかもしれない。
僕自身も今現在はハゲの兆候はまったくないが、いつ来るかはわかったものではない。潜在的な恐怖はあるのだ。遺伝的にも危険性が高いのは家系を見て明らかだからである。今から気に病むとストレスで進行が早まる可能性があるので、心の奥深くに封印している。
ハゲたらどうしよう……。やはり開き直ってなるべく隠さないようにするしかないだろう。竹中直人のような感じにすれば、カッコいいと言えなくもない。しかし実際その時になって、自分自身開き直れるかどうかは全く自信がない。キャラクターが根底から変わってしまうだろう。神様お願い! 60歳まではなんとかして!!
意味なく秘密にしていたのだが、実はここ1ヶ月でキ○ガイのように買い物をしてしまった。ほとんどカード破産寸前といった有様だ。昨日妹にバレてしまったので、白状して楽になろう。
まずバカボがROLEXを買った日なのだが、実はあの日僕はバカボよりも高い買い物をしたのだった。恋焦がれていたクロムハーツのウォレットチェーンを購入したのである。革パンを履いてクロムハーツのお店に行って、試着と言うかなんというか、実際にチェーンをつけさせてもらったら、もう辛抱たまらなくなってしまい、後先考えずに動いてしまった。店に着くまでは買う気など一切なかったのだが……。一緒にいたバカボもバカボの友達のクロムハーツの店員も驚いていたが、一番驚いていたのは僕自身だ。「こんなの買っちゃって生活できんのかよ……」
お値段の方は一応伏せておくが、カード1枚では限度額を超えてしまい、2枚にまたがって買ったということだけは言っておこう。
その後満足感でしばらく買い物熱は冷めるかと思ったのだが、美味しいものを沢山食べると胃が拡がってどんどん大食漢になっていくのと同じ原理で(違う)、立て続けに買い物をしている。
エアロレザーの革の素晴らしさに心底惚れたので革ジャンも欲しくなり、Yahooオークションでしばらく出物を探していたのだが、いいタイミングで出品があって、僕のハートはがっちりつかまれた。エアロの中でも最高級の革、「フロントクォーターホースハイド(馬革)」の「ハイウェイマン」という黒い革ジャンである。サイズが少し大きい(アメリカンサイズで40、日本サイズのLに相当する)のが気になったのだが、ほとんど新品同様なのに破格のお値段がつけられていたので、迷った末に入札した。新品を日本で買えば10万円するところを、半額以下で落札できてしまった。
届いた商品は正に素晴らしいの一言だったのだが、やはり若干サイズが大きいのは否めない。革ジャンはぴっちぴちで着るのがやはりかっこいいからだ。その後もサイズ38(日本サイズのMに相当する)のハイウェイマンを探し続けたがなかなかみつからない(この時点で既に同じモノをサイズ違いで購入する気満々であることを見逃してはならない 汗)。
そしてついに見つけた! オークションではなく、アメリカのショップのサイトだ。エアロレザーをネット通販しており、国外への配送もやっている。値段を見て驚いた。新品なのになんと$400以下である。
「むぅ、やはり向こうで買うとえらい安いんだな……。日本は流通の中間マージン取り過ぎだよ……」
1$=120円でざっと計算すると、送料や関税・消費税を含めてもかなり安い。いや、冷静に考えてみればそれでも十分高額な買い物ではあるのだが、もはや金銭感覚が完全に麻痺してしまっているので、安いとか高いとかの問題ではなくなってきている。「これは買わねば!」という、ほとんど強迫観念に近いものにとり憑かれているのである。
というわけで、これも購入……。カードの請求が来た時、初めて事の重大さに気付くのかもしれない。でもそれまではホンワカ気分♪!!
車で5分くらいの近所に激安家電店ができた。環七沿いの好立地に一際目立つ威容で聳え立っている。オープンが1/26(つまり今日)で、それに合わせて新聞に折込広告が入っていたのだが、これを見て驚いた。
K6-2(400MHz)、HDD12GB、64MBSDRAM、DVD-ROM、15"CRTのパソコンが2980円で売られている。もちろん数量限定なのだが、それにしてもインパクトのある値段だ。グっと目を引きつけられた。5日間ほど日替わりで目玉商品が売られるようで、1/28には富士通のノートパソコン(半年くらい前の型落ちの新品)が9980円となっている。むぅ……。これは死ぬ気で並んで手に入れて、オークションで売っ払えば10万円くらいにはなるかもしれないな……と思った。
舐めるように広告の隅々まで見てみると、あるわあるわ、目玉商品じゃなくても充分すぎるほど安い商品がてんこもりだ。うちに食事に来ていた妹の目も輝き出した。Pen3-500MHz、CD-RW、HDD30GB、14.1"TFT(!!)、のスリム型PCがなんと54800円だ。「こりゃ買いだよ!!!」
妹は子供服のバーゲンに始発で出かけるような筋金入りのマニアなので、「今から徹夜で並ぶぞ! 一緒に来い!」と途端にやる気満々になってしまった。僕はご存知の通りよぼよぼのおじいちゃんなので、こんな今にも雪が降りだしそうな寒空の下、お外に出ていたらポックリ逝ってしまいかねない。頼むから勘弁してくれと頼み込んだのだが、「じゃあこのDVDプレイヤー買ってやるから一緒に並べ!」とか「プレイステーション2買ってやるから来い!」とか悪魔のような囁きで僕を誘惑する。
「つーかさ、今から並んでももう手遅れじゃない? こんな凄い広告をみんなが見逃すはずないよ」
「がるるるる 謎。じゃあ とりあえず並ぶかどうかは別にして、偵察に行こう。あんまり人が多いようならあたしもあきらめる」
「ホント見に行くだけだよ? いきなり並ぶっつっても俺は帰るからな……」
「フシュルルルル 謎」
というわけで、夜9時くらいに出発した。
環七を走っていると、まだオープンしてもいないのに煌々とあかりが灯る、巨大な家電店が見えてきた。ここは今はやりのデジタル家電だけを集めた大型店である。白物家電業界(洗濯機や冷蔵庫など)は今、逆風吹きすさぶ荒涼たる地になっており、デジタル関係を扱えない昔ながらの店はバタバタと倒産しているのだ。しかしデジタル家電もいつ同じ憂き目に遭うかは知れたものではない。こんな華々しいオープンセールをやってもつぶれる店はつぶれるんだよなぁ……などと感慨に耽ってしまった。
店の前に到着してまた驚いた。店の1階部分がまるごと駐車場になっていてそこに徹夜組が並んでいるのだが、この数がハンパじゃない。どこからこんなに湧いて出てきたんだよという感じでテントが10数台張られており、卓袱台を囲んで酒盛りしている集団もひとつやふたつではない。みんな顔が活き活きと輝いている。こりゃダメだ。この人数ではもう整理券が手に入る可能性はほとんどない。あきらめて帰ることにした。
妹曰く、「実はあたし並ぶ気満々だったからクレジットカードとか用意してきてたんだよね」……。僕は元からその気はなかったので、寒々とした軽装だったのだ。もしも並んでいる人たちが少なかったら、今頃僕は天に召されていただろう。
さあ来た来た。予報では夜から朝にかけて大雪が降るとのことだったので、僕は深夜2時くらいまで気にして外を見ていたのだが、全然降る気配がなかったので「こりゃー予報ハズレたか」と安心して眠りについたのだが、起きてみたらびっくりの積雪だ。しかも降ること降ること。
仕事中止かなと思って会社に出たら、案の定「おまえ今日は外 出ないでいいぞ。荷物は宅配便で送っちまえ」と社長からのお達しである。う〜んプライド的には少し悔しいが、神様からのプレゼント的には非常に嬉しい。午前中にちょちょいと注文取りの電話をかけて仕事を終わらせた。
さすがにこれだけ雪が降っていると、外に出る気が全く起きない。しかし今日は恐がりの新年会(1月も終りだというのに新年会もクソもないのだが)。嫌がる体にムチ打って出かけるしかない。
新宿に着くと、やはりいつもの土曜日とは様子が違っていた。人の数が少ない。道路はシャーベット状の雪と水溜りで覆われている。あちこちですかした格好のお姉さんが転倒してずぶ濡れになっていた。こんな日に厚底ブーツやらピンヒールを履いてくるのは、それなりの覚悟あってのことなのだろうが、まわりの人を巻き込むのは勘弁してもらいたい。バランスを崩して倒れる瞬間に、近くにいる人の服なんかを思わず掴んで道連れにしているのだ。僕も一回掴まれそうになったのだが、元WBCジュニアバンタム級チャンピオン川島郭志並みのダッキングとスウェーで素早くかわし、1人きりの泥水ダイブを楽しんでもらった。
川島郭志…1994年5月に世界チャンピオン奪取。97年2月に敗れるまで日本人歴代2位となる6度防衛を果たした天才ボクサー。相手のパンチを完全に見切り、すれすれのところでかわす華麗な防御技術を持ち、「アンタッチャブル」と呼ばれた。相手のパンチが顔に当たる瞬間首をひねり、一見当たっているように見えて実はノーダメージという漫画の世界でしか見たことのない高等技術を易々とやってのけたことで有名。2000年9月、東京都大田区北千束に「川島ボクシングジム」を設立し、現在は会長職である。
で、オフ会は楽しかった♪今日はこれにて終り。
その日僕はパブでのバイトを終え、毎日新聞社が直接くっついている「竹橋」という地下鉄駅の構内で友達に電話をかけていた。当時はまだ携帯電話の普及率が低く、電話ボックスがありがたかった時代である。
パブでのバイトはなかなか面白いものだった。土地柄毎日新聞社の記者がよく飲みにくる。前後不覚になるような無茶苦茶な酔っ払いはほとんどいなくて、皆大人しく飲むし、金払いもよい。酒の席での会話も、盗み聞きする価値のある楽しい話が多かった。僕は店内に500本ほどあるキープのボトル位置をほとんど覚えていて、常連客が来ると間髪入れずにそれを差し出す。客の方も顔を覚えられているのは気分がいいらしく、僕が素早く取り出すボトルを見て目を細めるのだった。残念ながらバイト仲間にロクなやつがいなくてすぐやめてしまったのだが、あれは結構いい仕事だったと今でも思う。
電話を終えて、吐き出されたテレホンカードに手を伸ばした時に気付いた。何か黒い物体がボックスの中に置いてある。「……。財布だ……」
中身は現金で20万円以上ある。名刺やクレジットカードがないか探してみたのだが、何も入っていない。現金だけで20万円以上だ。瞬時に悪魔が囁く。「もらっとけよ。俺様からのプレゼントだよ」心の中で答える。「ありがたく頂戴させていただきます」 財布にこれだけの現金を入れておくヤツはまともな稼業じゃないから、盗られてもどうってこともないなという内的合理化によって認知的不協和をあっさり解消し、さくっと財布をポケットにつっこんだ。
電車には乗らずに地上に出た僕は、タバコを一服して気を鎮めた。さすがにこの大金はびびる。まずは現金だけを抜き取り、財布を捨てる。これで足がつくものはなくなった。駅に戻ったら、電話ボックスの回りを泣きそうな顔で探し回っている持ち主にばったり出くわしかねないので、そのまま外をフラフラと歩いて隣駅に向かうことにした。時間は夜11時半を少し回ったところ。この時間にオフィス街を歩く20代の男というのは相当怪しいということに気付いたのは、パトロール中の警官の姿を見つけた時だった。
心臓の鼓動が早まる。自慢じゃないが僕は警官に職質されることが多い。犯罪者顔なのかもしれない。まさか身体検査をされたり、財布の中身を見咎められることはないだろうが、後ろめたさが警官の直感を刺激するかもしれない。ここは慎重に行動しなくては……。警官を避けて路地に入ろうとすれば必ず追いかけられる。ここは正面突破だ。僕はつかつかと警官の方に向かってまっすぐ歩いていった。そしてよせばいいのに自ら警官に話し掛けた。
「すいまっせーん。神保町駅ってこっちの方でしたっけ?」
今思うとかなり怪しいのだが、気が昂ぶっていてこれくらいしか思いつかなかった。やたらと図体のデカい警官は「あーこのまままっすぐ行くと神保町ですよ」と教えてくれた。いや言われなくても知っている。危機は脱したようだ。
わざわざ駅まで歩いたのに、「そうだ、金あるんだからタクシー乗ればいいじゃん」と思い、ささやかな贅沢をして家路についた。悪魔の勝利に酔った。
明日の冷麺はこの金の使い道の話。
熱帯魚を飼うということは、一体何なのだろうか。一時期熱帯魚飼育にハマりまくった自分自身よくわからない。それはやはり、単なる「野生の私物化というエゴイズム」なのだろうか。
熱帯魚の多くは飼うのが非常に難しい。遠い異国からの輸送で何割かが死に、やっとたどり着いた熱帯魚店のずさんな管理で何割かが死ぬ。運良く誰かに買われていっても、その人が熱帯魚初心者であれば1ヶ月ともたずに死ぬ。長期飼育に長けたマニアに買われたとしても、悪く言えば「長い時間をかけて殺されている」も同然なのだ。野生は野生のまま、生まれた場所で生きるに越したことはないはずだ。
と嘆いていてもはじまらない。毎日大量に輸入されてくる熱帯魚は、自分が買わなくても誰かに買われて殺されるか、あるいは熱帯魚店で殺されるかのどちらかなのだから。せめて自分の元にやってきた異国の魚を、少しでも長く生かしてやりたいと思うのが熱帯魚マニアである。僕はこのエゴイズムのせめてもの罪滅ぼしとして、「繁殖」に力をいれていた。ただ水槽の中で暮らし死んでいくだけではかわいそうだ。生きた証を残させてやりたい。そういう思いで熱帯魚飼育に取り組んでいたのだが、気付けば自宅には10数本の水槽が並んでいた。繁殖にはたくさんの水槽が必要なのである。
僕の専門はシクリッドと呼ばれる種類で、その中でも大きさが3〜4cmくらいのアピストグラマという南米産の魚をたくさん飼育していた。アピストグラマの中にもまたいろいろな種類があり、色が鮮やかなものもいれば、全く派手さのない地味なものもいる。比較的繁殖は簡単と言われているが、それは他の種類に比べてであって、実際は恐ろしく手間がかかり大変な労力を必要とする。水質管理、温度管理、給餌管理など、どれかひとつに落ち度があっても繁殖は成功しないのだ。知識と経験、魚に対する愛情がものをいう。
もうひとつ頑張っていたのは水草の育成だ。こちらも結構難しいのだが、美しく繁茂させたときの喜びは魚の繁殖と同じか、それ以上のものがある。園芸で有名なオランダでは、「ダッチアクアリウム」といって、水草だけの水槽が盛んだ。たくさんの種類の水草を水槽一面に配置して、花壇のように仕上げるのである。この美しさはとても言葉では言い表せない。是非一度熱帯魚店に足を運んで間近で見てもらいたい。
で、昨日の続きなのだが、僕はあの金を全て熱帯魚につぎ込んだのだった。内訳は、重量500kgの荷重に耐えられるスチール製の水槽ラック、曲面仕上げが素晴らしい75cm水槽、ドイツ製の高性能フィルター「エーハイム」、補助のスポンジフィルター、底面吹き上げ式のオーバーフローシステム、二酸化炭素を気泡化する装置、入れ替え用の水を回しておくための60cm水槽、上面式フィルター、大量のピート、大磯砂、ヒーター、夏場の水温上昇を防ぐファン、各種の水質調整剤と液体肥料、水草を剪定するためのハサミやピンセットなどの小道具、pHメーター、などなどである。
そしてつがいのタエニアカラ・カンディディーを1ペア入れて、なんとも豪華な水草水槽が完成した。う〜〜ん、有意義な使い方だ。……なのか??
初めて熱帯魚を飼った人や、飼ったことがない人にありがちな間違いに「水槽は泡をぶくぶくさせるのがよろしい」というものがある。大抵の初心者は盛大に泡をぶくぶくさせて、「よしっ、これで酸素の供給はオッケー♪」とか思うらしいのだが、実際にはこれはほとんどの場合必要ない。むしろ、そういった泡を嫌ったり、泡を発生させることによって生じてしまう強い水流を嫌う魚もいるのだ。また、夏場などでよっぽど水温が上昇してしまったり、極端に水が汚れてしまわない限り、水中の酸素が足らなくなるなどということはない。水を全く循環させない金魚鉢などではこの限りではないが。
植物は二酸化炭素を吸収して光合成を行い、酸素を吐き出している。特に水草を専門にやっている人にとってはこの泡ぶくぶくは最も縁遠いものである。泡をぶくぶくさせると水中の二酸化炭素が減少し、酸素ばっかりになってしまうため、水草の生育が思うようにいかないからである。少しマニアになってくると、水草水槽には必ず二酸化炭素添加装置をつけている。ボンベから目に見えないくらい小さく気泡化したCo2を水中に送り出し、不足しがちな分を補うのである。これをやると水草の成長に格段の差が出る。
水草の光合成を実感できるのは水替えの時である。人によって違うが、大抵水槽の水は1週間から2週間に一回、全水量の1/3程度を目安に水替えを行う(水草水槽の場合はもっと頻繁に大量にやる人もいる)。このとき水道水を直接使用すると(塩素は当然抜くのだが)、水槽内の水草が一斉に酸素を吐き出すのである。水道水には大量の二酸化炭素が含まれているのである。葉の先に酸素の気泡をためている姿はとても綺麗で幻想的な光景だ。
しかしこの二酸化炭素添加装置の扱いには充分注意しなくてはならない。ボンベのバルブが緩んでいると、Co2が大量に放出され、今度は酸素不足で魚の命が危険にさらされるのだ。僕が熱帯魚飼育をやめてしまったのはこの事故が原因である。きっちりと調整したと思っていたバルブが緩んでいて、Co2のぶくぶく状態になってしまっていたのだ。気付いたときにはもう手遅れで、愛情を注いで育てていた魚たちは皆白い腹を水面に浮かべていた……。
金の話をするのもえげつないが金額的にもまた同じ魚を手に入れるのは不可能なくらい高価であったし、そもそもめったに入荷しない(1〜2年に1度とか)珍しい魚がたくさんいたのだった。それよりもやはり、自分で繁殖させて手塩にかけて育てた子供たちが死んでしまったのが何より悲しかった。
というわけで、僕の家には水すら入っていない空っぽの水槽が寂しく置かれているのである。
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