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2001年01月28日

ある犯罪者の回想

その日僕はパブでのバイトを終え、毎日新聞社が直接くっついている「竹橋」という地下鉄駅の構内で友達に電話をかけていた。当時はまだ携帯電話の普及率が低く、電話ボックスがありがたかった時代である。

パブでのバイトはなかなか面白いものだった。土地柄毎日新聞社の記者がよく飲みにくる。前後不覚になるような無茶苦茶な酔っ払いはほとんどいなくて、皆大人しく飲むし、金払いもよい。酒の席での会話も、盗み聞きする価値のある楽しい話が多かった。僕は店内に500本ほどあるキープのボトル位置をほとんど覚えていて、常連客が来ると間髪入れずにそれを差し出す。客の方も顔を覚えられているのは気分がいいらしく、僕が素早く取り出すボトルを見て目を細めるのだった。残念ながらバイト仲間にロクなやつがいなくてすぐやめてしまったのだが、あれは結構いい仕事だったと今でも思う。

電話を終えて、吐き出されたテレホンカードに手を伸ばした時に気付いた。何か黒い物体がボックスの中に置いてある。「……。財布だ……」

中身は現金で20万円以上ある。名刺やクレジットカードがないか探してみたのだが、何も入っていない。現金だけで20万円以上だ。瞬時に悪魔が囁く。「もらっとけよ。俺様からのプレゼントだよ」心の中で答える。「ありがたく頂戴させていただきます」 財布にこれだけの現金を入れておくヤツはまともな稼業じゃないから、盗られてもどうってこともないなという内的合理化によって認知的不協和をあっさり解消し、さくっと財布をポケットにつっこんだ。

電車には乗らずに地上に出た僕は、タバコを一服して気を鎮めた。さすがにこの大金はびびる。まずは現金だけを抜き取り、財布を捨てる。これで足がつくものはなくなった。駅に戻ったら、電話ボックスの回りを泣きそうな顔で探し回っている持ち主にばったり出くわしかねないので、そのまま外をフラフラと歩いて隣駅に向かうことにした。時間は夜11時半を少し回ったところ。この時間にオフィス街を歩く20代の男というのは相当怪しいということに気付いたのは、パトロール中の警官の姿を見つけた時だった。

心臓の鼓動が早まる。自慢じゃないが僕は警官に職質されることが多い。犯罪者顔なのかもしれない。まさか身体検査をされたり、財布の中身を見咎められることはないだろうが、後ろめたさが警官の直感を刺激するかもしれない。ここは慎重に行動しなくては……。警官を避けて路地に入ろうとすれば必ず追いかけられる。ここは正面突破だ。僕はつかつかと警官の方に向かってまっすぐ歩いていった。そしてよせばいいのに自ら警官に話し掛けた。

「すいまっせーん。神保町駅ってこっちの方でしたっけ?」

今思うとかなり怪しいのだが、気が昂ぶっていてこれくらいしか思いつかなかった。やたらと図体のデカい警官は「あーこのまままっすぐ行くと神保町ですよ」と教えてくれた。いや言われなくても知っている。危機は脱したようだ。

わざわざ駅まで歩いたのに、「そうだ、金あるんだからタクシー乗ればいいじゃん」と思い、ささやかな贅沢をして家路についた。悪魔の勝利に酔った。

明日の冷麺はこの金の使い道の話。



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