■ 無意味の意味

昨日のROLEXの話で、僕が持っているのは『GMT-MASTER2』というモデルだと書いた。これは元々飛行機のパイロットが使うために開発された時計で、地球上の2点の時刻を同時に表示する機構がついている。写真を良く見ると長針・短針の他にもうひとつ、赤くて細い針があるのがわかるだろう。これが24時間針と呼ばれるもので、赤と黒(朝と夜を表している)で塗り分けられているベゼルを回転させ、時差のある別の地点の時刻に合わせておくのである。
しかしこんな機能はめったに使うものではない。僕などは海外旅行に1度も行ったことがないので未だに使ったことがない。実際に飛行機乗りの人ですら使っているのかどうか怪しいところだ。しかしこれがいいのだ。この「無意味さ」を所有することが、心をくすぐるのである。
男の子は大抵メカの魅力に弱いものだが、僕も小さい頃からそういうものには人一倍興味を持ったほうである。ラジコンあたりを欲しがったのは、まあ当たり前として、今考えると「なんやソレ!」と突っ込みたくなるようなものを随分と手に入れてきた。
- タイマー
- なんのことはない。単なるタイマーである。主婦が料理のときなどに使うやつだ。しかしこれがなぜか琴線に触れた。近頃使われているようなデジタルと違ってゼンマイ仕掛けのアナログであり、文字盤の細かい目盛りがSFチックな雰囲気をびんびん醸し出していたのだ。僕は小学校時代、これをキーホルダーにくっつけて半ズボンからぶらさげていた。ちなみにうちは常に母親が家にいたので、カギを持って出歩く必要は全くなかった。もちろんタイマーで時間を計る必要に迫られたことも1度もなかった。
- 伸縮自在スコープ
- これはおもちゃ屋さんで売っていたものを祖父にねだって買ってもらったものだ。弁当箱のような長方形の箱に、双眼鏡のように目を当てる場所があり、そこを覗くと内蔵されている鏡に写ったスコープの映像が見えるようになっている。スコープは手元のスイッチで伸縮するようになっており、最大まで伸ばすと全然手が届かないような高い塀越しでも内部を覗き見ることが出来るのだ。これも全く無意味なもので、そもそもそんなものを使って何を見るのかという話である。100歩譲って銭湯の女湯を塀越しに覗くとしても、こんな目立つものを持っていたら塀にたどり着く前に捕まってしまう。
- プリズム
- これは理科の実験室にあったものを拝借してきた。よもや知らない人もいないだろうが、三角形の分厚い板状のガラスである。白い紙の上などに置いて光を当てると、光線が七色になって出てくる。これこそ全く何の使い道もなかったのだが、所有欲をゆさぶったアイテムとしては1、2を争う逸品であった。
- レンズ
- これも理科室の備品を拝借。しかし文房具屋で売っているようなしょぼい虫眼鏡とはわけが違う。直径15cmもあった巨大なレンズである。黒光りする硬質プラスチック(?)の持ち手がついていたのだが、僕はレンズだけをはずして持ち歩いていた。なぜかそれだけで自分が強くなったような気分になったのが不思議である。たまに光を集めて枯葉を燃やしたりできたので、結構実用的だった気がしないでもない。
- 鎖
- そのものズバリ、鎖である。なんの変哲も無い鉄製の鎖で、工事現場かなにかで拾ってきた。身につけてアクセサリーにしようという気は全くなく、自分の部屋のガラクタ入れに放り込んでおいたのだが、たまに取り出してはジャラジャラとした質感を手に感じて愉悦に浸っていた。今でもクロムハーツのチェーンに目が輝いてしまうのはこの頃の名残なのかもしれない。
なんだかほとんどフェチというか変態の域に達しているような気がしてきたが、共通するのはどうやら「ズシリとした重量感」であるようだ。ROLEXなどの機械式時計はやはりそれなりの重量感がある。ここらへんが心くすぐられる部分なのかもしれない。もうひとつは非日常的な物語性と言えるかもしれない。たとえ無意味であっても、想像の世界に入り込めるようなひとつの完結した物語性をもったものに弱いのだと思う。「鎖のどこに物語性があるんだよ!」と突っ込まれると困るのだが。説明するのはとても難しいが僕の中ではちゃんとそれが存在しているのである。