
渋谷PARCOの地下にある書店はサブカルチャー本が充実しており、なかなかのお気に入りだ。普段本を買うときは御茶ノ水の三省堂書店か書泉ブックマートを利用することが多いのだが、とんがってる本(謎)を買うときは渋谷まで出かけることにしている。サブカルチャー本というのは鮮度も大切なので、買ってまで読む必要は無い場合が多い。そういうときは立ち読みで済ませることにしている。
その日僕はいつものようにサブカルチャー本コーナーで、くだらない本を立ち読みしていた。極貧生活がどうのこうのとか、懐かしのアニメのあの名場面を科学的に分析! とか、ナンシー関の消しゴム版画付き毒舌芸能人レビューなどだ。
PARCOの書店はいつも人でごった返している。動き回ると立ち読みしている人にいやがられるので、僕も1箇所に腰を落ち着け、貪るように次から次へと読みまくっていた。周囲の雑音が全く耳に入らなくなるほど没頭する。リラックス出来るひとときだ。以前何かのテレビでやっていたが、人は書店に入ると便意をもよおしやすいらしい。まるで自分の部屋でくつろいでいるかのようなリラックス効果があるのだそうだ。外を歩き回って適度に緊張していたものが、書店で立ち読みすることによって一気に弛緩するために便意につながるらしい。僕も便意こそもよおさなかったが、完全に自分の世界に入り込んでいた。
どれくらい時間が経っただろうか。それすらもわからなくなるくらい本にのめり込んでいたのだが、ふとイヤな視線を感じて我に返った。いつのまにか僕の隣、わずか30〜40センチの距離に男が立っている。年の頃は30前半。どことなく薄汚い印象の痩せ型の男だ。男は僕が読んでいる本をじっと覗き込んでいる。「ん〜集中できん……。この本が読みたいのかな。まあ途中だけどいいや。別の本を読もう」と思い、読んでいる本を棚に戻した。
男は棚に本を戻す僕の手の動きを目で追い、そして僕の顔を見た。棚に戻した本に手を伸ばすのかと思いきや、そのままじっと僕の顔を見つづける。な、なんなんだこいつは……。プレッシャーに耐えがたくなってきたのだが、睨まれて立ち去るのも何だか癪にさわるので、そのまま別の本を読みつづけた。
男は立ち読みするでもなく、相変わらず僕の横に立っている。不快感を感じるくらいの近距離だ。ゴソゴソと鞄の中をまさぐったり、頭を掻いたりして落ち着き無く動いている。僕はどうにも気になって、見ちゃ負けだ! と思いつつも男の方をちらりちらりと見ていた。。「おまえ うざいよ あっちいけよ」という無言の意思を込めて。
しばらくそうした無言の闘いがあったのだが、突然男は体を回し、僕の方に向き直った。そして鞄の中から『ワンカップ大関』のグラスを取り出した。しっかりと蓋をしたそのグラスの中にはなんだかよくわからない黄色っぽい液体が入っている。僕は突然の成り行きにあっけに取られ、男の顔をまじまじと見つめてしまった。そして男がワンカップの蓋を取り去った。
ごくごくごくごく……。一気に中身を飲み干し、ふーーーーっと息をつく。臭い。尋常ではない臭いだ。
男が飲んでいたのはなんと尿だったのである! わざわざ僕の目をひきつけ、勝ち誇ったかのように飲尿している! 茫然としている僕にイヤな笑顔を寄越して、男は立ち去った。
実話である。一体何が目的だったのだろう……。なんだかわからないが、僕は「負けた……」と思った。
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