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2001年02月16日

ドクロも捨てたもんじゃない

シルバーアクセサリーの世界ではとてもポピュラーなモチーフなのだが、クロムハーツにはドクロがない。ハードロックやバイカーの世界でもドクロというのはとてもポピュラーなモチーフだ。自然界では毒をもつ生物が独特の体色を持っていることが多い。ドクロを身につけるということはこれに似ていて、「俺は危険だよ」という無言のサインとなる。

しかしパンクの世界でのドクロは少し意味合いが違う。これは「人間は一皮剥けばみんな同じ。どんなに美しい容姿の人間でも、どんなに醜い容姿の人間でも中身は同じドクロなんだ」という、平和的なメッセージが込められている。これはとても頷けるメッセージだ。と同時にこの境地に達するのはとても難しいということを痛感する。

以前、地下鉄ですごい人を見た。僕の斜め向かいの座席に座っていたのだが、あまりにショッキングだったので、じろじろ見ては失礼だと思いつつも、視線をはずすことが出来なかった。

その人は恐らく想像を絶する大火傷を負ったことがある人なのだった。サングラスをかけているのだが、表情を窺えないのはそのサングラスのせいではない。顔面全体が赤黒いケロイド状になっており、なんと唇がないのである。どういう理由なのか僕には想像もつかなかったのだが、とにかくその人には唇がない。歯と歯茎が剥き出しなのだった。ケロイドの部分は筋肉がそのまま露出しているようになっていて、まるで理科室にある人体の標本みたいな顔をしている。そのため年齢は全くわからない。辛うじて服装から男性だということがわかるだけである。

ときおりよだれが垂れるのを防ぐために、口にハンカチをもっていく。しかしその人はそれを恥ずかしいという素振りも見せず、ゆったりと席に座って毅然と顔をあげていた。僕は言い知れぬ不安感と、気の毒だと思う安っぽい同情と、じろじろ見るのは失礼だという気持ちと、それともうひとつ、どうしても拭い去れない嫌悪感を抱いていた。それは恐らくその人に伝わったことだろう。それが何より失礼なことであり、恥ずべきことだと思い、自己嫌悪に陥った。

その人は多分、毎日そういった好奇の目にさらされ、もう慣れっこになっているのかもしれなかった。電車を降りるときにも、扉を挟んでホームに立っている人たちがギョッとするのを、全く意に介さず堂々と歩いていった。彼が堂々とすればするほど、僕は自分の小ささを恥じ入るしかなかった。

話は変わるが、僕は右の耳が全く聞こえない。片耳だけなので日常生活にはほとんど支障はなく、自分自身、障害を持っているという意識は全くない。初対面などでどうしても会話が聞き取れなかったときなどは、正直に相手に耳が聞こえないことを伝えて、少し大きな声で話してもらうようにしている。しかし片耳が聞こえないことを相手に伝えると、大抵の人がすまなそうな、困ったような表情を浮かべる。それは同情であったり、障害に対する嫌悪であったり、慈愛に満ちたいたわりの気持ちだったりするのだが、僕からすればどれも無用のものだ。僕と君の違いは大したものじゃないよって気持ちなのである。

全く拗ねたところがない、いきいきとした表情の身体障害者の人たちを見ると、健常者の方がドギマギとしてしまい、どう接したらいいのか悩むということはよくある。そんなときに、人間は一皮剥けば同じドクロなんだよと素直に思えればいいなと思う。



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