
第1回目のお題は「ゲームの本質」。その前に1人の人物を紹介しようと思う。
田尻智 1965年東京生まれ。『ポケモン』の実質的デザイナーとして有名。株式会社ゲームフリーク代表取締役。
まず年齢に驚いて欲しい。彼は僕の4歳上、2001年現在36歳という若さだ。この若さでポケモンという素晴らしいゲームを世に送り出した偉人である。であると同時に僕を含む真のゲームマニアにとっては今は無き同人誌「ゲームフリーク」の編集長(田尻氏は当時18歳)として神にも近い存在として認識されている。元々彼はゲームデザイナーとしてではなく、カリスマ的なゲーマー(ゲームをする側)として君臨していた人物なのである。その舌鋒は鋭く、ゲームの本質を常に追及しつづけた評論家と言えるかもしれない。
僕が書いた「懐古回顧録」にもあるが、ゲームの歴史は『インベーダー』によって始まった。田尻氏もインベーダーにハマったクチである。田尻氏の著書、『パックランドでつかまえて』を紐解いてみよう。
「1ヵ月のこずかいのほとんどをインベーダーとの戦争代に注ぎ込んでいた」
「高校1年の夏休みが終わるころ、アルバイトで貯めた20万円をはたいて、念願のパソコンを手に入れた。プログラムのことを勉強して、さらに半年たったときには、自分の家のブラウン管の上に、スペースインベーダーを再現するのに成功した」
その後彼は同人誌『ゲームフリーク』を創刊、第1号は18ページをホチキスで綴じただけの代物で、発行部数は20部(!)だった。第2号は「ゼビウス1000万点への解法」と銘打ち、当時ゲーセンを席巻していたシューティングゲームのテクニックを満載した。これがゲーマーの間で瞬く間に評判を呼び、いきなり1万部を超える発行部数を記録することになった。もちろん書店で発売したわけではない。ゲーセンという狭い世界で、クチコミによって人の手から人の手へと売られていった結果である。
学校を卒業すると同時に田尻氏はゲーム業界に身を投じ、24歳で株式会社ゲームフリークを設立して今に至る。
その田尻氏の言葉。
「ゲームの本質とはルールだ。ルールを作る事が即ちゲームを作るということに他ならない」
ちょっと前になるが僕は温風ちゃんに「PSのグランツーリスモにあまり魅力を感じない」と言った事がある。それは何故なの? と問われたがずっと答えを言わないでいた。次回はその答えを書こうと思う。
つづく
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