僕がかつて大好きだったものに『Login』と『ファミコン通信』(あえて『ファミ通』ではない)という雑誌がある。なぜ「かつて」なのかと言うと、どうにも雑誌としての魅力が薄れてしまったからだ。なぜこれらの雑誌はかつて魅力があり、今魅力が薄れたのだろうか? それはひとえに編集者の心意気だと僕は思っている。
何かのコラムで読んだ覚えがあるのだが、新聞記者を評して次のような言葉があった。「野球部あがりのサッカー番記者よりも、高校大学とサッカー部に所属し、今も欠かさずサッカーを見ている一般のサッカーファンの方がよっぽど広く深い知識を持っていたりする。もちろんそれを記事として成立させるのは記者の力量だが」
これと同じことがLoginとファミ通にも言えるのかなと思う。僕が夢中になってこの2つの雑誌を読んでいた頃、編集者にはカリスマ的な人気を誇り、素晴らしい記事を書く人が何人もいた。その内の何人かは今でもフリーランスでPC雑誌などに記事を寄稿しているが、ほとんどは出世してしまい、原稿書きの現場からは退いていたりする。残念なことだ。家庭用ゲーム業界の黎明期を支え、自らもゲームを愛し、その愛情を紙面に叩きつけるようにして熱い記事を書いていた人たちが確かにいたのである。筆が走りすぎて、大部数を発行している雑誌には似つかわしくない過激な表現が踊ったこともあったが、それもまたよしだった。
そういった優れた編集者が社内から去ったあと、雑誌を支えるのはごく普通のサラリーマンだったりする。ゲームが大好きでゲームの事が書きたくて入社したのではなく、大手出版社の安定したサラリーマンとして入社し、たまたまゲーム雑誌の編集に配属されたという人たちだ。これで雑誌が面白くなるわけはない。
黎明期のゲーム業界というのは「せいぜい10万人を相手にした小さな産業」(任天堂の宮本さんの言葉)だったが、ドラクエ以降はそうした小さなパイではなくなった。PSが1000万台売れている時代である。週に何本ものゲームが発売されたりする。確かにこれではひとつのゲームに対する深い記事などは望むべくもないのだが、それでも情熱を持っている人が書いた記事にはその片鱗が窺えるものだ。今のファミ通にはそれがない。
と、事をゲームに限ることなく、広く雑誌一般に目を向けてみても、なかなか魅力ある雑誌というのにはお目にかかることが少ない。聞くところによれば雑誌の総発行部数は年々減少傾向にあるのに対し、雑誌の点数自体は微増らしいのだ。マニアックな視点を持った職人気質の雑誌編集者が育つ土壌が年々なくなってきているということである。東京ウォーカーなんかのいわゆる「情報誌」を見るとよくわかる。利用する人にとっては確かに便利なのかもしれないが、読み物として読んでもクソ面白くもないわけだ。
話は戻るが、「野球部あがりのサッカー記者」というのはここで言う雑誌編集者のことである。では「中学高校とサッカー部所属の一般人」というのは誰なのか? それは無名のネット住人たちのことだ。専門分野の膨大な知識を持っていてもそれを発信する術のなかった人たちが、WEBというツールを手に入れたことによって、かつてのファミ通のような熱い記事をそこかしこで花開かせているということである。WEBは玉石混淆の世界ではあるが、今の雑誌業界が失いつつあるパワーとパッションを持っている。熱いサイトに出会ったときの喜びは何物にも変えがたい。
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