
相変わらず耳から血が出ている。皮膚を切ったときに出るような鮮やかな赤い血ではなく、どす黒くドロドロとした粘性を持った膿みみたいな血だ。綿棒を突っ込むと一発で使えなくなってしまう。生理の血とはこういうものなのだろうかと想像したが(笑)、そういえば以前「真っ赤でさらさら」とどこかで聞いたような気もする。まあどうでもいいか。どうでもよくない気が日に日に強まってはいるんだが。
そんなかなりへこむ状況の中、仕事中も頭が変になるくらい大阪事件のことを考えていたり、いつもは忌避している掲示板でのフレイミングを起こしてみたり(最終的には不毛なフレイミングではなくまともな話し合いになったのが救いだが)、心身ともに疲れ果てた。仕事を放り出してハワイあたりに行ってしまいたい気分だ(ハワイどころか海外には一回も行ったことないんだが)。
書くには多大なエネルギーを必要とする「ゲーム論」の方はとりあえずお休みして、何か明るくなる話題を提供したい。何かを褒め称えるものがいい。で、いろいろ周りを見渡したら、なんとも身近なところにそういう存在がいたことに気付いた。
僕がつきあっている、というか飼っているというか、バカボという女性がいる。知り合って7年、つきあって(飼って)6年くらいになるんだが、彼女が人の悪口を言っているのをただの1度も聞いた事がない。毎日毎日バイトで四六時中顔を突き合わせていた時にもだ。(月間250時間(!!)を超えることもあった)
あまりにも白すぎるので、普段人の悪口ばっかり言ってる僕には「そんな南アルプス天然水みたいな清廉潔白な人物がいるはずない。裏もあるはずだ」としか思えず、バイトの連中にも男女を問わず聞いて回ったんだが、みんながみんな口を揃えて「あいつが人の悪口・陰口を言っているのは聞いた事がない」と言う。こりゃ本当にすごいことだ。ほとんど信じられないがそういう人間も世の中にはいるってことである。冷酷非道なサイコパスの心理は常人には理解しがたいのと同じように、彼女の事もいい意味で理解しがたい。
こういうやたら白い人というのは、相手にもそれを強要したり、あまりにも理想主義で融通が利かなかったりするものだが、それがないのも彼女の美点だ。ニコニコと人の悪口は聞き流すし、僕のように正論をふりかざしていきりたつこともない。なんとも懐のでかい そら恐ろしい人物だ。彼女が誰かに嫌われることがあるとすれば、それは妬みや嫉み、逆恨み以外にないと断言できる。
僕の中での中庸とは、時には真面目に世界の平和を考え、時にはエロの妄想に浸り、時には憎しみの感情に溺れ、時にはくだらないお笑いで脱力することでバランスを取るってことなんだが、元々憎悪の感情を持ってない人の中庸とはどういうものなのかと不思議な気分になる。何の罪もなく、いろんな未来が待っていたはずの小学生が殺されてしまう世の中に絶望しかかっていた気持ちが、ふっと上昇する気がする。
僕がいろいろなバランスを取って、そこそこ平穏に暮らしていられるのは彼女の存在が身近にあるからなのかもしれない。そういう対象を持たない人は宗教とかに頼らざるを得ないことを思うと、僕は実にラッキーだということだ。
しかし欲を言えばキリがないわけで、彼女の容姿が松嶋菜々子ではなく天才バカボンだったのは実にアンラッキーだ笑。
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