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2002年01月20日

あの人の思い出

霊柩車が長い長いクラクションを鳴らした。焼き場に向かいたい気持ちを抑えて3人は歩き出す。かつてあの人と飲んだいつもの店へ。

浅野「あの人だけは殺しても死なないって思ってたよ」
川瀬「ああ。人って本当は簡単に壊れちまうもんなんだな」
丸山「俺、何にも恩返ししてないまま……うっ……」
浅野「泣くなバカ。さっきから俺だって堪えてんだ」
川瀬「故人を偲んで昔話でもするか。湿っぽいのはナシで」
浅野「そうだな。警察署に身元引き受けに来てくれたのは覚えてる?」
川瀬「ああ、あったな。俺らがバカやって迷惑かけちまった」
浅野「あの人文句ひとつ言わずに真夜中に署まで来てくれたっけ」
川瀬「笑ってんだよ。署に入ってきた瞬間笑いながら俺らの方にVサイン送ってさ」
丸山「そんなことがあったんですか」
浅野「うん。嬉しかったな。この人は俺らの事わかってくれてるって」

いつもはビールばかりなのに、今日に限ってウィスキーをロックで飲んでいた。あの人の飲り方だ。ボトルキープのタグには名前がまだ記されている。琥珀色の液体の向こうにあの人の笑顔が見えたような気がした。

浅野「そうだ。俺がこの店で喧嘩したとき、あの人がおさめてくれたんだっけ」
川瀬「ああ、このボトルが割れたんだ」
丸山「なんですか? その事件」
川瀬「浅野が酔っちゃってさ、近くで飲んでた若いのと始まっちゃったんだよ」
浅野「俺が一発殴ったら向こうがおさまりつかなくなって……」
川瀬「そしたら向こう仲間がいてな、10人くらいいたのかな?」
浅野「そう、携帯で呼び出しやがって。こっちはあの人いれて3人だ。勝ち目ない」
川瀬「で、あの人が詫びいれてくれたんだ。後輩が迷惑かけてすいませんって」
丸山「ボトルが割れたってのは?」
浅野「あの人が頭下げて謝ってるところを向こうが殴りやがったんだよ。そのボトルで」
川瀬「映画でしか見たことねえよ、あんなの。砕け散ってさ、ボトルが」
丸山「うわ……」
浅野「あの人、血塗れになって鬼のような顔して相手睨みつけて、」
川瀬「で、また謝ったんだ。これで勘弁してもらえますかって」
丸山「……」
浅野「血塗れになってて段々顔色も悪くなってきて、俺が大丈夫ですかって聞いたら、大丈夫なわけねえだろって笑ってた」
川瀬「笑ってたな」
丸山「ほんといい人でしたね……」

ボトルが空になった。ジャックダニエルを注文する。「キープのお名前はこのままでいいですか?」とマスターに聞かれた。沈黙。沈黙。沈黙。あの人の名前が入ったボトルで飲みたい気分だった。

丸山「あの、俺、あの人がなんで死んだのかまだ聞いてないです」
川瀬「あの人らしいよな」
浅野「ああ。どこまでも優しい人なんだよ」
丸山「教えてください。なんで死んじゃったんですか」
川瀬「事故だよ。新宿の中央通り」
浅野「道路に飛び出してきたインパラをよけて、電柱に激突したんだ」*
川瀬「てめえの命より動物の命を守っちまう人なんだよ」
浅野「ああ、そういう人なんだ」
丸山「え……、ってゆーかあの……」
川瀬「神様っているのかね? いたらぶっとばしてやりてえよ」
丸山あの、インパラて……。
浅野「アニさん、いい人だったな」
川瀬「ああ……、ほんとにいい人だった」
丸山いや、いい人とかじゃなく……


*しかも徒歩でな。



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