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2002年01月09日

カフーの思い出

シングー

ブラジルのサンタレンという港町から車で数時間の僻地にカフーの家はあった。港町と言っても海に面してるわけじゃない。アマゾン川だ。その支流、シングー川でカフーは漁師兼シッパーとして働いていた。

月々の稼ぎは微々たるものだが、天涯孤独の身なので暮らしはそれほど苦しくない。食べるための魚ではなく、外国に輸出する稀少な熱帯魚を狙って漁をする事が多い。そのためこうした僻地に暮らさないと商売にならないのだ。たまにサンタレンまで行って大量に食料品を買い込み、後は源流を遡って珍魚探索に明け暮れる。金の使い途などないので、むしろ金は貯まる一方なのだという。僕は真っ黒に日焼けしたカフーの背中に向けて、答えを期待しない質問を投げてみた。

「そんなに金を貯めこんでどうするんだい?」
「あって困るものじゃないだろう? そのうち綺麗な嫁さんでも貰って都会に出るさ」
「君には都会は似合いそうもないな」
「余計なお世話だ」

インペリアルゼブラという俗称で呼ばれるプレコが日本のマニアの話題になっていた頃、カフーの周りには俄か漁師が続々と訪れたという。たかだか5cmほどのどうってことないこのナマズが(その体色の美しさだけは特筆ものだったが)、ブラジル人にとっては純金にも等しい金額で取引されたのだ。サンタレンの漁師たちはこぞってガリンペイロよろしく源流に分け入った。しかし珍魚はなかなか見つからないから珍魚なわけで、カフーのようにそういった魚の棲息地を掴んでいない者には簡単に捕まえられる獲物ではなかった。そしてカフーは奴らに魚の居場所を教えてやるほどお人よしでも親切でもない。乱獲すればあっという間に魚はいなくなる。間引いても差し支えない範囲でしかカフーは漁をしなかったのである。

野生のトゥカーノの鳴く声を聞きながら、僕はカフーの姿に見入っていた。顔は漁師特有の深く刻まれた皺によって随分と老け込んで見えるが、実は僕と大差ない年齢なのだ。たどたどしいポルトガル語で話す僕と比べると、落ち着いた物腰といい、精悍な肉体といい、まるで大人と子供だ。嫉妬に近い感情を覚えながら、櫂を手繰るカフーに再び声をかけた。

「こんな所に一人で暮らしていて寂しくはないの?」
「おまえの国では一人で暮らす人間はいないのか?」
「いや、いるよ」
「それと同じだ。都会で暮らそうとアマゾンの奥地で暮らそうと孤独に変わりはない。俺はいつでも死にたくなるほど寂しいよ」
「そんな風には全然見えない。君はそんな弱い人間には見えない。」
「弱い? これを弱いというのか。初めて知った」

4年後、カフーは姿を消した。家に置いてあった水槽には干上がったアカリエスピーニョが一匹。そいつに名前を付けていつも話し掛けていたという話を後にガリンペイロたちから聞いた。多分カフーは生きちゃいないだろう。死者の住まう町で、一人寂しく魚を捕る姿が浮かんで消えた。僕は弱さの意味について考えを巡らした。



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