動物番長を一通りプレイした。いきなり点数からかまそう。残念ながら70点。
プレイ開始直後は任天堂のはじけっぷりにかなり感動したのだが、肝心のゲーム性の部分は少々作り込みが足りないように感じた。あれだけグラフィックの制約を取っ払ったのだから、もう少しじっくり作ってもらいたかったように思う。ルイージマンション→ピクミン→動物番長と一連の任天堂製GCアクションゲームをやって思うのは、「コンパクトさ」にこだわっているということだ。マップ、プレイ時間、作品世界、どれを取ってもコンパクトに設計されている。これはこれである種美徳ではあるのだが、その分底なしに深いアクション性を追求してほしかったと思うのだ。ピクミンに関しては文句はないが、ルイージマンションと動物番長はコアなゲーマーには物足りなさ過ぎる。この物足りなさを埋めるにはマリオやゼルダまで待つしかない。
動物番長のアクションはニクを喰らうときの爽快感がキモだが、そこに至るまでの道のりがかなりかったるい。成長過程で何回か最弱の状態まで戻されるので、爽快感が持続しないのもマイナスポイントだ。これが原因で何度もやり込もうという気が起きない。またやり込んで上達するという性質のアクションでもない。カメラワークがイマイチで空間把握がしづらいのも辛い。
僕は楽しんでこのゲームをプレイ出来たが、美麗なグラフィックに慣れてしまっている若年ゲーマーが果たしてこのゲームを面白いと思ってくれるかどうかとても心配だ。グラフィックのしょぼさ(これは敢えてしょぼくしているに間違いないのだが)ばかりが目立ってクソゲーの烙印を押されかねない。「ルール」の作り込みが足りないのだ。「こうしたらこうなる」という部分をもっとたくさんちりばめないとダメなのだ。
このゲーム最大の面白さは実はゲーム性とは無関係な部分にある。それは主人公のセリフであったり、フォントであったり、音楽であったりするのだが、僕はこの部分で勝負するゲームを高く評価したくない。そういう意味での70点だ。かつて『暴れん坊天狗』や『超兄貴』といった何の変哲もないシューティングゲームが、細かいディテールの面白さでカルト的賞賛を浴びたことがある。これと似たようなディテールの面白さが動物番長の売りだ。けれん味と言い換えてもいいだろう。
以下は僕の推測だが、多分製作者はWEB日記を相当読み込んでいる人だ。ゲーム内で1日が終わると主人公がその日あったことを日記風にまとめる。この日記の文体が実にWEB日記そっくりなのである。ライムのような短文。連想から横滑りする単語の羅列。不思議なハイテンション。自虐。今現在WEB日記で一番人気のある分野、「ネタ系日記」そのままの文章が任天堂製ゲームの中に出てくるという非常識さは一見の価値があるかもしれない。少なくとも僕は驚いた。また、独特の昔風なフォントも味があるのだが、これは多分製作者のエミュレーター趣味が反映しているのだと思う。「高解像度のディスプレイに全画面表示でファミコンをやっているような文字」と言えばわかりやすいだろうか。ギザギザ、ガクガクの文字。
遂に自分と同世代(あるいはもっと下)のデザイナーが、ゲーム製作の現場においてトップに立つような時代になったんだということを強く感じる。動物番長は正にネット世代の僕たち(あえて僕たちと言わせてもらおう)が初めて世に送り出したアンチ大作主義のゲームなのである。心からゲームを愛する、20代後半以上の人たちにやってもらいたい。
おっさん向け(余計な)用語解説
匿名メールで指摘を受けたので補足。ちゃんと調べていなかったのだが、動物番長のシナリオ担当はパラッパラッパーで有名な伊藤ガビン氏だった。ちょっとネット世代の僕たち
と言うには年齢が上すぎ 笑。企画担当の松本弦人氏はさらに上。デジタル畑の人たちは気が若いのだということなのかも。うへ、逃げ口上。謹んで訂正します。
この間、プロレスを見に行ったんですよ。見ている最中に、戦いの内容とかじゃなくてルールのことを考えちゃうんですよ。ここはこういう風にルールがなってたら全然違うんじゃないかとか。ねっ、これって、ゲーム屋でしょ?
伊藤氏の言葉。
DoCoMoのN503i用に作っていた着メロをJ-PHONE用に変換してみたら、これがなかなかいい出来だ。音量などを細かくいじらないと音割れしてしまうかと思ったら、ほとんど手を加えずに使いまわせる。楽勝なので急遽恐がりJ-SKYというページを立ち上げた。
残念ながらJ-PHONE端末は1回のデータ読み込み量が6KB以下という厳しい制限があるので(iモードは10KB。FOMAはなんと100KB)、泣く泣くお尻の方をちょん切らないといけない曲もあったりする。その数およそ全体の3割。おかしなことにiモード用着メロファイル(拡張子 .mld)をJ-PHONE用(.smd .smz .mmf)に変換するとファイルサイズが大きくなるものと小さくなるものがあり、予想外の曲がちょん切れたりするのだが、あくまでもiモードサイトのおまけ的扱いなのでいいだろう。いいということにする。
ついでに待受け画像も全部J-PHONE用に変換してみた。GIF→PNGである。Fireworksのバッチ処理で560枚のGIF画像がものの1分で全てPNG画像に変換出来た。ただしこれも6KBの壁のせいで560枚中22枚が容量オーバーしている。しかし4%というのはなかなかの歩留まりだ。22枚くらいなら造作も無いのでいずれ作り直せばいい (これを書いた直後に手直しした。)HTMLはiモード用に作ったもの(約20ページ)をDreamweaverの一括置換でソースを書き換え、30秒程で全て完了。楽勝楽勝。
J-PHONEユーザーは是非アクセスしてくれたまへ。
最新機種のJ-SH51はデータ転送制限が12KBに拡張されているらしい。FM音源チップも最新のMA3(40和音!)なので12KBでも少なすぎると思うが。
今日は休んでいた分異常に長い。しかも退屈な話。
既にお気付きの方もいるだろうがiモード技術情報というコンテンツを作った。以前一部で好評だったTopic的扱いである。情報の鮮度が落ちたらまたメニューから消える。
iモードサイトではPCからのアクセス制限を行なうところが多い。それぞれのサイトで理由はさまざまだが、一番大きいのはコンテンツの盗作を防ぐためだろう。iモードサイトはPCサイトと違って金儲けに直結する。コンテンツは命なのだ。以前PCからのアクセスをそれほど警戒していなかった時代には、着メロデータをごっそり丸ごと盗まれたり、ひどい時には製作者に無断でミラーサイトを作られるという事例が頻繁にあった。無論ミラーサイトでは盗作者が管理人のフリをして利益を得るのである。
サーバーの仕様でディレクトリが丸見えになる所では、iriaのようなDLツールで根こそぎファイルを盗まれてしまう。iモードサイトはひとつひとつのファイルサイズが小さいのでサイト丸ごと盗むなど造作も無い。
iモードの公式サイトは絶対にPCからアクセス出来ないが、勝手サイトと呼ばれる個人運営のiモードサイトは常にこの危険に晒されているのである。そのためPCからのアクセスはあの手この手を使って制限される。
僕のところでは1番の方法を取っている。ディレクトリ毎に細かくアクセス制限の内容を変えられるので、サーバーが許すならばこの方法が一番確実だ。2番目の方法もかなり使えるが、UAでの判別は全く意味がないのでやめた方がいい。OperaやほとんどのタブブラウザではUA偽装が簡単に行なえるからだ。しかし未だにUAによるアクセス制限を行なっている所は多い。例えばジオシティーズ(http://mobile.geocities.co.jp/)などはUAを判別して、PCからのアクセスの場合こちら(http://www.geocities.co.jp/mobile/)のアドレスに飛ばされるようになっている。これを過信しているとUA偽装であっさりと突破されてしまうのである。UAを偽装出来るブラウザを使っているならその差を確かめてもらいたい。3番目は論外だ。ソースを読める相手には無力である。
さて、僕は詳しくないのでPCとネットワークに詳しい方に是非ご教授頂きたい。以下の事例は一体いかなる方法で行なわれたのか?
fwisp12-ext-y.docomo.ne.jp 210.224.177.59 DoCoMo/1.0/X503i/c10
これは恐がりiモードのアクセスログに残っていたものである。上から順にREMOTE_HOST、REMOTE_ADDR、HTTP_USER_AGENT。一見しておかしいと気付く。まず、iモード端末にはX503iなどという機種は存在しない。また、IPアドレスはDoCoMoの帯域ではない(DoCoMo公式ページ参照)。にも関わらず、リモートホストが.docomo.ne.jpなのである。これは絶対におかしい。コマンドプロンプト(プログラム→アクセサリ→)で確かめてもらいたい。
C:¥>nslookup 210.224.177.59
上記のようにコマンドを打ち込み、エンターを押す。するとfwisp12-ext-y.docomo.ne.jpという名前が返ってくる。しかし!
C:¥>nslookup fwisp12-ext-y.docomo.ne.jp
上記のように逆引きすると今度はさっきのIPとは違うアドレス(DoCoMoの帯域)、210.136.161.9が返ってくるのである。これは一体どういうことなんだ? さっぱりわからない。DNSをいじれる者に取ってはこれくらいは朝飯前なのだろうか? ドメインによるアクセス制限は無力ということなのだろうか? 知っている方は是非教えてもらいたい。なんとなく僕が初心者すぎて根本的な勘違いをしているような気がしないでもないが……。
危険な地雷を踏んでいるような気も……。
皆さんお元気? 僕はぶっ倒れるくらい(?)元気です。今頭が着メロモード1色に染まってるので日記の方はお休み気味です。以前にもちょっと書きましたが、なぜか日記と着メロって両立できないんですよね〜。完全に頭のモードが違うと言うか。で、なぜかこのモードは僕の意思とは無関係に定期的に切り替わりやがるんです。英語の直訳風に言うと「ある朝僕は着メロモードになっている自分を発見した」
ある雑誌が読者の意識調査を行なったところ、着メロを着メロとしてではなく、純粋に音楽として楽しむ人が増えてきた
という結果が出たそうです。最近の携帯端末の音源はめざましい進歩を遂げていまして、ついにFM音源32和音+サンプリング音源8和音=計40和音というすごいものまで出ました。このFM音源、以前のものとは比べ物にならないくらい性能があがってるので、単に同時発音数が増えたというだけでなく、音質自体も向上してるんですね。で、こうなるともはや着信音が鳴っても「電話が鳴っている」という感覚とは程遠くなりまして、実際着信に気付かないというケースが増えてるんだそうです。ユーザーは着信用にはベルっぽい歯切れのいい音を設定して、あとは楽曲そのものを楽しむという使い分けをし始めていると、こういうことなんだそうです。以前は10数秒程度の「サビだけループ」の着メロが好まれていたのに、今は1分以上のフルコーラスを奏でる本物そっくりのものが好まれているんです。寝る前にベッドで携帯に入っているお気に入りのメロディを流したりとかね。
これって正に僕が目指していた事そのものじゃないですか。アニ感激。しかしね、これ、突き詰めていくと例えばMP3やWaveのような「生音(?)(てゆーか録音されたもの)」に取って代わられちゃうんじゃないかという危惧があります。昔「ピコピコ」なんて表現されていた家庭用ゲーム機の音楽が、今ではCDやDVDからの生音に取って代わられたように。これには僕ははっきりNO!と言っておきたいです。そういうんじゃないんだ! 生音が聴きたいだけだったら携帯電話なんか使わずに素直にCDプレイヤー使えばいいんです。今ユーザーが携帯電話をプレイヤーとして使っているのは、あの独特な電子音−ちょっと懐かしい素朴な味わい−がイイからなんですよ。ここを勘違いしてもらっては困ります。
懐古ゲームの着メロを作っていていつも思うんですが、プレイステーション以降の曲ってとても作りづらいんですよね。なぜなら生音がふんだんに使われているから。和音数ばかり増えて、まるで環境音楽のように耳に優しい音楽になってしまったために、ファミコン時代の耳にこびりついて離れないようなインパクトのある楽曲が減ってしまったんです。
これって僕が電子音で育った世代だから感じる特殊な例なのかな? 多分アニメオタクの人たちは、CGが発達してどんどんリアルな映像になっても嬉しくないと思うんです(ファイナルファンタジーの映画とかね)。やっぱりアニメはあのアニメ絵だからいいわけで、なんでもかんでもリアルにすりゃあいいってもんじゃないと言いたいのです。
「新発売! NTT-DoCoMo SO515i メモリースティックスロット内蔵。メモリースティックにCD10枚分の楽曲をMP3として記録できます! さらにMP3は着信音として設定することも可能!」僕はこんな携帯欲しくありません。みんなは欲しいの?
逮捕者を出した事で有名なあのソフトでいろいろやってたら、あっという間にHDDの容量が足らなくなってしまった。今使っているPCを買う時は「20GBなんて全然使い切れないよ」とか思っていたのだが……。さらにひとつ前のPCは4GBで、それすらも使い切れなかったのだからそう考えるのも無理はない。しかしPCが高度になればなるほどひとつあたりのファイルサイズがでかくなるのは自明の理で、常に時代時代の最大容量のHDDを選択しておくのが賢いPCの買い方だなと思った。
で、HDDの増設に初めて挑戦することになった。僕のことを「ちょっとPCに詳しいやつ」って思ってる人は結構多いんだが、実際はハードに関してはからっきしで、メモリの増設すら覚束ないのである。いや、さすがにそれは何度かやったことがあるが、CD-RWやDVD、グラフィックボードにサウンドボードといった辺りの増設とか換装は一度もやったことがないのだ。かなり緊張する。
まずは万一の事を考えて重要なデータをCDに焼こう。いや、待てよ。何度も使い回せるようにここはCD-RWにしておこう。つーかパケットライティングにしておいた方が後々便利だな。と思ったら僕が使ってるのはWinCDRだからパケットライティングできないじゃん! EasyCD CreatorにバンドルされてるDirectCDとかじゃなきゃダメじゃん! じゃあまずはそれの確保だ。ここでやたらケチくさくてマナーにうるさいクソ野郎ども(Fuck you!)のせいで数時間を費やす。
なんとかパケットライティング環境が整い、バックアップを敢行。しかしパケットライト方式でフォーマットされたメディアを持っていなかったのでフォーマット→バックアップ、フォーマット→バックアップとやたら時間がかかる。重要データをすべてバックアップするのに半日を費やした。もうこの時点でかなりやる気を削がれている。しかしやらねばならないのだ! だってもうHDD買っちゃったんだもん。
おっかなびっくりケースを開け、HDDがマウントされているケージ(?)を取り外す。ここで静電気でも起きようものならアウトだ。慎重になる。新しいHDDをケージに取り付け、IDEケーブルを接続し、電源ケーブルを差し込む。マスターとスレーブの設定も完璧だ。やったことはなかったが、ほとんどの人がこのマスターとスレーブの設定で躓くという事は聞いていたから、事前にしっかりとジャンパの取り付けを頭に叩き込んでおいた。おお! なんとかくっついたよ。つーか簡単じゃん。ぷぷ。これでまたひとつ階段上がっちゃったよ。大人の階段。
全部の作業を終え、ドキドキしながら電源を入れる。ブーン。よしOK。マスターの方でちゃんと起動してる。Windows2000さんも起動した。ばんざーい。って、ん? 新しいHDDが認識されない……。何故!? どうして!? マニュアルを読み返してみるが設定に失敗したという事は有り得ない。ってことはケーブルの接続が甘かったか、ケーブルが死んでるかのどっちかだ。すぐさまIDEケーブルを買ってきて、もう一度ケースを開け、接続し直す。よしOK。今度はしっかり接続を確認したし、ケーブルも新品だ。間違いない。で、再度電源を入れる。ブーン。ばんざーい。って、ん? 新しいHDDが認識されない……。ふりだしに戻って、以後3回くらい同じ事を繰り返す。ダメだ……。俺は要らない子なんだ……。ダメ人間なんだ……。
僕はここで大きな勘違いをしていた。よくUSB機器なんかを接続すると「新しいデバイスを検知しました」とか言ってウィザードが始まるが、HDDの増設でもこれと同じ事が起きると思っていたのだ。実際にはHDDの増設ではウィザードはたちあがらず、自分でなんとかするのである。Win2000で言うと「コントロールパネル→管理ツール→コンピュータの管理→ディスクの管理」とやるのである。そこでパーティションなどを設定してフォーマットして初めてエクスプローラなどのアプリケーションからHDDにアクセスできるようになる。僕はこの作業をやらずにエクスプローラで「HDDがない! ない! なんでウィザードたちあがらないの!?」とやっていたのである。バカだ……。大人の階段踏み外して丸2日を無駄にしてしまった。鬱。
増設したHDDの容量は60GB。結構ケチ? あと例のアレでかき集めてるのはエロとか割れではありません。念のため。
よくよく見たらWinCDRにもPacketManっつーパケットライティングソフトついてるじゃん! コノヤロウ! 隠れキャラっぽく存在しやがって!
ゲームを通してこの世の真実と向き合うことになったんです。
僕がまだやったことのない家庭用ゲームというのは少なく見積もっても凡そ1万本にはなりましょうか。1本につき50時間を費やすとして、いっときも休まずぶっ続けでやったとしても57年かかります。もしも1日1時間しか出来ないとすると1368年です。おいおいどうしてくれるよ、高橋名人さんよ。俺様に千年生きろと? ってゆーか、次から次へと新しいゲームが発売されるので(多分1日1本くらいのペース)、この見積もりは幾何級数的に増えていく一方です。命短しゲムせよヲタク。
例のアレでいろいろやってる内にこんな心境になりました。○○日本語版コンプリート! なんつったってやる暇ないんじゃ何の意味もありません。なんてことだ。10代の頃の僕は時間というものを「永遠」と同義に考えていたんです。それが見てみろ。あと40年くらいで僕は死んじまう。運良く長生きしたとしても、目は見えなくなり、手は思うように動かなくなり、毛は抜け、歯も抜け、加齢臭漂う「元ゲーマー」になり果てるんだ。神様、僕はあとどれだけの間ゲームが出来るんですか?
博覧強記でならす荒俣宏も「死ぬまでにあと何冊の本が読めるんだろう」とか考えてるんでしょうね。嗚呼世界は残酷。
チャラッチャッチャラッチャ! ドン!(スーパーマリオの着信音) ピッ。
あーもしもし私だ。うむ。……。うむ。そんなことでこの私がわざわざ出向く必要があるのかね。何のために君が動いてるんだ。これ以上失望させないでくれよ。明日の午前中にもう一度電話を入れたまえ。それで話がまとまらないようなら今回は見送りだ。……。それくらい自分で考えたまえ! ピッ。
全く使えない男だ。今回の件に一体いくらつぎこんでると思っているのか。おいナンシー。明日の予定を教えてくれ。
ボス、明日は午前9時から駅前のアサヒで徳さんと場所取りの行列デス。その後吉牛で同じく徳さんと会食。午後2時から耳鼻科(徳さん)。午後5時以降なら30分ほど時間が取れマス。
おいおいおいナンシー。徳さんばっかりだな。はっはっは。まあいい。とりあえず5時半から30分押さえておいてくれ。ちょっとそこの綿棒取ってくれるか?
自分デトレヨ。
ん? 何か言ったか?
何も言ってナイデス。ハイ。
チャラッチャッチャラッチャ! ドン! ピッ。あーもしもし私だ。……。また君かね……。いい加減にしてくれないか。秘書のナンシーに代わる。彼女に指示を乞え。
モシモシ、ナンシーデス。シッカリヤレヨ。プティッ。
プティッっておいおい。君も乳がでかいだけの使えない女だな。
Bull shit!
ん? 今何て言った?
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管理人の事をもっと知りたい人はメールをくれれば教えてあげます。ただし管理人は多忙につき、返事をするかしないかはその時の気分次第です。それどころじゃないんです。悪いけど。あと無礼なメールはごみ箱行きです。当たり前の事ですが。
一言言っていい?「行かねえよ。そんなサイト」
繁子「うわ〜ホントだ〜」
美紀「いやちょっと待ってちょっと待って。いきなりうわ〜ホントだ〜って何? 脈絡ないじゃん? 今まで何も話してないのにいきなり第一声がうわ〜ホントだ〜って。意味わかんないじゃん」
繁子「あ、ゴメンゴメン。ほら、夕焼けのときってイワシ雲って言うでしょ? 今見たら本当にイワシの骨みたいに見えたから」
美紀「てゆーかさ、それってあんたの脳内での出来事でしょ? いきなりあたしに向かって、うわ〜ホントだ〜とか言われても何がホントなのかさっぱりわかんないわよ。前後のつながりないし。あたしが『ほら見て、イワシ雲』とか言ってるならまだわかるけど」
繁子「あはは。だよね〜。ってゆーかイワシ雲、かわいくない? ちょーかわいくない?」
美紀「『ちょー』をフラットな発音で話すその話法やめてほしいなぁ。かわいくない? ちょーかわいくない? って2回繰り返すのも何かむかつくし。てゆーかかわいくないし。何がどう可愛いのかわかんないし」
繁子「でもさ〜やっぱ物理の伊藤むかつくよね〜」
美紀「ちょっと待って。その『でもさ〜』ってさっきの話と何のつながりがあるわけ? あんた風に言うとわかんないんだけど。ちょーわかんないんだけど。イワシ雲はかわいい、でも物理の伊藤はむかつく……ってぜんっぜんつながりないじゃん! 意味わかんないじゃん」
繁子「何? 逆ギレ?」
美紀「逆ギレじゃないし! 正ギレだし! 『逆』の使い方間違ってるし!」
繁子「何か美紀って何言ってるかよくわかんない。うちらみんなそう言ってるよ?」
美紀「出たよ!『うちら』! うちらって具体的には誰なわけ? あんた友達あたししかいないじゃん! あんた一人が言ってるだけじゃないの? 勝手に脳内うちら作らないでよね。ホントむかつく」
繁子「ってゆーかお腹空かない?」
美紀「空いた空いた〜」
繁子「この前美紀が教えてくれた店さー、あそこ美味しいよね。あそこ行かない?」
美紀「いいよ〜。あそこやっぱり渋谷じゃ一番美味しいよね。安いし」
繁子「でしょ?」
美紀「ちょっと待った。何よ、その『でしょ?』って。まるであんたの手柄みたいなその言い方。あんたさっき『美紀が教えてくれた』って言ったじゃん。あたしが見つけた店じゃん。何であんたが『でしょ?』とか勝ち誇った顔して言えるわけ? わけわかんないし」
繁子「なんか美紀ってかわいいんだけど。ちょーかわいいんだけど」
美紀「やっぱ? スカウト来るのも時間の問題? みたいな?」
繁子「その半疑問形の話し方やめなよ。みっともないよ」
美紀「おまえに言われたくねーよ」
自分風聞帳。このタイプの子が果たしてイワシ雲を知ってるのかどうか疑問。
「任天堂のゲームにハズレなし」とは昔よく言われた言葉だが、「任天堂のハードにハズレなし」とは言えないのが寂しいところだ。確かに他のメーカーに比べると善戦している方だが、商業的に失敗したものも結構ある。しかし商業的失敗が即ち思想の敗北なのかと問われれば「NO」と答えよう。ビデオの規格として敗北したSONYのベータが実質的にVHSより優れていたのと同じ事がゲームの世界でも言えるのだ。
『巨人のドシン』は元々64DDという歴史の狭間に埋もれた「任天堂の商業的失敗ハード」で発売されたゲームである。今回ゲームキューブというメジャー機(になるだろう。なってくれ)で復活を遂げた。僕は64DDを所有していなかったのでかなり期待してプレイしたのだが、その期待は肩透かしに終わった。
このゲームは『ポピュラス』そのものじゃないか! ゲームの本質的な部分で全くポピュラスから進化していない。もちろんポピュラスをプレイしたことのない人にとっては新鮮な箱庭ゲームとして満足のいく出来ではある。実際プレイ中は面白い。やりこみがいもある。音楽もグラフィックも美しい。しかしそれが何だ。このゲームにはどこにも斬新さがない。このゲームは時を越えてポピュラスの面白さを証明しているに過ぎないのだ。68点。ただしポピュラス的ルールを違った切り口(ゲームオーバーがない、闘いがない、何をしても自由、等)で仕上げているということは言っておかねばなるまい。出会う順番が逆だったら僕はこのゲームを絶賛していたかもしれない。
『どうぶつの森』でも思ったのだが、僕はこの手の「ほのぼの系」「育成系」「のんびり系」が苦手なようだ。心に余裕がないのかもしれない。そろそろコンパクトなゲームにも飽きてきた。ゼルダ、マリオの超大作でお腹いっぱいになりたいもんだ。
ひっさしぶりに映画観に行って来ました。『ロードオブザリング』。微妙です。めちゃめちゃ微妙です。ファンタジー好きの贔屓目で見ると好きは好きなんですが、自分の感性を信じて言い切りましょう。つまんない。
期待が大きかった分、点数が厳しくなっちゃうのは仕方ありませんが、それにしてもこれって面白いの? ストーリーないし、『旅の仲間』っていう副題そのままにダラダラ旅してるだけだし、行く先々で悪者キャラと闘うだけだし。なんだか『ハリーポッター』を観たときと同じ感覚を味わいましたよ。小説に描かれていた事をそのまま時系列にそって絵にしただけみたいな。そのせいで映画的味わいがないみたいな。登場人物多いのにそれぞれのキャラが立ってないから散漫な印象ばかりが目立つみたいな。
例によって原作を読んでないので比較出来ませんが、なんか原作もあんまり面白くないんじゃないか? という疑問すら湧きます。そうそう、僕はこの原作『指輪物語』の文庫版を10年以上前に買ってあるんです。で、読んでない。よくありますね、こういうの。読書家の間で「これは読んでおけ」みたいな名作と言われているものを、とりあえず買って手元に置いておく事で満足しちゃうっていうパターン。正にそれです。最初の数十ページを読んで全然面白くならないことに耐え切れず挫折と。同じファンタジー系の名作、ロバート・E・ハワードのコナンシリーズは結構読んでるんですけどね。
3部作を全部観てから感想言うべきなのかもしれません。とりあえず第一作だけでは何とも言えないです。ただし映像は素晴らしかったです。これだけは特筆に価します。リュックベッソン級に綺麗。あと、CG技術なのかよくわかりませんが、「小人」の映像表現がものすごいです。今までの映画では実際に身長が120cmくらいの俳優を使って小人を表現していましたが、ロードオブザリングでは何らかの特殊効果を使って小人族とそれ以外の登場人物の縮尺を変えているのです。これが実に絶妙。全く違和感なく小人っぽさが出ています。
『マトリックス』のエージェントがエルフの王として出ていたのが映画ファンとして少し楽しかったかな(似合わないという意味で)。
ここ数日の暖かさで桜が待ちきれずに開花しちゃったみたいです。上野公園で花見してきました。八分咲き。こりゃ週末には散っちゃいますね。ナイスタイミングでした。
GC版バイオハザードが届きました。今更バイオかよって気もするんですが、未だCG映像の底を見せていないGCのスペックを計るにはちょうどいいかと。で、結論としてスペックどおりPS2(もしくはXbox)には負けてます。それがなんだっつーんだよお! 酒持って来い酒。ひっく。げふっしーしー。移植はかなり忠実で、DVDの読み込み時間が気になる点も操作感がもっさりしている点もばっちり移植してあります。そういうのはなんとかしろよ!
えいりーわんぽいんすりーじぇ〜いうぇ〜ぶ♪あーうっさい。黙れ。コジャレ感がムカつくんだよ!「今日ろ曲ゎあ」←うっさい。英語訛りがうっさい。痒い。何? 今日ろって。あー中には心底好きな人もいるでしょうよ。いいよ、そういうのも。アリ。でもさ、いるでしょ? 別に好きでもないのになんとなくコジャレ感の演出のためにFM聴いてるやつが!
と、のっけから関東ローカルな特定FM放送局への呪詛で始めてみてすいません。ええ、僕は泥臭いAM派ですとも。大沢ゆうりのゆうゆうワイドさいこほぉ! 吉田照美のやるきまんまんいいじゃない! オールナイトニッポン、は〜〜〜ちゃらっちゃ、ちゃっちゃららっちゃっちゃらっ♪そしてTBSラジオ水曜UP's!コサキンdeワァオ!かっこ悪いのOK。ダサいの承知。聴いた事もないのにバカにするのはやめてね。って、被害妄想に陥るほど好きなんです。愛してるんです。最近聞いてないけど。
ずーっとコサキンはテープに録音して聴いてたんです。何せ深夜1時〜3時ですからとても起きてられません。あと、笑えるところはしつこくリピートして聞きなおすタチなんで、生で聴いてるとストレス溜まっちゃうんです。で、いつだったかオンボロCDラジカセが壊れまして、録音出来なくなっちゃったんですね。相方に買ってもらいましたよ。誕生日プレゼントに。新しいCDラジカセ。まるで小学生でしょ? 誕生日プレゼントがCDラジカセ。ぷっ。CD聴かないのにね。
しかし貰っておいて文句言うのも何ですが、このプレゼントのCDラジカセがまた貧弱野郎で、タイマー録音がめんどくさくてたまらないんです(前のは楽だった)。あと、せっかくめんどくさいのを我慢してテープに録っても車で聴けないのが痛いのです。僕の営業車はMP3対応のCD-R/RWカーオーディオなんで。今時カセットデッキとかないですからね。ほとんどMDアンドCDって感じで。
そこで僕は考えた。「AMラジオ放送をハードディスクに取り込んで、MP3化してCD-RWに焼けばいいんだ!」おおお、ナイスアイデアじゃないですか。で、いろいろ方法を調べました。まず見つけたのがラジオサーバー。HDDとラジオが最初からくっついてるのね。コレ最高。完璧。じゃあ早速購入しましょうか……ってよく見たら8万8千円也!! 高すぎるっつーの。2〜3万だったら無理して買うんだけどなぁ……。で、次に調べ上げたのがPCでラジオを録音するサイト (閉鎖されちゃいました)。僕と同じ事考えてる先人のレポートサイトです。これは安上がり。でもテープに録音するより数倍めんどくさいじゃないですか……。ダメだ。こらえ性がないからすぐ挫折しそう。で、最後に辿り着いたのがたのみコム。おおお、同志が一杯いるよ。でもよくよく見たら企画立ち上げから1年経過してます……。それでも商品化されないところを見ると、やっぱりダメなのね……。
FMチューナー内蔵のPCってのは実は結構あるんです。でもAMは皆無。どうしてもノイズが入っちゃうらしく技術的に難しいのと、やっぱり需要そのものが少ないからなんですね。はあ、がっくり。デジタルラジオ放送が始まるまでこの不便は続くみたい。つーかTBS!!! コサキンを毎週MP3化して配布しろ!!! お願いします(丁寧)。
目の前にやりかけの『鬼武者2』『バイオハザード』『巨人のドシン』『零〜ZERO〜』『VF4』『逆転裁判』『大乱闘スマッシュブラザースDX』『どうぶつの森+』がある。正に死屍累々。じっと手を見る。
『巨人のドシン』をやっていて思ったことがある。僕が幼い頃から夢想というか繰り返し思い描いている光景があるんだが、これはまだ誰も映像化したり小説にしたりしてないんだろうか? 雲どころか大気圏すら突く、想像を絶する大巨人。地上の人々からはあまりに大きすぎてその全貌を見ることすら適わない。たった一歩で関東地方を全部踏み潰すほどの足。日本列島付近に立つ姿が中国からも目視出来るほどの背の高さ。
高校生くらいの時に「これは科学的に絶対有り得ない」という事がわかった。そんなに大きな生物は自重を支えきれなくてとても立っていられるわけがないのだ。仮に2足歩行をするのだとしたら、たとえ頑丈な岩盤の上でも足がずぶずぶと地中に埋まり一歩も動けない。またそれ以前に足そのものが体の重さでボッキリ折れてしまう。こんな絵空事を科学的に検証する方がどうかしてるが、とにかく有り得ないのだ。しかし魅力的な光景だ。それほどの巨人がすぐ近くに立っていたら、いったいどんな風に見えるんだろう? 太陽の光は遮られ、まるで夜のように真っ暗になってしまうかもしれない。目の前には見渡す限りの暗黒の壁がそそり立っているのかもしれない。
為す術もなく踏み潰されていく人間と、哲学者のような面持ちで静かに歩き続ける大巨人。こんな魅力的なクリーチャーが出てくる物語が何故今まで生まれていないんだろう? それとももう既に誰かが作っているのかな? 僕は知らない。知っている人がいたら是非教えてほしい。とにかく生半可な大きさではダメだ。背の高さは富士山の数十倍数百倍、足の裏の面積は少なくとも関東地方全域並の巨人の話だ。
ハリウッドで映画化したら結構面白いと思うんだけどなぁ。今ならCGで簡単に作れるしね。
全国4000万の国際Aマッチだけしか見ないエセサッカーファンの皆さんこんにちわ。見てる最中は「あがりが遅い」だの「裏をとる」だの「スペースを有効に」だの知ったかぶった発言をすると、たちまち本物のサッカーファンに袋叩きにされるので黙って見ましょう。Jリーグなんて年間1試合も見ないのになぜかAマッチだけは見てしまう。しかも燃えてしまう。正に僕のことであります。ああ恥ずかし。
格闘ファンは(純粋なプロレスファンは除く)そのへん少し初心者に対して優しくありません?「ああこの人は格闘技のことよくわかってないな」と思っても、あえてそこを指摘しないで一緒に楽しむ土壌がある気がするんですよ。これは格闘技が未だにマイナーの域を脱してないからだと思うんですけど。日本では、サッカーはJリーグの発足とWカップ出場(さらに遡ればあのドーハの悲劇)でいきなり盛り上がってしまって、すごいメジャーなスポーツになりました。それまでははっきり言って悲惨でしたからね。お客さん入らなくて。
で、盛り上がる以前からのサッカーファンはそれを支えてきたプライドがありますから「俺は昔からサッカー見てんだよ。俄かファンは黙ってろ」的なところがあるわけです。スポーツ観戦ってどの競技でもそういう部分があると思うんですけど、特にサッカーはこれが厳しい気がするわけです。ドーハの悲劇を機に、一気にサッカーを勉強した人なんかは特に要注意で、ちょっとボロを出すと「ああ、おまえドーハ以降ね」と蔑まれたり。
というわけで、「本物のサッカーファン」の皆さんは裾野を広げる意味で、初心者に優しくしてやってください。具体的に言うと僕に対して。
こういう事書くから本物に嫌われるんだよね。はっはっは。げふっ。
岩手在住の母方の祖父が肺気腫で倒れた。85歳。もういい歳だ。ケアする側の祖母の方まで風邪と過労で入院してしまったため、はるばる東京から僕の母と叔母が付き添いに行っている。肺気腫という病気(病態?)についてちょっと書いておこう。喫煙者必見。
肺気腫の最大の原因は喫煙である。これは間違いのないところで、非喫煙者にはほとんどこの病気に罹る人はいない。症状の差こそあれ、喫煙者はほぼ100%肺気腫になると思っていた方がいいらしい。メカニズムとしては、喫煙によって化学物質が体に入る→白血球が異物攻撃のために蛋白質分解酵素を生成→自分自身の肺胞が破壊されてしまう→呼吸困難になる……ということだそうだ。分解酵素に対する防御機構がうまく働かない(攻撃と防御のバランスがとれていない)人というのが先天的にいて、その割合は15%だそうで、こういう人は若いうちに肺気腫が進行してしまう。一旦破壊された肺胞は再生が不可能なので、根本的な治療法はない。
40歳台前半くらいまでに肺のCTスキャン検査を受け、肺気腫の所見が認められたらただちに禁煙する必要がある。ただし、先に述べたとおり体質的に肺気腫が進行しやすい人は全体の15%である。変わらず吸い続けても肺気腫がなかなか進行せず、結局寿命まで呼吸困難に陥らないという人もいるわけだ。
肺胞が破壊されていくと具体的には肺がスカスカになり、且つパンパンに膨らんでしまう。外科的治療法としては肺の移植をするか肺の一部を切り取るという方法がある。元々「あんたがタバコ吸いつづけたのが悪いんでしょ。自業自得でしょ」ということと、高齢者に多い病気なので難しい手術をするよりは対症療法で症状を緩和する方がいいということと、ドナーが圧倒的に不足しているということで、現実的にはほとんど移植の例はない。また、肺を切り取るというのは逆転の発想で、「パンパンに膨らんじゃって苦しいのだから、肺を切り取って小さくしてあげれば呼吸しやすくなる」というなんとも消極的な治療法である。ゆえにこれも滅多に行なわれる事は無い。つまり高齢で肺気腫が進行したら(呼吸困難などの自覚症状が現れたら)、もう手遅れ。打つ手はほとんどないのだ。騙し騙し付き合っていく他ない。
肺ガンも恐いが肺気腫はさらに現実感がある恐い病気だ。煙草を吸う人はそれなりの覚悟を持たねばならない。苦しんで死ぬか安らかに眠るか、自分で決める事が出来る。蛇足ながら付け加えると、こういった事実を聞かされても煙草を吸い続けることを選択する人の方が多いそうである。僕もその道を選ぶような気がしている。
祖父の顔を久しぶりに見に行かなければ。もう何年会っていないだろう。
アルバイト時代、毎年この時期になると「追いコン」というのがありました。大学を卒業し就職する人たちのお別れ会です。僕は8年間もプー太郎をやっていたので、悲しい事に毎回送る側でした。数年間苦楽を共にした後輩とのお別れです。泣けないわけがありません。見た目からは想像つかないらしいですが、もう見事なくらい毎回泣いてました。いい歳こいた、いいガタイの男が泣くのはさすがにみっともないので、酔いつぶれてテーブルに突っ伏してると見せかけて人知れず泣いてるのです。実際は「人知れ」ちゃってるんですけど。
学校の友人だと「卒業してもずっと友達でいようね」なんつって、いつのまにか音信不通ってパターン、よくあります。でもこのバイトはとにかく一緒にいる時間が恐ろしく長くて(学生でも月間200時間以上働く人がほとんど)、休みの時もつるんで遊ぶ事が多かったのでつながりがハンパじゃないのです。また、仕事で苦楽を共にするというのは学校で授業を一緒に受けるよりもずっと関係が深くなるってこともあります。社会人だと仕事の付き合いっていうのは逆にそっけないものになるのかもしれませんが。
辞めてからもう4年くらい経つんですけど未だにそのバイト仲間と毎月飲んでます。多い時で25人、少ない時でも7〜8人は集まります。よくもまあ毎月毎月これだけ集まるよ、と感心するくらい。で、これはひとえに中心メンバーのA君(何度かそのエピソードを冷麺に書きました。こんな話とか、あんな話とか、そんな話とか)の人徳によるところなのです。彼がいるから人が集まる。そういう魅力のある人なのです。
A君がこの4月から韓国に転勤になります。現地に日本人スタッフは彼一人。彼の能力を見込まれてのいわば栄転ではあるんですが、僕らバイトメンバーの寂しさは計り知れません。僕はもう今から既に泣いてます。もちろんたった一人で異国の地へ赴く彼の辛さ、寂しさはさらに大きいに違いありません。
でも生きてさえいればまた会えるという事を最近あった不幸で痛感しました。それともうひとつ。これだけ皆に別れを惜しんでもらえる人に自分もなれたらいいなと。感傷的な春。
僕がこの能力を身に付けたのは恐らく物心つく前だ。初めはそれが自分にだけ備わっている能力だとは気付いていなかった。と言うより自分がやっているということにすら気付いていなかった。結果として切れている。目の前にあるのは結果だけ。過程はない。
高校生の頃はひどかった。自制心がなく、手当たり次第に切っていた。
満員電車に乗る。吊り革につかまり、不必要に肘を張る中年男がいる。ぐいぐいと僕の体を押しのけるように肘を張る。僕の中で声がする。「切れ」と。意識を中年の肘に集中する。別に「切れろ切れろ」と念じているわけでもない。ただ意識を集中するだけ。すると見える。目の裏側あたりに映像が浮かぶ。中年の肘が見事な断面を描いてまっぷたつに切れる映像が浮かぶのだ。次の瞬間、スーツの中の肘は切れている。スーツの袖は切れず、中の腕だけが切れている。吊り革に体重をかけていた中年は、突然支えを失い前のめりに座席に倒れこむ。吊り革には、中年の肘から先だけが前衛芸術のオブジェのようにつかまっている。そして一瞬遅れて座席に降り注ぐ血の雨。まるで消防隊が持っているホースだ。はははっ! スーツの袖口を狂ったように振り回し、乗客たちを真っ赤に染め上げていく。おまえは火を撒き散らす悪魔の消防隊だ! はははっ!
狂想曲が終わると、窓に映る自分の顔に気付く。つりあがった目と、歪んだ口元に気付く。またやってしまった。切らなくていいものを切ってしまった。自戒を込めて自分の体に傷をつける。そうやって出来た700の裂傷がまるで刺青のようだと言われたことがある。そいつも切った。僕の歩んできた道は物言わぬ肉塊が敷き詰められた血の道なのだ。
スティーブン・キング万歳。ディーン・R・クーンツ万歳。
ちょっと旬を逃した話題だが全国八葉物流とかジーオーグループの話をちょっと。「1年間で出資金が倍に」って、あんたそりゃいくらなんでもないでしょうよ。被害者の皆さん、なぜこうもマルチにひっかかる? 「詐欺だ! 絶対許せない」とかいきり立って被害者の会結成したりしてるけど、「私バカです」とバカ面を全国に晒したいだけとしか思えない。騙す方がもちろん悪いけど騙される方もどうかしてるよ。
参加者の通帳を見せられて「ほら、ちゃんと振り込まれてるでしょ?」。こんな簡単な見せ金ですっかり信じ込み思わず加入。で、実際参加してみると確かに自分の通帳に金が振り込まれる。こりゃ濡れ手に粟だとばかりにさらに出資金を上乗せしていく。しばらくするとピタリと入金が止まる。「おかしい! 詐欺だ!」。アホかあんた。なんでひっかかるかなぁ。心底不思議でしょうがない。どう考えても最初からおかしいと気付くはずでしょ。あんたがおかしい。絶対おかしいよ。
僕は美容室を回る営業マンなんだが、美容業界ってのがまた胡散臭いところで、マイナスイオンがどうのトルマリンパワーがどうの波動水がどうのといった話には事欠かない。大昔には「パーマ液で体の老廃物を排出させる」なんていうわけのわからない理論が一大勢力を築き上げて、信じ込んだ美容師が子供を死なせてしまったという事件すらある。そんなわけで高齢の美容師には、美容師なんだか山師なんだかわからないような胡散臭いおばさんがいっぱいいるのだ。副業で羽毛布団(信じられないくらい高額の)を売ってる人なんてのもゴロゴロいる。
マルチの最大の商品は健康だ。これさえ押さえておけば後はどうでもいい。お題目みたいに健康健康と唱えていればいくらでも騙される人が沸いて出る。先日その手の美容室に行ったとき、こんなくだらない実験をやらされた。
僕が右手の人差し指と親指でわっかを作る。指と指が離れないように強く力を込める。で、おばさんがその指を力任せに開かせようとするんだが、この時左手で健康グッズに触れていると、いくらおばさんが力を込めても指が開かない。「バイオの力で体内に気が通るから」とかいうわけのわからない理由を聞かされる。次に「バイオの力が入っていない」グッズを左手で触れながら同じようにわっかを作る。今度はいとも簡単に右手の指が開いてしまう。「ほらね? バイオの力がないから」ってアホか。どう考えてもおばさんの力加減が最初と違うのだ。最初は明らかに手加減して指を開こうとしている。大げさに肩を震わせて力を込めているように見せかけているが、実は全然本気じゃないのだ。
果たしてこのおばさんは僕を騙すつもりでこんな実験をやっているのか? これがそうではないというところに問題がある。わざと力を抜いているわけではない。おばさんは強い暗示にかかっていて、バイオグッズを触っている時は「絶対に開かない」と最初からあきらめ気味なのだ。バイオグッズを触れていない時は逆に「絶対に開く」という強い暗示によって、相手がどんなに力の強い男でも、指のわっかくらいはおばさんの力であっけなく開いてしまうという仕組みだ。あーホントにアホらしい。なんで僕がこんな茶番に付き合わなきゃいけないんだ。
「私は絶対平気」とタカをくくっている人ほどひっかかりやすいなんてよく言われるが、どう考えてもマルチなんてひっかかりようがないと思うんだが。人をバカにするのもたいがいにしたまへ。
まだ書き足りないんだな。例の指で作るわっかの話ね。おいおいまだ書くのかよ。ごめん。腹の虫おさまらないんだ。申し訳ないけど前回読んでない人は遡ってくれたまへ。今回だけ読んでも意味わかんないから。
最初左手で触っていたのはバイオ関係で作った水
だった。この水を触っているとわっかが開かない。普通の水道水だと開く。うーん、水からパワーね……。100歩譲ってよしとしようか。オカルト話は好きだし、世の中何が起こるかわからないからね。次がバイオのリボン
(?)。なんだよ……リボンって。なんだかよくわからない材質の、変な布みたいなリボン。バイオを織り込んでる(?)んだそうだ。意味わかんないけど。これを触ってると指が開かない。普通の布だと開く。まあこれもよしとしようか。呆れてるが相手はまがりなりにもお得意様だしね。
次だよ。次。本気で頭来たのは! おばさん、バイオ関係のパンフレットを持ってきたのね。中にはいろいろとバイオ関係の能書きが書いてある。バイオ水(?)で作った肥料(?)の写真なんかが載っている。おばさんは野菜がたくさん写っている写真のページを開き、「どれでもいいから好きな野菜を左手の指で押せ」と言う。写真のうち、いくつかはバイオ水で作った野菜なのでそれを押すと指が開かないと言うのだ。いい加減にしろ!!! いくらオカルト好きの僕でも我慢の限界ってもんがある。何だよ、写真からパワーって。1億歩譲ってもそれは無理があるだろ。野菜を直接触っているならまだしも、写真だよ? 写真! ありえねえ! っつーの! 「もう、あんたみたいなインチキ美容師のご機嫌取りはおしまいだ! 黙って聞いてりゃいい気になりやがって。おまえはバカか!? 本気で信じてんのか!?」勢いよくパンフレットを床に叩きつけて出口に向かう。扉を派手にぶち開けて唾を吐いた。
という妄想を頭に浮かべながら愛想笑い。「うわーすごいですね。バイオのパワーって。あっ、もうこんな時間だ。次の店に行かないと怒られちゃうな。すいません、またお話聞かせてくださいね」
はあ、やってらんないよ……実際。営業に行って逆に営業を食らうの巻。
最近夕方にやっている再放送『渡る世間は鬼ばかり』をよく見ている。全然ファンとかじゃなくて、何の気なしに見始めたら意外に面白くてやめられなくなったのである。こういうのって結構あるみたい。例えば寅さん映画とかって普通は見ようと思って見ない。テレビでたまたまやってたので何となく見てみたら結構面白いみたいな。じじくさいからとハナから除外していた自分の見識のなさを恥じ入るみたいな。やっぱり伊達に長いことシリーズが続いているわけではないんだね。
しかし、まあこの「渡鬼」の登場人物のむかつくことむかつくこと。まともな人が一人もいないからね。全員イヤなヤツ。で、しょうもないことをべちゃべちゃとウェットな感性でしゃべりまくる。ワンシーンがまた長くて「こりゃセリフ覚えなきゃいけない役者の方は相当きつそうだな……」と思う。でもなんだかんだで面白いのである。ちょっと見てみようかなと思った人は新シリーズが4月から始まるのでチェックしてみるといい。
で、特に気に入ったのがオープニングテーマの曲だ。いかにもなお茶の間ドラマ風ではあるんだが、ところどころ「おっ!?」と思わせるきらめきがある。「こりゃ着メロにしたら結構いいかもな」と思ったほどだ。さすがに僕のサイトでアップするわけにはいかないが、自分専用で作ってしまおうかなとは思った。こうなると作曲家が気になる。見てみた。
音楽 羽田健太郎
羽田健太郎……。羽田健太郎……? 羽田健太郎!? どぐわっ! 超びっくり。尊敬する羽田健太郎さんじゃないか! この人は知る人ぞ知るファミコン版『ウィザードリィ』の作曲者羽田健太郎氏だ。『ウィザードリィ』はPC版では一切音楽がなく、ファミコンに移植された際に羽田氏によるBGMがつけられたのだが、うるさ型で知られるPC版のファンたちも絶賛したほどこのゲームミュージックは名曲揃いなのである。
「おお〜あの羽田さんが作曲したのかぁ。どおりで僕の耳にこびりつくわけだ」と一人で盛り上がったのであった。よくよく調べてみるとこの羽田氏、いろんな番組やCMに曲を提供している。てっきりゲーム音楽の人なのかと思っていたが、全然そうじゃなくて正当派のピアニスト兼作曲家なんだそうだ。って言うか、僕が勝手にそう思っていただけで、世間的には「渡鬼」の音楽の人として超有名だったらしい。
そんな正当派作曲家の羽田氏が『ウィザードリィ』の作曲を依頼されたとき、彼は『ウィザードリィ』を鳥の名前か何かだと思ったそうだ。それでよくあんな名曲が書けるよな……。すごいわ。
こちらはさらに有名かもしれないけど、競馬のGIレース(東京&中山開催)のファンファーレは『ドラゴンクエスト』のすぎやまこういち氏が作曲している。そう思って聞いてみるとすごいドラクエっぽいんだよね、この曲。
さあ今日も張り切って声高に叫ぶほどでもない
どうでもいいことを無駄になげえ文章にして書き散らすぞー! っしゃー! パーンパーン(照英)
文章家の間では自己言及というのはどちらかと言うと「みっともないこと」として認識されているらしい。例えばハードカバーの本。文庫本には必ず解説とかあとがきがあるが、ハードカバーにはほとんどない。僕は本を読み始めた頃、金がなかったので文庫本ばかり買っていたのだが、金に余裕が出来てハードカバーを買える様になってからそのことに気付いた。どうも物足りない。本好きには解説やあとがきを最初に読む人と最後に読む人がいるが、僕は前者だ。とくに解説よりも本人が書いているあとがきが大好きで、これがあると幸せな気分になれる。作家によっては絶対にあとがきを書かない人などもいて、そういうときはちょっと寂しい気分になる。
しかし一般的にはハードカバーの本などに本人のあとがきを入れるのは、お行儀のよくない事とされているのである。確かに未だ評価が定まっていない、というか発売されたばかりの本に既に自己言及が入っているのでは、読者の自由な読み方に影響を与えすぎるという意味もあるだろう。もっと厳しい人に言わせれば「作家がひとりではしゃいでいるみたいでかっこ悪い。別に作家本人の自己解説なんていらない」ということになるようだ。
と、長い前フリをした上で自己言及。この日記は「冷麺」というコンテンツ名になっている。なんで日記が冷麺なの? という理由を説明したいのだ。というかさせてください。お願いします。つきあってください。ずっと前から好きでした。
サイトを開設して随分たってから日記を書き始めた。それまでは今にもましてくだらないコンテンツで一杯だったんだが、それなりに面白かったように思う。今更「日記はじめました」も、ないもんだろうという気恥ずかしさから、「冷麺はじめました」とやったのがきっかけだ。よくあるでしょ、ラーメン屋とかで「冷麺はじめました」とか「冷やし中華はじめました」とか。あれだ。そういえば冷麺ってゴムみたいな麺だよね、なんていう話から「RubberMen」というコンテンツ名にもなった。もうこうなると最初の意図など微塵もない。わけわからない。で、結局最初の冷麺で落ち着いたのだった。
うわっ。ホントどうでもいいわ、こんなこと。今これを読んでしまった人たちの、なんて無駄で超ローカルな情報にふれてしまったのだろうと後悔している姿が目に浮かぶ。記憶容量は無限じゃない。これが原因であなたが重要な案件を忘れてしまったりすれば僕としては本望だ。っしゃー! パーン!(照英)
「○○はじめました」というラーメン屋の貼り紙を題材にした4コマ漫画があったように思う。ラーメン屋の店先に「テニスはじめました」という紙が貼ってあるというだけのネタなんだが、かなりウケちゃった。だからなんなんだよ系。
孫引きみたいになっちゃうけど、じっぽさんの「活字中毒」。めっちゃ参考になるなぁ。確認してみたら僕の今日の日記は1400字くらい。原稿用紙3枚半だね。ながっ。無駄にながっ。
ええとね、今日はクソ真面目な事を書くよ。誤解を受けたくないので言葉を尽くして書く。長くなる。社会的な背景や構造的な問題、そういうのを出来るだけ抜きにして感情論で訴える。なぜ感情論で訴えるのか? 戦略として。
先日テキスト庵を漁っていろんなサイトを読み込んでいたら、「浮浪者は臭いし汚いから消えろ」という内容の文章を書いているサイトに当たった。リンクする気になれないので気になる人はテキスト庵の風聞帳で探してくれ。
その文章は彼の正直な気持ちをストレートに語っている(少々露悪的に過ぎるが)。差別意識や偏見をもってしまうことからは誰も逃れられない。僕自身差別の気持ちを持ちたくないという希望を抱きつつも、正直心の片隅で浮浪者は汚いなぁ、臭いなぁ出来れば関わり合いを持ちたくないなぁという考えを持っている。しかしこれはやはり恥ずべき事だ。ホームレスを十把一絡げにして社会の一員として最低限の頑張りを行なわない
人たちと言い切れない。やむにやまれず自分がそういう境遇に陥るとも知れないからだ。これは別に極論でもなんでもない。現に僕はそういう危機を感じることがある。
ここから話はガラリと変わる。ホームレスの話はおしまい。以下はこのホームレス問題を契機に考えた差別一般の問題だ。決してそれぞれのケースを同列に考えるわけではない。しかし差別意識、偏見にとらわれる点において根っこは同じだったりする。相手を知っているか知らないかの差だ。
僕の友人で大学時代に突然腎臓病を患い、透析を受けなければ生きていけない体になった男がいる。週に何回か数時間の透析を受けるため遠くの病院に通う。そのせいで仕事に就くこともままならない。透析治療の部屋には自分よりもずっと若い小学生の女の子などがいて、泣きながら透析を受けているんだそうだ。「俺がこれしきのことで泣き言を言うわけにはいかない」と彼は笑って言った。
そんな彼が顔を曇らせて僕に語った事がある。近所の人たちに腎臓病であることを秘密にしているんだそうだ。透析には莫大な費用がかかる。これを個人で負担させるのは患者に「死ね」と言うも同然だ。国から身体障害者手帳を交付してもらい医療費の助成を受ける。一部にこのことを良く思わない人たちがおり、「おまえは俺たちの税金のおかげで生きていけるんだぞ。有難く思え」などと差別を受けることがあるんだそうだ。僕は耳を疑った。「そんなバカな言い草ってあるか? 自分の家族がもしも突然腎臓病になったら、そいつは同じ事を言えるのか? なんという想像力の欠如だ。信じられない」と。
僕はたまたま親友に腎臓病患者がいた。だからこう思えるのかもしれない。もしもまわりに誰一人腎臓病患者がいなかったとしたら、先の差別発言のような考えにとりつかれていたかもしれない。そう考えるとたまらなく恥ずかしい気持ちになる。
またまた話が変わる。僕のバイト仲間の女の子の彼氏の話。中学生の時に交通事故で下半身が麻痺した。それ以来ずっと車椅子だ。気のいいやつでかなり仲良くなったんだが、僕は車椅子の友人を持つのは初めてで、何かにつけて気を使いすぎてしまったり、ちょっとした事に気付いてあげられなくて不自由させてしまうという事がよくあった。正直今でも彼にどう接したらいいのか戸惑う事がよくある。腫れ物にさわるように接すれば彼のプライドを傷つけるだろうし、だからと言って健常者と全く同じように接する事ばかり考えていたら、彼の肉体的苦痛は避けられない。とても悩む。しかし一緒にいる時間を持つことで、ちょっとずつではあるが彼の気持ちになってモノを考える事が出来るようになっていく。もちろんそれは僕の勘違いに過ぎないかもしれない。自分の足が動かなくなってみなければ決してわからないことがたくさんあるかもしれない。それでも僕はいいと思っている。少しずつでいい。最初は偽善でもいい。知らないまま済ましてしまうよりはずっといい。車椅子に対する差別、偏見、安っぽい憐れみ、そういうものは知ることによって確実に薄らいでいく。
「想像力が足りない」と一言で片付けるのは簡単だ。でも人間の想像力なんてタカが知れている。実際に相手に接し、話をしてみなければわからないことは想像以上に多い。そしてそうやっても尚わからないことはまだまだあるのだ。障害者をバカにした発言をしたり、ホームレスを汚い臭いと社会からシャットアウトしてしまう前に、少しでいいから相手と接した方がいい。そして彼らと友達になったとき、親友や家族あるいは自分自身がそういう境遇になったとき、同じような差別発言が出来るのかどうか考えた方がいい。出来ないのであれば、たとえ心の片隅に差別的な考えがあったとしても、それをそのまま口にしないでくれ。それは偽悪だ。出来るという人には何も言うまい。
気のせいならいいけどWEBには偽悪、露悪を気取る者が多すぎないか? それを賞賛する者が多すぎないか? 僕は対抗勢力として精一杯偽善を撒き散らす。すすんで偽善者の冠をいただくよ。そうしてバランスが取れるならそれでよし。歯の浮くような話ばかりでも、胸が悪くなるような話ばかりでも、理屈っぽい原則論ばかりでも気持ち悪いだろう?
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