
なんだかえらくだだっ広くて人数が多いなと思ったらここは国立競技場。入場者数は目標にちょっと足りない9万1千人(!!)。日本の格闘技史上最大規模で行なわれた『Dynamite!』だ。
千駄ヶ谷駅から競技場に向かう途中、裏門からSPに囲まれて出てきた猪木に遭遇した。「おいおい、試合見ないで帰っちゃうのかよ」と思った。しかしこれが伏線だったとは……。途中休憩が終わった後セレモニーがあったのだが、この演出が観客の度肝を抜く派手なものだった。真っ暗な夜空を照らすサーチライト。遥か上空にぽつぽつと見える異様な浮遊物体。パラグライダーだ。急に失速して観客席に突っ込むかと見えた瞬間(実際絶叫に近いものがあがった)、鮮やかに態勢を立て直して競技場に舞い降りる。1人、2人、3人とパラグライダーが競技場に降り立ったかと思うと、オーロラビジョンに見慣れた顔が大写しされた。猪木だ!猪木がパラグライダーに乗って上空を舞ってる!ここまで派手な登場はかつてない。会場の盛り上がりは頂点に達した。
そしてそれを半分冷ややかに見る僕がいる。ふん、また猪木登場で大盛り上がりかよ。試合そのもので盛り上げないでどうするよ。こんなことばっかりやってて格闘界が本当に盛り上がるのか?こんなもん格闘ヲタの内輪ウケだ、と。いつもだったらこのままイライラを募らせて帰る事になってたんだが、今日はそうはいかなかった。実に素晴らしい試合を見ることが出来たのだった。
期待していたシュルトVSホースト、フライVSバンナ、桜庭VSミルコも良かったのだが、今日はとにかくアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラVSボブ・サップに尽きる。この試合を見られただけで生きてた甲斐があったというものだ。僕はこのカードが決まった瞬間からボブ・サップの勝利を確信していた。僕の持論は「強いヤツは何をやっていても強い」だからだ。身長2m体重160kgのボブ・サップに対してノゲイラは191cm105kg、実にその体重差は55kgである。55kgの体重差は人対人では試合が成立するギリギリのラインだと僕は思っていた(先日PRIDE21では田村潔司が体重差80kgでボブ・サップに瞬殺されている)。格闘技通の間では30kgくらい差があったら全ての技が無効化されるという説がまことしやかに唱えられているが、これは同程度の力量があっての話だ。元アメリカンフットボーラーであるボブ・サップには技術は全くない。あるのは人間離れした体格だけだ。そしてノゲイラには世界最高峰と言われる関節技のテクニックがある。これだけの条件が揃って、初めてボブ・サップはまともな試合が出来ることになる。僕はサップの底知れないパワーの全てが見たかったのだ。そしてもうひとつ。万に一つもノゲイラに勝ち目はないが、関節のテクニックでどれだけサップを苦しめる事が出来るだろうか、という部分に興味は集中していた。
試合序盤は僕の予想通りの展開となった。文字通りの「巨獣」ボブ・サップは滅茶苦茶に手足を振り回しているだけで十分強い。世界最強の人間といえども野生の虎には決して勝てないのと同じ理屈である。サップの巨岩のような拳が幾度となくノゲイラの顔面に振り下ろされた。みるみるノゲイラの顔が形を失っていく。得意とする「下からの関節技」もことごとくサップのパワーに弾き返されていった。
僕の後ろの席の観客が「そこで三角絞めだ!」と叫ぶ。僕は即座にあの巨獣に三角絞めは絶対に極まらないと呟いた。ノゲイラが観客の言葉に動かされるように三角絞めを試みる。サップはまるで腕にまとわりついた子猿をふるい落とすかのように、軽々とノゲイラの100kgを超える体躯を持ち上げ、そしてマットに叩きつけた。どよめきが国立競技場を埋め尽くす。こいつは本物の怪物だ……。ノゲイラのタックルが上から潰される。サップはそのままの態勢からノゲイラを抱え上げ、パワーボムを炸裂させた。恐らくボブ・サップにパワーボムをやったという意識はないはずだ。単に下にいたから抱え上げた、抱え上げたからマットに叩きつけた、それだけだ。競技場にいた者が頭に思い描いた言葉は「恐怖」だったと思う。それほどにボブ・サップのパワーは桁外れだった。
ノゲイラはなんとか最初の1ラウンド10分を生き延びた。僕は奇跡だと思った。マウントポジションとは程遠い、単に「上に乗っかってるだけ」の状態から繰り出されるパンチで、ノゲイラは死ぬ可能性すらあった。僕がレフェリーだったら試合を止めたであろう瞬間が何度もあった。しかしなんとかやりすごしたのだ。ノゲイラ自身「もうダメだ。もう一度顔を打たれたらタップしよう」と思ったに違いない。明らかに顔面攻撃に気力が萎えたと見えるところがあったのだ。しかし2Rに入って状況は少しづつ変わってきた。サップに疲れが見え始めた。全ての関節技をパワーで弾き返したツケが回ってきた。
「腕ひしぎ逆十字しかない。それしかこの怪物に勝つ方法はない」試合中、僕がずっとぶつぶつ呟いていた言葉だ。しかし腕十字に持っていくにはそれなりのお膳立てが必要だ。単に寝転がせば腕を取れるというものではない。ノゲイラは死をも想像させる顔面殴打に耐え、ついに巨獣ボブ・サップの体力を根こそぎ奪い取った。腕十字が極まるお膳立てが整ったのだ。ノゲイラ最後の渾身の腕十字がついにボブ・サップを捕らえた。怒号のような歓声があがる。この腕を伸ばしきれば勝ちだ。伸びるのか? それとも巨獣のパワーはまたもこれをはね返すのか? その瞬間、僕はリングに閃光を見た。
試合が終わった後、僕は一種の虚無感に襲われた。世界最強という称号は、かくも過酷な試練を経ねば受けられないのか。サップの全てを引き出した、ノゲイラの折れない心に最大級の拍手を送る。君は紛れもなく世界最強の男だ。たとえ将来君が負けようとも、この称号は永遠だ。
私信。ヘンゾの腕は折れてないです。あれはチキンウィングアームロックを極めたまま押し倒した時に関節がはずれただけ。あれ、多分痛かったらギブアップしてたと思うけど、はずれかたの妙と脳内麻薬のせいであまり痛くなかったみたい。すぐに元に嵌ったし。そして桜庭はいつまでたっても試合を止めないレフェリーに対して、平然とした顔で「腕、外れてますよー。大丈夫ですかー?」と話し掛けたのでした。セコンドは見てないです。そしてヘンゾは試合後「桜庭は日本のグレイシー。負けを認める」と発言し、セコンドについた弟のハイアンは「桜庭は脱臼した兄貴にそれ以上執拗に攻撃を加えずレフェリーストップを要求した。これは尊敬に値する」と発言しました。ま、正確にはヘンゾとハイアンは直系のグレイシー一族ではないんで「絶対負けを認めないグレイシー」とはちょっと違うんだけど。
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