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2002年09月09日

よかったよかった

ちょっとタフな2日間だった。

僕がバイト時代に右腕として頼りにしていたアカネから電話があった。「明日ワーカセさんが私の家に正式に挨拶に来ることになりました。明日の月例会(飲み会)でみんなに報告するけど、アニさんには先に電話で話しておこうと思って」そうか、ついにアカネも結婚か……。バイトに採用された時は19歳で最年少、みんなに可愛がられてる子供みたいな存在だったのに……。感慨深い。僕のアカネに対する感情はほとんど家族愛に近い。普段は子供っぽい笑顔と舌っ足らずな喋りでアホっぽく見えるが、仕事は誰よりも真面目で有能、芯が強くてしっかりと自分を持ってる大人だ。歳は僕より全然下の女の子だが、ある面では尊敬すらしている無二の親友だ。しかしワーカセも明日は一世一代の大舞台だなー。緊張するだろうなー。アカネのお父さん、厳格でおっかねえし。明日の月例会が楽しみだ。

と、のんきに思っていたのだ。しかし当日の朝に大変な事になった。ワーカセから電話が入る。「すいません、アニさん。今日の月例会行けなくなりました。アカネが車にはねられました。今どういう状況か俺もわかりません。とにかく今から病院に行ってきます」初めは冗談だと思ったのだが(ワーカセはこういう悪趣味な法螺が大好きな男なのだ)、どうもそうではないらしい。僕は生憎仕事中だったので放り出すわけにもいかず、とりあえずワーカセからの続報を待つしかなくなった。しかし心中は仕事どころではない。肉親にも等しいアカネにもしもの事があったらと考えると息が出来なくなりそうになる。3時間後もう一度ワーカセから電話があった。「とりあえず大丈夫そうです。外傷もないし骨にも異常はないみたいです。ただ全身打撲とショックで喋る事すらままならない状態です。今日は大事を取って入院するみたいです」ほっ……。結婚を決める大事な日に大きな怪我が無くてよかった。交通事故で顔に大怪我を負い、片目を失明した若い女の子のドキュメンタリーが以前TVでやっていたのだが、それを思い出して背筋が凍る思いだった。とりあえずさっさと仕事を終わらせて病院に向かおう。この目で確かめないとどうにも安心出来ない。

少し不安な思いで病室にたどり着くと、アカネの両親とワーカセが暗い顔をしてベッドを取り囲むように座っていた。ワーカセの場違いな挨拶用のスーツ姿が悲しい。今日は挨拶どころでは無くなってしまった。ベッドを覗き込むとアカネの姿がない。急に気分が悪いとうったえて頭のCTスキャンをもう一度精密にやることになったんだそうだ。じわじわと不安が押し寄せてくる。

いつもはおっかないお父さんも今日は一回り小さくなって俯いていた。随分昔の話になるが、僕はアカネのお父さんに胸倉掴まれて殴られそうになった事がある。夜遅くまでバイト仲間と遊んだ後、アカネを車で家まで送っていった時だ。僕としては若い女の子が一人で夜道を歩くのは危険だからという思いで送ったんだが、お父さんにしてみればむしろ逆で「こんな遅くまで娘を連れ回したわけのわからない男」に思えたんだろう。その時は僕も頭に血が昇ったが、自分が親の立場だったら同じ事をしたかもしれないなと後になって思った。

病室で背中を丸めていたお父さんはいきなりその時の事を話し出した。「あの時は失礼な事をして悪かった。ずっとお詫びしようと思ってたんだ。いつも娘によくしてくれて有難う」言葉も無い。

事故の話を聞いた。交差点を斜めに横断しようと歩いていたアカネに、右折してきた車が突っ込んできたんだそうだ。7〜8メートルもはねとばされて道路に叩き付けられた。相手は37歳の主婦で2人の子供が同乗していた。タクシー運転手であるアカネのお父さんは相手の気持ちもよくわかるんだと言った。「事故を起こして辛いのは向こうも同じだ」と。「でもな、俺にとってはアカネは宝なんだ。いくら向こうが申し訳なく思っていても親として許せない」とも言った。気持ちはワーカセも僕も一緒だ。お父さんにとっては宝のような娘であり、ワーカセにとっては宝のような未来の奥さんであり、僕にとっては宝のような親友なのだ。

結局その日はすぐに病室をあとにした。検査が終わるまでどれだけ時間がかかるかわからなかったし、僕みたいな部外者がいつまでも残っていては家族も気詰まりだろうから。しかし心配が残る。頭を打って気分が悪くなるというのは良くない兆候だ。

翌日の朝ワーカセから嬉しい報せが入った。「大丈夫そうです。CTの結果も異常なしでした。今日は昨日より随分元気です。お見舞い行かないでも平気そうですよ」そうは言われても一目会っておかないとどうにも安心できない。またのこのこ病室に顔を出した。そういえば見舞いの品すら持っていってない。社会人失格だな。昨日はもぬけのからだったベッドにアカネの姿があった。いつもどおりの笑顔だ。よかった。安心した。気分が悪くなったのは脳震盪の影響で、2〜3日は頭痛も取れないかもしれないのだという。全身の打ち身もひどく、かなり痛そうだったが普通に話せた。

今時TVドラマだって、婚約の日に交通事故なんて展開はありえない。でもドラマティックな出来事のおかげで、普段気にも止めない身近な人の愛情を再確認出来るんだな。大事に至らなくて本当によかった。今はなんだか晴々とした気分だ。



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