
首相の訪朝以降、うすぼんやり考えてる事なんだけど。
犬とか猫にはいろんな種類(品種?)がある。圧倒的に犬の方が種類は多くて数百種、猫は多分百種に満たない。人間が血統管理して作り上げた人工的な種だ。面白い事に犬猫は種類によってはっきりとした性格の違いがある。例えばアビシニアンという種類の猫はとても人懐っこくて従順で音に敏感、ペルシャという長毛種は温和で物静かで控え目。猫は一般的に水を嫌うが、ターキッシュバンという種類の猫は水遊びが大好きだ。個体によってはもちろん例外もあるにはあるんだが、品種による性格の違いはこんな風に一言で済ませられるほどはっきり存在している。試しにアビシニアンを10匹飼ってみるといい。9匹までがさっき挙げたような性格を有しているはずだ。
人間による血統管理は主に犬猫の見た目に注目して行なわれている。アメリカンカールやスコティッシュフォールドという猫は耳が垂れていたり外側に向かって丸まっていたりする。こういった見た目を重視した血統操作が、結果的に性格的なバラエティさえも狭くするという事実はどう捉えたらいいのだろう? これは人間に置き換えると人相学の実効性を裏付ける事になるんだろうか? 近親婚は性格に影響を与えるんだろうか?
人間の性格というものは環境によって後天的に形成されると考える人は多いと思うが、犬猫を見ているとこの認識がぐらぐらと揺らぐのだ。もちろん犬猫と人間をいっしょくたに考えても意味はない。人間の後天的性格を担う大脳新皮質は巨大で、生まれながらにもっている性格を覆すだけの余地を十分に持っている。しかしそれでも尚「生まれながらに持っている性格」というのは存在するんだろうな、と推測できるわけだ。それを形作るのは肌の色を基準とした「人種」であったり、地域的な血統偏向(今作った言葉だ)を基準とした「民族」であったり……。
僕の中に静かに眠ってる「生まれながらに持っている性格」が時折顔をのぞかせる。いくら頭でわかっていてもどうしても止められない感情が噴出することがある。そんな時に穏やかな時間を与えてくれるのが犬猫だというのは何の皮肉なんだろう。
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