
妹夫婦がTUMIの旅行用ホイールバッグ(黒)を買いまして、たかが旅行カバンに11万はイカレてるんじゃないかって話なんですが、僕もちゃっかり出資して「いつでも使える権」を獲得いたしました。韓国旅行はこれでOK。こんなもんそう毎日使うもんじゃないし、かといって安物買って後悔したくないし、シェアってのはいい案ですよね。TUMIってのは男(それもビジネスマン限定)の憧れブランドなわけなんですが、ブリーフバッグとかPCバッグは、それ系の人が持つと異常におっさん化ヲタ化するので注意が必要です。そういった意味でギリギリの選択。名付けてギリギリブランド。
なんつーかこう、ブランドって「日本人はブランド狂い」「経済レベルに合わないモノを所有するのはあさましい」とか負のイメージで語られる事が多すぎません? 「ブランド」ってものに対する考え方の話なんですが、RPG的発想でブランドを捉えすぎな気がするんですよ。例えばLOUIS VUITTONのボストンを買うとします。そうすると経験値が10くらいしかないスライムレベルの女子高生でも、防御力が20ポイント増えて吹雪に強くなるとか。素っ裸の自分が持ってる能力値を底上げするアイテムとしてのブランド、って考え方です。それももちろんアリなんですけどね。僕自身、時計買ったときはドラクエで言う「いのちのいし(死の呪文をかけられたとき、身代わりとなって砕け散る)」を装備したような気分になりましたし。でも世間一般では、そういう底上げは結局インチキに過ぎないからイカンと、そんなのに金かけるなら自分を磨けと、そういう論調が大勢を占めてるわけですよ。
しかしね、「ブランド」って言葉と「高価」って言葉をごっちゃに考えてやしないかと、僕はそう問いたいわけです。要するにあんたらの言ってる能力値ってのは経済力の事ちゃうんかと。経済力のない女子高生が、援交なんつー手段で高価なブランドを買い漁るのはけしからんって云う事ですよね? ああ、確かにその通りですとも。んでもそればっかりでブランドを語ったらブランドが可哀相なんですよ。LOUIS VUITTONが可哀相。
ブランドっつーのは辞書で調べると「銘柄。商標」とあります。つまり名前ですな。要するにブランドとは、あるモノの名前がそれ自体で力を持つって事であります。全く触ったこともない、見たこともない、でも名前は知ってる、だからそれを選ぶ。選択者にそういう行動を取らせる力を持ったモノの名前、それがブランドと呼ばれるわけです。って事は、それだけ多くの人に名前を知られるだけの良さがあったって事であって、それと値段とはまた別の話なんですよ。昨今「ブランド狂い」とか負のイメージで語られるブランドは、たまたま値段が高価なものだったというだけの話になるわけですな。
となると問題は、ブランドを評価する者の主体性の話になります。あの人がイイと言ってたからイイに違いないという、思考停止をしてる者にブランドを所有する資格はないし、逆に言えば、ブランドとはそれを手に入れた者によってしか評価され得ないモノでもあるわけです。だから使った事もないのに特定ブランドを貶す者はバカだし、使った上であんまり良くないなと思ったにも関わらず「でも有名ブランドだから…」と使い続ける者はバカなのです。ブランドとは、手に入れ、そして自分で評価を下すべきモノなのです。その評価がブランドの力を再生産するという、参加型のゲームなんです。
僕が宮本茂というブランドを無条件に手に入れ、執拗にそれに対して評価を下し続ける事の意味。
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