
さー、今日も元気に糞長い文章垂れ流しますよー。
僕、文章書く時は、かーなり言葉に慎重です。推敲もしつこくします。でも喋りってリアルタイムだから、慎重に話すと妙にタメが長くなりますわな(どちらかと言うと慎重と言うより白痴に見える)。白痴に見えないギリギリのスピードで話そうと努力するわけですが、そうすると今度は失言が増えると。
言葉的若作りをしてるわけなんですが、やっぱりそこは30過ぎたおっさんなわけで、意識せずに喋ってると所謂死語がポロっと出る機会が多くなってくるのです。だから文章中では逆に、これでもかってくらい慎重に言葉のNG度を判定して危険回避してるのでした。
言葉のNG度判定には多角的アプローチがありまして、ひとつは「時代的恥ずかしい度(これが所謂死語)」、ひとつは「一般的認知度」。さらにこれが結構重要なんですが、「時代的先端度」などがあります。ま、どれも今僕が作った言葉ですけどね。時代的先端度ってのは死語の逆の事でありまして、今最も旬であるって事です。こういう言葉は数年先には死語の仲間入りをしていると予想出来るわけで、過去を振り返って恥ずかしい思いをしたくないのなら、使用を避けるのがスマートなのです。文章で時代の先端(とかそういう空気)を表現するのなら、単語そのものではなく組み合わせや言い回しで表現した方がベターです。古臭い例で恐縮ですが、かつて糸井重里氏が西武百貨店の広告で使った言葉、「ほしいものがほしい」なんかは正にこれに当たり、当時最先端の「時代の空気」を表す文章であったにも関わらず、今使っても全く違和感や恥ずかしさがありません。目指すべきはコレですよ、コレ。
死語度判定で活躍するのは「センスのないおっさん有名人」ですね。例えばフジTVで朝っぱらから妄言を撒き散らしてる小倉智昭、あるいは発した言葉全てが滑ってる相川欽也、ここら辺りの位置付けのおっさんが使い始めたら、その言葉は完全に脳死状態と判定されます。まだ息はあるけど治る見込みが全くない言葉。彼らの使用を確認した時点で、以後は決して使ってはなりません。
手前味噌って言うか、こりゃもしかしたら僕が発案者?とか妄想気味に思い込んでるんですが、僕は「イケてる」って言葉をかなり昔から(15年くらい)好んで使ってました。言葉自体に先端性がなく「言い回し」の部類に入る言葉なので、かっこいいという意味で使うのに好都合だったのです。しかしさすがに今のように世間の話し言葉として定着し、おっさんどもが若者におもねるように使用しているのを見ると、もうこの言葉は消費し尽くされたのだなと思います。立派に死語認定です。このように、慎重に先端性を排した「言い回し」すらも死語として成立するという事は覚えておく必要がありましょう。
しかし死語は「昔はそれ、死語だったよね〜」という逆転の利用法で俄かに息を吹き返す事があります。気恥ずかしさ、かっこ悪さ、脱力を表現する手段としてこんな使用法が考えられます。「ねえねえ、アニ昨日何やってたの? 電話しても全然出ないし」と聞かれ、「ああ、ごめんごめん。ちょうど北千住のディスコでうんこ漏らしてた」とかね。これはアリですよ。ここで重要になってくるのが「一般的認知度」ってやつです。ディスコという言葉は、それが死語であるという事が広い年齢層に認知されてます。「クラブ」じゃなくあえてディスコを使う事に意味を持たせることが出来ます。
一般的認知度が低いとこれがなかなか成立しません。例えば僕が17歳の女子高生と話をするとしましょう。「へー、アニさんってそういう服も着るんだ? ちょっと驚いた」と言われ、わざとハズして「うん、ナウいでしょ」。これは激しくナシです。絶対ダメです。つーか自分自身今書いてて顔から火が出てます。「ナウい」っていう死語の、絶対死語レベルが未だにバカ高いってのもあるんですが、恥ずかしいのは、その女子高生が「ナウい」って言葉を知らない事。それが死語であるという知識そのものがない事です。
仮に「ナウい」という言葉が、その時世界で初めて使われた新語であったとしても既に十分恥ずかしい響きを持つ言葉なのに、実はそれが大昔使われていた死語だという事実。あえて恥ずかしい言葉を使うという自虐的ギャグが理解されずに空回りしているという事実。二重三重に恥ずかしい理由はここです。悶絶死します。日テレ『ザ・ワイド』で加藤タキが「ナウい」と言う言葉を素で使っているのを聞いた時、僕はその日一日自分の事でもないのに恥ずかしくて仕事が手につかなかったくらいです。一般的認知度は年齢的認知度と言い換えてもいいかもしれません。同世代以外の人と話す時は、相手がその言葉を知っているかどうかは慎重に見極める必要があります。
一番難しいのはファッションに関する言葉。今僕の中で微妙なのは「ズボン」ですね。一般的な認識としての死語レベルは「ズボン>パンツ」という感じで、パンツの方がどっちかというとマシな言葉として捉えられているのかもしれませんが、これはいつなんどき逆転するかわかったもんじゃありません。「うへ、こいつ何パンツとか言っちゃってんの? 80年代のブランドブームの洗礼受けちゃったクチ?」とかね。「男だったら格好つけずにズボンって言え」っていう雰囲気がいつ起こってもおかしくないわけです。その見極めが出来ない現在、慎重派の僕はそもそも「ズボンorパンツ」を穿かないという方法を取っています。穿いていなけりゃ言葉にする必要もないから。何を穿いてるのかって? ジーンズだったり革パンだったりです。こいつらは個別に名前があるから、「ズボンorパンツ」で悩まずに済むわけですよ。革ズボンとは絶対言わないですし。
婦女子の皆さんも、調子に乗って「ミュール」とか履かない方がいいっすよ。10年後に「あなたは10年前、何を履いていましたか?」って聞かれた時どうすんですか。「サンダルorミュール」で死ぬほど悩む事になりますよ。自信満々で「あ、ミュール履いてました」って答えたら、場合によっては「ぷぷっ。確かにあの当時はミュールってみんな呼んでましたけど、アレって結局サンダルですよね? 今時ミュールとか言ってる人いませんよ? トックリのセーターくらいいませんよ?」とか言われる可能性もあるのです。あるいはその逆もあるわけです。
ファッション語にはこんな風に中途半端に死んでて、使っていいのか悪いのかわかりにくい言葉がたくさんありますね。「ブルゾンは絶対やばいよなー、かといってジャンパーもどうだろう。今時ジーンズのこと気取ってデニムとか言ってOKなのかなー。B-BOY系とか言葉が生まれた瞬間から既に恥ずかしいんだけど、これはまだアリなのかなー。あーそんな事考えてたら何もかも使えない気がしてきたよ。プルオーバー、ジップアップ、パーカ、ジャケット、スェット……。どれがOKなんだよー。わかんねーよー」みたいなね。そういう時は裸で暮らすと。
というわけで、言葉で恥ずかしい思いをしないためには、ヌーディストクラブの一員として素っ裸で暮らせばよろしいという結論が出ました。ふう、完璧。天才。
↑3000字。グハ
訪問者の半数がボブサップを検索して来てるという凄い状態。
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