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2002年11月28日

スクウェアエニックス

スクウェアエニックスについての記事がスポーツ新聞にでかでかと載ってて驚きました。ゲーム業界だけじゃなくて一般ニュースとしても話題性でかいんですね。昨日もちょっと書きましたが、「ゲームわかんね」という人向けにもう少し詳しく書きます(僕もあんまりよくわかってないけど)。スクウェアが『ファイナルファンタジー(以下FF)』シリーズ、エニックスは『ドラゴンクエスト(以下DQ)』シリーズを発売している会社で、ゲーム業界の2大メーカーです(さすがにこれくらいは知ってますよね)。

エニックスという会社は1983年に「ゲームホビープログラムコンテスト」というものを開催して、入賞したPCゲームの作品をそのまま発売するというシステムで名前をあげたメーカーです。当時としては破格の賞金(最優秀が100万円→後に500万円)と、印税12%を入賞者に支払うという条件のために優秀なクリエイターが多数集まりました。中村光一氏はこのコンテストに入賞した『ドアドア』1本で実に2000万円以上の印税を手に入れたそうです。ちなみにこの時、中村光一氏は高校生(!)でした。

現在はゲーム作りというのは大人数による分業制が当たり前ですが、当時はほとんどの場合、ゲームデザイン、グラフィック、プログラム、サウンドが全てたった一人の個人によって作られていました。エニックスはこういった天才的ゲームクリエイターをコンテストによって一本釣りし、コンテンツの外注先としてパイプを作っていったのでした。このスタンスは今に至るまで全く変わらず、パブリッシャーとしての立場をずっと堅持しています。つまりエニックスは自社でゲームを開発する能力はないのです。ちなみにこのコンテストの入賞者にはDQで有名な堀井雄二氏や先ほど挙げた中村光一氏、『森田将棋』の森田和郎氏、『新・鬼ヶ島』の橋下友茂氏など、錚々たるメンバーが揃っています。

エニックスは「外注ゲームの版権を管理する会社」と言えると思います。ゲーム以外にもDQ関連のキャラクター商品などによる収入が主です。

対してスクウェアは元々がクリエイター集団の会社です。電友社という、電気会社のソフトウェア開発部門が独立して出来たのがスクウェアで、FFで有名な坂口博信氏は開発部門時代にアルバイトとして働いていました。独創的なアイデアでいいゲームを連発していたんですが、エニックスのような話題作りに弱く、FF発売まではかなりの弱小メーカーでした。FF以降はとんとん拍子でソフトが売れ、どんどんクリエイターを自社で抱えるようになりました。エニックスとの最大の違いはここです。

しかし2001年、映画『ファイナルファンタジー』の興行的大失敗によって経営が非常に苦しい状態に陥ったのはご存知の通りです。SCEI(SONY)引き受けの第三者割当増資を行なったり、エニックスに限らずナムコにも提携を呼びかけるなど、なりふり構っていられない状況だったのは明らかでした。で、ここに来てのエニックスとの合併は新聞報道にある通り「存続会社はエニックス」ですから。つまりものすごく簡単に言ってしまうと「スクウェアはエニックスの外注先になった」って事になるんだと思います。

で、ゲーマーとしてはこれをどう捉えればいいのかって問題ですが、ゲーム業界におけるSONYの地盤が強固になると考えるのが妥当なのかもしれません。ゲームがゲームじゃなくなる第一歩と言うか。これに対抗する純血のゲーム屋勢力は任天堂、カプコン、セガのラインになるんじゃないでしょうか。すんごい適当ですけど。

合併の記者会見ではこんな象徴的な発言がありました。「ユーザーが想像もできなかったような、新しいカタチのデジタルコンテンツを提供していきたい」もうね、アホかと。バカかと。ゲーム屋なら自信持って「新しいカタチのゲームを提供していきたい」って言い切れよと。デジタルコンテンツなんていう口当たりのいい言葉で、映画事業を夢見たためにスクウェアは死んだんじゃないんですか? なんだか全然ワクワクしてきません。ゲームに似た薄っぺらな何かが「ビジネスビジネスビジネス」とぶつぶつ呟く賽の河原。ほら見えてきた。



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