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2002年12月01日

ヒーロー

桜庭和志の永遠のヒーローはタイガーマスク。僕の永遠のヒーローはウルトラセブンだ。誰よりも強く、そして優しい憧れのヒーロー。もちろん大きくなったらウルトラセブンそのものになりたいなんていう、いかにも子供じみた事は思わなかったけれど、男として人間としてそういう強さ優しさを持ちたいと願っていた。ま、誰でもそういう存在、心のヒーローはあるよね。

子供心にショックだった事がある。ウルトラセブンから7年後に放送されたウルトラマンレオだ。あまりに古くて誰も知らないかもしれないけど、ウルトラマンレオにはセブンが格闘技の師匠として出てくる。当時はウルトラマン人気に翳りが見えてきていて、円谷プロには予算がなかった。だから派手な光線などの特殊効果がなかなか思うように使えなくなっていた。苦肉の策で、ウルトラマンレオは光線などをほとんど使わなくても済むように、格闘技(肉弾戦)が得意という設定を採用したのだった。

ウルトラマンレオ第1話。いきなり僕の永遠のヒーロー、ウルトラセブンは窮地に陥っていた。敵の猛攻撃を受け、瀕死の状態だったのだ。それをレオが救い、セブンは地球の守りをレオに託す。そして以後はレオの格闘技の師匠として、様々な技をレオに授けるのだった。ここまでだったらいい。しかしウルトラマンレオには、子供だった僕にとっては少々残酷な設定が用意されていた。第1話の闘いが原因でセブンは重傷を負い、変身すら出来なくなり、いつもモロボシ・ダンという人間の姿で松葉杖をつくようになってしまったのだった。何も子供番組でこんな現実的な設定にしなくても……。

こう書くと「なんだ、そんなことか」って感じかもしれないけど、当時の僕のショックはちょっと言葉では言い表せないくらい大きかった。誰よりも強くて優しかったあの憧れのヒーローが惨めな人間の姿で松葉杖をついている。思うように動かない足を、歯を食いしばって引きずっている。とても見ていられなかった。レオ(の人間の姿、オオトリ・ゲン)を特訓して技を授けているときも、僕には「自分の体が動かない事に苛立ってレオをいじめている」ようにしか見えなかった。セブンの苦しみは、まるで自分自身の苦しみのように重かった。

PRIDEで高田延彦が無様に負ける度に、僕はウルトラマンレオに出ていたセブンを思い出していた。強いヒーローはずっと強いままでいてほしかった。やっと彼の惨めな姿を見なくて済む。多分リングで涙を流していた田村の心の片隅にもそういう思いがあったんじゃないかな。現実って、泣きたくなるくらい残酷だね。


miffeyパパからの情報。

後年、モロボシダンを演じた森次晃司さんが、「レオに登場する、陰湿になってしまったダンは、ボクは嫌いだ」とおっしゃってました。ダンという存在に一番近い、 そして(たぶん)ダンという存在をもっとも大事にしていた人物の言葉、説得力がありますな。

切ない。つーか勝手に匿名メール公開しちゃってごめんね。



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