
僕も(も?)ある友人の事を思い出した。Tというその男と知り合ったのは中学の時だった。俗に言う不良グループに属してるヤツだったが、腕っぷしはからきしで実は気弱な男だ。なんでこんなごくフツーのお坊ちゃんが不良グループと付き合ってるんだろう? と当時の僕は思っていたが、今考えると「家庭環境」ってやつなのかなぁと思う。Tはいつも大金を持ち歩いていて、仲間に気前良く奢る。僕からすれば羨ましいの一言だったが、本人にしてみれば寂しさを埋め合わせるための悲しい金だっただろう。母親は何を生業にしているのか知らなかったが、とにかく家にいたためしがない。家にいてあげられない分、存分の小遣いで罪滅ぼしか。安物のドラマみたいだ。母親がいないのをいいことに、不良グループはいつもTの家にたむろした。金もある、たまる場所もある。グループのガキにとって、Tは都合のいいスポンサーみたいなものだった。
Tは信じられないくらい勉強が出来なかった。学校一のバカは誰かという話になると必ずTの名前があがる。運動も出来なかった。中1で陸上部に入ったが、きつい練習についていけず、すぐに辞めた。唯一Tに誉めるところがあるとすれば、それは人懐っこい笑顔くらいだったろう。しかし見る人が見ればそれは媚に見えたかもしれない。うっとおしいと感じる者もいたかもしれない。僕自身はTに対して何の感情もなかった。親友と思っていたわけでもないし、かといって他人とも思っていない。微妙な距離感があるクラスメートといった感じだった。
「オールナイトフジ」という鼻糞みたいな番組が土曜の深夜に放送されていた。僕らはこの鼻糞が大好きだった。僕は不良グループに片足を突っ込んでいたような、そうでないような微妙な立場だったが(この辺の話は『回顧録』に書いた)、たまに鼻糞目当てにTの家に遊びに行くことがあった。Tが「今日はすごいビデオがあるぞ。オールナイトフジなんて見てる場合じゃない」と言う。聞いてみると『洗濯屋ケンちゃん』という裏ビデオを入手したんだそうだ。知ってる人は知ってるだろうが、裏ビデオ黎明期の金字塔とも言われてる当時の名作だ。世に出てすぐにTは入手した。常にこういう話題作りをしないと「仲間」が離れていってしまうと思っていたのかもしれない。とにかく何人かのガキと僕が食いついた。
初めて見る裏ビデオは衝撃だった。どいつもこいつも「俺はこんなの見慣れてるぜ」という顔を装っていたが、内心は興奮しきっていたに違いない。必死に網膜に焼き付けて、お土産にするつもりなのがバレバレだ。ビデオが先に進むにつれて「うわ、すげえ、こいつデカくない?」「ダースベーダーみてえだな(?)」「えええ?女もこうなるのかよ?」などと中学生らしい言葉が出てくる。この時のTの顔が僕は忘れられない。皆を喜ばせることが出来た満足感と、しかし皆との間に厳として存在する距離を憂う気持ちとがないまぜになった表情。
僕とTはクラスが違ってからほとんど交流がなくなった。それぞれにいろいろな問題を抱え、悶々と学校生活を送った。Tの最大の問題は進路だったろう。彼の学力ではどう考えても高校に行くことは不可能だ。噂では母親がどうしてもTを高校に入れたがっているという話だった。教師も頭を抱えた。最後に出た結論。私立の全寮制高校。無試験で入れるという話だ。僕にはどんな学校なのか想像もつかなかった。東京ではない。三重県だったか、確かその辺りの、当時の僕らからすれば「どこか遠い所」の高校に行くことになった。おそらく全国から問題児どもがわらわら集まってくるんだ。僕は身震いした。
高校入学後、最初の夏休みにTは自殺した。剣道部のいじめとしごきが原因だった。裁判で学校の責任が問われたが、「本人が数日前に自殺未遂したことを学校側は知らされていなかったうえ、本人にも死をうかがわせる深刻な表情がなく、学校側が自殺を客観的に予見できる状況にはなかった」として、最高裁で訴えが棄却された。
「本人にも死をうかがわせる深刻な表情がな」かったか。僕にはその表情が想像できた。
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