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2003年02月28日

千台図書館

図書館

頭上で嘲笑う太陽を避け地下鉄に乗る。東光駅で降りる。吹き出る汗をパイル地のハンカチで押さえながら、気が遠くなるほどクソ長い地下通路を歩いていると突然すーっと汗が引いていくポイントがある。そこが千台図書館だ。その先にも通路は続いているけれど、一体どこに出るのかは知らない。どこにも出ないのかもしれない。傾斜があるからどんどん地下深くに行くのかもしれない。考えただけで暑苦しくなる。耐えられない。

重い鉄扉を開けるといつものように埃と黴の臭いが出迎えてくれた。丁寧に挨拶を返し(舌打ちだ)、開架式の棚をぶらぶらと冷やかし、奥にある自習室に向かう。最近の図書館は自習室を設けない所が多いらしい。図書館の蔵書には何の興味もない学生が、試験勉強と称して席を占領するからだ。割を食ってる(と主張する)社会人だって似たようなもんだ。目的通りに機能する空間なんて監獄だけだ。

僕の目的は静かに本に目を落としていた。微かに浮かんでいる表情から、本の内容を推測してみる。多分小難しい学術書だ。でも笑っている。小難しさを楽しんでいる表情だ。さりげなく正面の席に座り、わざとらしく眼鏡を拭いたりしてみる。しかし彼女が周りに気を取られるということはない。僕という存在は、彼女の世界には存在していないのだ。それがどうにも自分の中で処理できなくて、こうして毎日陰気な図書館なんぞに通っている。

頭の半分で本を読み、もう半分で彼女との付き合いを夢想する。話したい事がたくさんある。彼女はあの静かな微笑で僕を迎えてくれるだろう。僕の話を真剣に聞いてくれるだろう。そういう光景を頭に浮かべ、ようし今日こそは話し掛けるぞと意気込んではみるものの、結局何をきっかけにすればいいのかわからなくてまた夢想に戻る。そして閉館時間がおとずれるのだった。「さようなら、また明日」心の中で呟いて一握りの満足を得る。いつか彼女は僕の存在に気付く。何、焦ることなんかないんだ。話し掛けるのは明日でもいい……。

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今日もあの青年が前の席に座り、私に視線を送り続ける。わかっている。貴方が私に何を望んでいるのか、手に取るようにわかっている。貴方は自分という存在を認めてもらいたいのでしょう。図書館で難しい本を読むような女が、自分を認めたというその満足感が得たいだけ。それを恋だと思い込もうとしてる。貴方の中に私は存在していない。貴方は私という鏡を通して自分を見つめている。貴方が何を夢想しているかもわかっている。私に話しかけているのでしょう。私が微笑みを浮かべてそれを聞いているのでしょう。貴方は私のことを知ろうとしていない。孤独を癒す道具を求めているだけ。貴方は私を知らないけれど、私は貴方を知っている。さようなら、また明日。

彼の寂しげな背中が扉の向こうに消えるのを待ち、私は席を立った。本を返し、図書館を出る。目の前に広がる庭園は春になれば美しい花でむせかえる。でも今は真っ白な雪に閉ざされ、息をひそめている。足跡ひとつない新雪を踏みしめ通りに出た。バスを待つ。私は何をしているんだろう。何がしたいのだろう。



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