
note:1946年生まれ。中国人。代表作『男たちの挽歌』『フェイスオフ』『M:I-2』
「かっこいい」と「バカ」は正に表裏一体です。例えばの話、「道端に落ちてるカリントウ探しに命をかけた男たちの物語」なんて映画があったとしましょう。雨の日も風の日もカリントウを探し続ける男たち。志半ばで死んでいった友の無念を晴らすべく、彼らは全てを投げ打ってカリントウを探す。彼らの奇行に眉をひそめていた周囲の者たちも、いつしか彼らの情熱に心を打たれていった。一人、また一人と増えていく仲間。やれる、俺たちは必ずカリントウを見つけられる。絶対に! 友よ、俺たちを見守っていてくれ。必ず、必ずおまえの探したカリントウを見つけてみせる! 10年の歳月を経て、ついに掴んだひとつの手がかり。見過ごしてしまいそうな小さな小さな手がかりは点から線になり、ついにひとつの鍵となった。壮絶な半生を振り返り彼らの目は熱い絆を示す涙で濡れる。ついに、ついに見つけた。カリントウだ。俺たちは見つけたんだ! と思った瞬間、無情な現実が彼らを襲った。違う。これはカリントウじゃない。これは、これは……、犬のクソじゃないか! 俺たちの10年は一体何だったんだ……。友よ、許してくれ。俺たちはおまえの夢をかなえることは出来なかった……。エンド。
ジョン・ウーはかっこよさランナーのトップを快走しています。あまりに速すぎて(かっこよすぎて)、ついに周回遅れのバカランナーに追いついてしまっているのです。しかしここからさらにスピードを上げ、全てのランナーを2周回遅れにし、もうかっこいいんだかバカなんだかわけわからん状態にまで行っちゃってるところが凄いんですね。
『男たちの挽歌』('86)でのジョン・ウーのバカっぷりには目をみはるものがあります。熱い。あまりに熱くて観てるこちらが焼け焦げそうです。撮影しながら監督自身泣いてるんじゃないかと思うくらい激情迸る演出です。また、かっこよさを描くためにはリアリティなど糞食らえという姿勢がバカ丸出し(褒め言葉!)です。ウォシャウスキー兄弟の『マトリックス』('99)をはじめとしてほかの作品にも多大な影響を与えたと思われるこのリアリティ無視のかっこよさ追求ディテールをいくつか挙げておきましょう。
これらのディテールは後のジョン・ウー作品でもしつこく踏襲されています。トム・クルーズに請われて撮った『M:I-2』('00)は全編バカシーンの連発で、「俺はかっこいいアクションシーンを思いっきりスローモーションで撮れれば後はどうでもいいんだよ」というジョン・ウーの声が聞こえてきそうなバカ映画ですね。鳩、プロレス、車スピンなど、後々まで語り継がれるであろうバカシーンは、ここまでくるともう「誰も真似できない。っていうか、したくない。恥ずかしくて」といったレベルに達していると言えるでしょう。
ジョン・ウーと非常によく似たタイプの監督に、ロバート・ロドリゲス(代表作『デスペラード』『フロムダスクティルドーン』)という人がいます。彼もまた男の美学を過剰に演出するのですが、ロドリゲスの過剰さには「ここまでやれば逆に笑えるよな」という小狡い計算が入っていると僕は思っています。ジョン・ウーにはそれがありません。彼の美学に限界はないのです。
結論:ジョン・ウーは男の美学を熱く描かせたら世界一のバカ。「俺をかっこよく撮ってくだちゃい」とハリウッドの二枚目スターが群がるド演歌系美学番長なのです。しかし彼の撮る映画が本当にかっこいいのかどうかは誰にも判断がつきません。なぜならバカだから。ビバ、バカ!
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