頭が悪い僕が精一杯考えると、必然的に子供でもわかりやすいたとえ話にならざるを得ない。逆に言うとたとえ話を連発するヤツは頭が悪いということだ。
たとえばここにとんでもないヤツがいるとする。自分の快楽のためにはどんな手段も厭わない。妨げになるモノはなんとしても排除するようなヤツ。金のためになんの躊躇いもなく人を殺すヤツ。放っておくと、どんどん死人が増える。さて、こいつの身勝手な行動をどうやって止めたらいいものか。どうすればこれ以上死人を増やさずに済むのか。これは半分時間の問題だ。時間が長引けばそれだけ死人が増える。もう半分は武力に頼るか、話し合いに頼るかの問題だ。話し合いは時間が長引くが、物事の根本的な解決につながる可能性を秘めている。そいつが翻意して、「人を殺す事は悪い事だ。もうこれ以上人を殺すのはやめよう」と思うかもしれない。ただし、そうならない可能性の方が高い。武力行使は解決までの時間が早いが、物事の根本的な解決にはならない。そいつの足をぶった切り、自由を奪う。これ以上死人が増える事はなくなるが、そいつの考えまでは変えられない。むしろ武力行使をした側に対しての憎悪を増幅させて、問題の根本をさらに複雑にするかもしれない。
身近な警察とかに話を引き上げてみよう。警察は犯罪者に対して武力で対抗する。他人の生命財産を奪う武装した犯罪者に対して、丸腰では話にならない。また、経験的にこういった犯罪者に対して話し合いが有効でないことを知っている。とにかくそいつを武力によって制圧し、出来れば殺さずに自由を奪うことにしている。最悪の場合は殺してしまうこともある。これらの行動はごく当たり前の事と思われている。警察が武力で犯罪者を制圧することに対して反対を唱える者はいない。ひとつは警察は原則的に犯罪者以外の人間には武力を行使しないという認識があるから。もうひとつは最大多数の幸福のために一人の犯罪者の命がなくなることは致し方ないことだという認識があるから。そして問題解決のために、武力行使が実に有効な手段であることを感覚的に察知しているから。物事の根本的な解決とは、最大多数の幸福を脅かそうとする人間が一人も存在せず、且つ未来に渡ってそのような人間が現れないような状態を実現することだ。しかしその方法はみつかっていないし、恐らく今後もみつからない。その事実が、「武力行使が実に有効な手段である」ことを感覚的に察知させる理由だ。現実は残酷だ。話し合いで恒久的に解決できる問題というのは少なく、武力で一時的に解決される問題は多い。「武力では何も解決できない」のではなく、「武力は最大多数の幸福を短時間で実現するのに有効な対症療法」だと言う事が出来る。誰も殺されない世界という理想のためには、殺す人間を武力で制圧する(殺す)必要があるという矛盾を孕んでいる。
しかしこれが戦争というレベルの話に引き上がると、途端に判断がつかなくなる。死ぬのは圧倒的に無辜の民ばかりで。最大多数の幸福って一体何なんだという話になる。1億の命を救うためなら1千万の命は失われていいのかという話になる。たった一人の犯罪者を殺すために10万の命を犠牲にしていいのかという話になる。ここらへんが限界で、後はもうわからない。どうしたらいいのかさっぱりわからない。アメリカが国際社会の意見を無視してイラクを叩くのは悪いことなのかいいことなのか。反戦を掲げて話し合いを継続し、結果として自国の少数民族を虐殺してきたフセインを放置することになるのは悪いことなのかいいことなのか。独裁政治を許さず、世界の隅々にまで民主主義を武力で押し付けていく事がいいことなのか悪いことなのか。経済と言う名の見えない武力によって人が死んでいる事実には見て見ぬフリをし、環境破壊という名の見えない武力によって将来たくさんの人が死ぬという事実にも見て見ぬフリをし、目に見える武力だけに反対反対と唱えて平和主義者になったつもりでいいのか。もう何もわからない。
わからないなら黙ってろという話だな。すまん。無力だ。
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