
始めに。「プロパガンダ」という言葉を使うのは適当ではないのではないかというメールを頂きました。ちょっと他の言葉が考えつかなかった。プロパガンダという言葉を使わないと僕の言いたい事が言えないわけでは決してないので、代替の言葉があればすぐにでも書き換えたいと思います。
実効性のあるプロパガンダが大事というのはみんな思っていて、でもその方法がいまいちみつからなくて、みんないろいろ試行錯誤している。
毎回なんだが、戦争に関して何か意見を述べている人の中に「戦争が始まるといっせいにみんな反戦反戦って叫ぶけどさ、結局そのときだけなんだよね。終わったらどうせ忘れちゃうんでしょ? ええかっこしたいだけなんでしょ?」というシニシズムにとり憑かれてるのを見かける。そういう側面も無きにしも非ずだけど、プロパガンダとしては戦争中に反戦を唱えるのが一番効果が高いという事を失念していないだろうか。平和な時に「反戦! 反戦!」といきりたっても薄気味悪がられるだけだし、誰の興味も引けないから全然目的を達成出来ない。今反戦を唱えている人たちはもちろん今後起こるであろう戦争も視野に入れて頑張っているのだから、「ええかっこしたいだけ」で済ましてしまうのはあまりにひどい。問題はその「反戦反戦」とがなりたててる行動が、戦争を止めたり、戦争を起こさないようにしたりする実効性がほとんどないということだ。ただ、それでもそういう行動が全く無意味かと言ったらそうではない。世論を形成し、施政者にアピールしなかったらますます戦争はやり放題になってしまう。
だから反戦反戦と唱える事と平行して、さらに一段踏み込んだ実効性あるプロパガンダの方法を考える必要があるってことだ。このプロパガンダの目的はひとつ、戦争を起こさない事。最悪、起こってしまった戦争による被害を最小限に食い止める事、且つ出来るだけ速くその戦争を終結させる事。その方法のひとつは池上大介さんによって提示されている。
今回の戦争で「人間の盾」という方法が話題になった。「話題になった」などという言い方はそれを決死の覚悟で行っている人に対して失礼かもしれない。でもこれには疑問がいくつも残る。独断と偏見のSF&科学書評、3月17日の日記より引用。
「人間の盾になる」と言ってバクダッドに行ってる人たちは、「イラクの人の命よりも、俺の命のほうが、アメリカにとって重い」ということを前提としている。と、いうことにはどの程度自覚的なんだろうか。
感情的には次のような意見に素直に賛同する。ナインティナイン岡村さんのオールナイトニッポンでの発言。
小泉批判してる政治家はおまえがその立場なら、何か出来るのか? ヤジ言って笑ってる政治家に腹立って仕方ない。あと、批判覚悟で人間の盾をやめろ。
人間の盾、行ってもしなんかあって死んでごらん? 家族とかお友達とか物凄く悲しみますよ。あなたが戦争反対って言って戦争に行ってもし死んだらどうするんですか?
さらに決定的なことに、人間の盾は反戦のプロパガンダとしては目的達成にまるで貢献していないということだ。戦争を起こさないという最大の目的も達成できなかった。起こってしまった戦争による(人的)被害を最小限に食い止める事も出来そうにない(出来たのは重要な建物の破壊を防ぐ事だけだ)。攻撃側の動きを制約して戦争を長引かせる要因にすらなっている。そして、多くの人の感情を揺さぶりはしたが、逆に人々を思考停止に追い込み、闇雲に反戦の叫びをあげるだけの盲目的反戦論者を増やす結果になっている。これでは多くの人にシンパシーを抱かせることは出来ない。僕も岡村氏と同じく、今すぐにでも帰ってきてもらいたいと思う。人間の盾としてイスラエル軍のブルドーザーに轢かれて死んだ22歳のアメリカ人女性は、非暴力という美しくも弱々しい思想の犠牲者でしかないと思う。
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