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2003年03月19日

安全な場所で戦争を考える

結局大多数の人間を動かすのは理じゃなくて情なんだけど、「反戦反戦」とお題目みたいに唱えて、イマジンを歌ってフランスワインを飲んで東京タワーでパレードやればその情に訴えられるのかと思うと少し情けない気持ちになる。そんなプロパガンダが何の足しにもならなかったのを知らないわけじゃあるまい。理の裏付けをもってして、その上で情に訴えてもらいたいと思う。


無力感にへこたれず、しつこくしつこく考えてみた。ちょっとした結論みたいなものにたどり着いたと思う。


「完全なる反戦主義者(そんな人がいるかどうは別として)」はどんな戦争をも否定するのだろうか? また頭の悪いたとえ話になるが、密告と秘密警察による恐怖政治を敷く独裁国家があるとする。その国がいきなり僕らの住む国にどかどかミサイルを撃ってきて、僕らの家族や友人が何十万人も死んだらどうするんだろう? その翌週、地上部隊が僕らの国に上陸してきて、目の前で人が殺されるのを見ても、完全なる反戦主義者は反撃を許さないんだろうか? 一方的な侵略戦争を、反戦のポリシーに従って無条件降伏で終わらせるつもりなんだろうか? もしそうなら翌日からその国の圧政が始まる。僕らの自由は奪われ、奴隷のような生活が始まる。それでいいのだろうか? それとも、世界有数の武力を持つ同盟国(傑作な事にこいつはかつて僕らの国に原子爆弾を落として無条件降伏を迫った当の相手だ)が助けてくれるのを哀れな野良犬みたいな顔して待つんだろうか? 自分たちは反戦を唱えて左の頬を差し出しておきながら、同盟国には武力行使を期待するという屈折した態度を取るんだろうか? どう考えてもそうは思えない。自衛のためなら戦争やむなしと考えてるはずだ。「自衛」なんていうのは言葉の遊びだ。戦争は戦争だ。人と人が殺しあう事に他ならない。相手が侵略をやめるまで、殺されないために相手を殺すしかないんだ。

そういう無茶苦茶な侵略が現に20世紀には当たり前のように(僕らの国も含めて)行われていた。たくさんの人が死んだ。人間の歴史の中で最も多くの人が短期間で死んだのが20世紀だ。で、世界は同じ過ちを繰り返さないように、国連っていう仕組みを作った。無茶な侵略をすると他の国が団結してあっという間に潰されるので、無茶は出来なくなったわけだ。……と、つい昨日までそう思っていた。いや、正確にはアメリカのバカでかいビルに飛行機が突っ込み、罪もない人々が一瞬で死んだその瞬間まではだ。歯車が確実に狂った。絶対あってはならない前例が作られてしまった。横暴でお節介で、苦々しく思ってはいたがまだどこか頼りになる大国アメリカはこれで我を忘れてしまった。

全ての武力行使に反対を唱えるわけではないが、世界の大多数の賛同を得られずに行われる戦争には反対だ。今のアメリカは矛盾の塊になっている。国連決議を守らなかったという理由でイラクを攻撃するアメリカ自身が国連の意見を無視している。イラクに民主主義を押しつけようとしていながら、自身はパキスタンを始めとする民主主義国家ではない国を味方につけている(日本だって同じだ。日本が本当の意味での民主主義国家なら、世論を無視する首相などとっくにクビだ。日本はとびきり高待遇を受けているアメリカの奴隷みたいなもんだ)。本当は民主主義を押しつけようとしているんではなくて、高待遇の奴隷を作り上げようとしているのだと思われても仕方ないのだ。こんなに説得力のない戦争が許されてしまったら、次がまた起こるんだ。フセインが抹殺されるべき存在であるなら、それを理だけではなく情も何もかも総動員して全力で世界を納得させなきゃいけない。世界が許さない戦争は起こしてはいけない。それが20世紀に学んだ事じゃなかったのか?

イラクに攻撃をしかける事はもう昨年の内にがっちり決まっていたと言う。4月に入って暑くなる前に、砂嵐がひどくなる前にフセインを抹殺する。暑くなると兵士がもたない。砂嵐で作戦を長引かせたくない。まるで修学旅行の計画表みたいだな。世界の意見を聞くフリをしながら、着々と計画は進められた。そんな計画はクソ食らえだ!! 予め決まっていた事を、後付けの理由で糊塗するから世界が納得しないんだ!


原爆の記憶、侵略戦争への反省、ぬるま湯での安寧、どういう立脚点があるにせよ、圧倒的に反戦論者が多い日本は賢明だと思う。首相一人を悪者にして、ずっとアメリカの傘の下で温かいスープが飲めるんだ。この戦争の後、遠い未来に世界がアメリカを潰しにかかっても大丈夫。「可哀相に。原爆落とされてアメリカの言うがままにするしかなかったんだね」と手を差しのべてもらえる。なんて惨めで誇りのないことだろう。でも僕は誇りを持って死んでしまうより、家族や友人が生き延びてくれるほうがいい。だからアメリカにもイラクにも同じようにイライラしつつこんな中途半端な文章を書いている。クソ安全なクソ日本で。


世界が納得する戦争であっても無辜の民が死ぬ事実に変わりはない。最終的な問題はいかに戦争を起こさないかという事に尽きる。TVの青臭い討論番組で「戦争は未来永劫無くならない」「いやそんなことはない。人間はそんなに愚かじゃない」とやっていた。僕は中世の魔女裁判を思い出した。中世に当たり前のように行われていた野蛮な拷問は今も完全にはなくなってはいないけど、数は確実に減っている。それも劇的に。戦争を完全になくす事はできないかもしれないけれど、数を激減させる事はできるかもしれない。気の遠くなるような年月をかけていつか。それをこそ急ぐべきなんだ。


つーか本当頭わりい俺。絶望的。



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