
昨日は頭がパンクして茨城ののどかな田園風景に逃避していた。天気が良くて、空気が澄んでいて、ほんの少しだけ正気を取り戻す事に成功した。世界で起こっている事をいちいち自分の言葉(語彙貧困な愚者の言葉)に変換しないと、情報の波に押し流されて何が何だかわからなくなってしまう。ありのままの世界を自分の言葉に置き換える作業は、実は世界像を歪ませるだけなのかもしれないけれど、わからないわからないと言って殻に閉じこもるよりは少しはマシなんじゃないかと自分に言い聞かせている。省略と選択と解釈と理解。それをやって何になるんだとは頑なに考えないようにしている。病的だ。
実に様々な理解の仕方があって、それは恣意的であり、選択的だ。僕の最も身近にいる人物は僕に対して、今回の戦争を次のように(得意気に)論評してみせた。「要するにな、武器を作ったら使わなきゃいけないんだよ。新しい兵器を開発したら、それを使わなきゃいけない。予算がとれなくなっちゃうからな。戦争しないとどんどん帳尻が合わなくなる。世の中そういう風になってんだ。今回のだって理由は何でもよかったんだよ、実は。要はそういうことなんだよ」 TVや週刊誌が売上を伸ばすのに好都合な、いかにも一般大衆(もちろん僕も含まれている!)が喜びそうな、陰謀史観的で裏話的な、耳にタコが出来るほど聞かされてきて今更教えてもらうまでもない冷笑主義的全体解釈。マスコミから丸ごと借りてきたクソ素晴らしいご高説をわざわざどうもありがとう。結局、自分が見たいようにしか世界は見えないんだ、という事を身をもって僕に教えてくれて本当にありがとう。そういう側面もあるということを否定する気は全くないが、それで全てを説明できると本気で考えていることに絶望する。
以下は自分が今回の戦争と世界の一端を理解するために自分のために書く文章。間違いがあったら是非教えてほしい。
アメリカで同時多発テロが起きたときに、一番心配したことはテロリストがさらにエスカレートして、想像もつかない手段でもっと多くの人が殺されるんじゃないか、という事だった。今まで見えていた世界とは異質のものが目の前に広がっていることに恐怖し、臆病者になった。しかし心配は逆の形で現れ、世界は思っていた以上に姿を変えていた。エスカレートしたのはテロリストの方だけではなくて、テロリストを殲滅しようと考える人々、臆病者の方でもあった。「先に手を出す方が悪い」という実に単純なルールによって、戦争を減らしてきた努力は終わりになった。いや、正確に言うと終わりにしようと考えはじめる人が増えた。テロ(先制攻撃)の質が劇的に変化して、一回のテロで信じられないくらいたくさんの命が失われるという、あってはならない前例が作られてしまったからだ。
必要な場合は先制行動による自衛権行使の単独行動も辞さない
上の文言が「ブッシュドクトリン」と呼ばれるアメリカの新戦略の中で一番重要な部分だ。魔女狩りの再来を許してしまうかもしれない危険な考え方だ。この考え方を世界の理解を得ずに初めて実行に移したのが今回の戦争ということになる。アメリカは名実ともに世界の警察となるために、他の国がアメリカ以上の軍事力を持つ事を絶対に許さないことにした。アメリカは世界の支配者になることにした。アメリカは、イカれたサイコが絶対に大統領にならないような仕組みを既に作り終えているのだろうか? 世界の理解を得ずに行使される武力は、結果的にテロリストを増やす事にならないんだろうか?
歴史を学ぶ必要を痛感する。
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