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2003年03月22日

戦争3日目

いつだったか、ポジティブシンキングという考え方が流行した時があって、胡散臭さを感じつつも、「なるほどな」と頷ける部分があった。ネガティブな考えをずっとしていると、自分の行動のちょっとした部分で無意識のうちにネガティブな行動が出るから、いつもポジティブな考え方をしていきましょう、というのがポジティブシンキングの教え(?)だったと思う。正直、いつもいつもポジティブに考えてられないし、いつもニコニコしてるのはある意味新興宗教がかってて薄気味悪いから全面的には賛同できなかった。僕がこの考え方から学んだ事は「考える事自体が重要」ってことだ。

ごめん、またたとえ話なんだ。たとえばポルシェという高級外車を欲しいと考えるとする。普通はそんな高い車は買えるわけがないって思うから、行動の端々にあきらめが出る。お金を貯めようとも思わない。でもしつこくしつこく「ポルシェが欲しい!」って考え続けてると、自分でも気付かないうちにポルシェに近づくための行動をしてる時があるのに気付くわけだ。いろいろ勉強して資格を取ってみたりだとか(少しでも給料の高い職業につけるように)、さぼっても誰にも咎められない仕事を頑張ってみたりとか(少しでも給料があがるように)、奥さんの料理を美味しいねと素直に褒めてあげることが出来たり(奥さんの了解を得るために)、直接ポルシェとは関わりがなさそうな部分にまで、無意識になんらかの影響が出てくる。そして、普段だったら見過ごしてしまいそうな、「ポルシェに繋がるかもしれないわずかなチャンス」というものに敏感になる。すかさずそのチャンスに食らいつき、精一杯の努力をすることが出来る。ずっとポルシェが欲しいと思い続けていなければ、そんな事はできない。

こういうのを陳腐な言い方に変換すると「夢は必ずかなう」とか「思いは通じる」という事になる。「買わない宝くじは絶対に当たらない」も一緒。ただ、陳腐な言い方は一時的に相手の感情を揺さぶる事は出来ても、人を納得させることは出来ない。ペシミストやニヒリスト達は鼻でせせら笑うだろう。だから言葉を尽くして説明する必要がある。

戦争が始まってから、僕も含めてたくさんの人が自分に何が出来るのだろうかと悩み、何も出来ない自分に歯噛みしているのを見た。ネット上でも、街頭インタビューでも。「自分には考える事しか出来ない」と言っている人もたくさん見た。そこで立ち止まってるかに見える思考も、実はじりじりと前に進んでいるかもしれない。思考だけじゃなくて、しつこく考え続けた過程は10年20年先の自分の行動にまでじわじわと影響を及ぼすかもしれないって事を言いたい。考える事は多分無駄じゃないから考えろと言いたい。出来れば考えたらそれを人に伝えろと言いたい。


イラク兵がどんどん投降しているというニュースを見て、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。この戦争を早く終結させるために、現実的な選択をするイラク兵が一人でも多くいてほしい。無駄死にしないでほしい。とにかくこの戦争が早く終わってほしい。終わったあとで、アメリカのやり方(手順(?))は間違っていたけど、イラクにとって、世界にとってはよかったのかもしれないと思えるようになってほしい。そしてアメリカが、世界の意見を無視して戦争を始めることはもうやめると考えを改めてくれることを願う。


追記

気持ちが緩んでちょっと楽観的になりすぎた。イラクという国の成り立ちを考えると、とても「イラクにとってよかったのかもしれない」とはなりそうもない。家族を殺された一般市民のアメリカに対する憎悪は計り知れない(それはテロリストのイノベーターになる可能性が高い)。また、押し付けられた民主主義(実は親米という態度の別な言い方かもしれない)が多民族から成る国を上手くまとめあげられるとは思えないから。アメリカが日本を占領し、日本を民主化した時とは明らかに条件が違う。天皇という象徴的トップはイラクにはいない。いるのはお互い憎みあっているいくつかの民族だ。アメリカはこの戦争が終わったらイラクを一体どうするつもりなんだろう。どうするつもりもないのかもしれない。そうだとすると先は今以上に暗い。



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