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2003年04月22日

言葉のブラックボックス

ここ数年思っている事だけど、言葉の使い方が難しくてたまらない。このサイト(恐がり)はたくさんの人から「読みやすい」という評価をいただいている(嘘じゃないんです。信じてください)。もちろん僕自身も書くからにはなるべく多くの人にとって読みやすくあるように書いてるつもりだ。でも最近それが一体なんなんだろうという気になっている。

僕が今一番気になっているサイトに「刺身」というところがある。ほぼ毎日このサイトの事を考えている。刺身さんの書く文章は狙っているのかいないのか、とにかく読者を限定している。たとえばそうだな、「20代前半の男性。ポップカルチャーに興味を持っている」という読者層を想定して雑誌を創刊したとしよう。この雑誌に刺身さんがコラムを書くとする。果たして何割の人が刺身さんの書く文章に興味を持ち、その言説(かっこつけてディスクールとか言ってもいいですよ)を正しく読み取り、自分の言葉に置き換える事ができるだろうか? もっとメジャーな、例えば読売新聞の夕刊に刺身さんが連載コラムを書いたとしたらどうだろう? これはほとんど誰の理解も得られないに違いない。それは当たり前だ。刺身さんがそのような理解を望んではいないのだから。

PCケースを開けてみよう。中にはわけのわからんチップと配線が詰まっている。大多数の人間には内部で何が行われているのかわからない。ブラックボックスだ。全てを説明しようと思ったら、電話帳の一冊や二冊では済まない分量の言葉を尽くさなくてはならない。それでも尚理解できない人間には理解できない。この電話帳の塊どもを、わかりやすく展開して別の易しい言葉に置き換えて短くする事に何の意味があるのか、はたと考えてしまう。

1mlという単位を「一辺1cmの立方体の容積」と説明する場合、相手が構成要素の1cmという単位を予め理解しているというのは大前提だ。しかし相手の1cmに対する理解も実は直感的なものだ。「1cmとはどのような長さですか?」と尋ねられたら、さらにそれを説明する別な新しい言葉を持ち込まねばならない。「光が真空中を1秒の1/299792458の時間に進む長さの1/100です」「では1秒とはどんな長さですか?」「セシウム(Cs)133の原子の基底状態の2つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の91926317790倍に等しい時間です」「ではセシウムとはどんな原子ですか?」延々と終わりなく質問が続く。結局相対化された言葉の網にからめとられ、何が何やらわからなくなる。

であるなら、言葉のブラックボックスはそのままに、相対化の編み目を読み解く術を持った人(それはいかに多くの言葉に接したか、いかに多くの思索を持ったかによる)だけに対して文章を書くのはアリだと思うのである。刺身さんが文章にする題材はとても身近で、悪く言えば卑近ですらある。しかしそこに使われる言葉と文体は同時代を生きた人間にしか伝わらないポップという名の排他性と攻撃性を持ち、肝心のブラックボックスに辿り着くことすら困難だ。それこそが刺身さんの面白さそのものだと僕は思っている。以下は刺身さんのサイトからの引用。僕はこれを読んで頭を殴られたような衝撃を受けた。これは正に今僕が考えていた事そのものじゃないか。

自分は中学生の頃作文の時間にダウンタウンの作るものの作りの構造を書いて

感覚とかセンスとかの話ではなくてこれこれこういう構造の経緯を辿って練られてて、そしてそれはものを練る時の思考のパターンの経緯の理解とかも必要なので、あらかじめ多くのパターンのテンプレを修めてると理解が容易なのだけど、それが難しい場合もあるので感覚とかセンスとか下らない言葉で片付けられてしまってるけど全部不当なの

みたいなことを書いて国語教師に狂人扱いを受けたので、その190センチくらいあった教師に、お前さえ今死んでくれれば俺は他に何も望まない、というような事を言っていて(後略)

「泣かせるのは感情だけど、笑わせるのはロジックだ」と言ったのは三谷幸喜だったか。同じものの考えでもそこに至る式はこんなにも違う。

翻って自分はと言えば、あいも変わらず読売の夕刊的発想で(別に読売にこだわってるわけじゃない。新聞ならなんでもいいんだ)、読売の読者投稿欄的よみやすい文章を書き散らしている。読んでくれる人のためと言うのは方便で、半分はアレだ。自分のおつむが弱いから、小難しい事を易しい言葉に置き換えないと自分自身理解できないからだ。それがなんだか妙に気恥ずかしくなってくる今日この頃なのであった。ち陳腐いぷい。



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