
「難しい事を平易な表現でわかりやすく書く事はいい事で、簡単な事を小難しい表現でわかりにくく書く事は悪い事」
はい、これ半分間違ってますよ。前半部分だけ決定的に間違ってます。「難しいことを平易な表現でわかりやすく書く事」は大体において不可能です。無理を前提にしているという意味で間違いです。こんな主張は詐欺師をのさばらせることになるのでいただけません。表現が平易でわかりやすいのは、書いてる内容が単純で簡単な事だからです。それ以上でも以下でもありません。
難しい事が何故難しいのかと言えば、その概念が「今まで無かった新しいものなので、新しい表現方法でしか説明できないから」だったり、「複雑な論理展開を経ないと理解できない性質のもので、省略が効かないから」だったりするからで、それを既存の表現方法で置き換えたり、省略してわかりやすくしても元の概念とは似て非なるものになってしまいます。だから大抵、難しいことは難しい状態のままで理解していくほかありません。
現代思想でよく出てくる耳慣れないキーワードは、それを説明するだけで1冊の本が書けてしまうくらい難しかったりします。しかし低級な学識ぶりっ子(ペダンチスト)は、僕でも説明出来るような単純で簡単な事を、先人が血の滲むような苦労をして説明したキーワードを持ってきて説明したり、なんとなく高級そうな漢字語を使って漢字だらけの文章にしたりして、読む気を失くさせるのです。そして読めなかった人(読む気を失くした人)をダメ人間扱いするのですね。単純で簡単な事に現代思想の小難しいキーワードを使う必要はほとんどの場合ないし、漢字語は大抵平易な言葉に置き換えることが出来るので、もしもその文章が「誰かに何かをわからせるための説明」だったとしたら、はっきりと「チミはバカかね? 何の権利があって僕の貴重な時間を奪うのかね? もっと簡単に説明したまえ」と言ってやる必要があります。
しかし最初に書いたとおり、内容そのものが難しい事であった場合や難しいキーワードが必要不可欠な場合は「もっと簡単に書けよ」と言う方が間違っていますし、その文章が「誰かに何かをわからせるための説明」ではなくて、表現方法自体が主体になる文芸と呼ばれる類の文章であるなら、漢字語を多用したり難しい表現を使うのも仕方ありません。この見極めは、大抵文章を全部読んで理解してからじゃないとつけられないので、読む気を失くしても頑張って最後まで読むしかありません。つまりペダンチストの戯言というのは、読まなきゃ読まないでダメ人間扱いされるし、読んだら読んだで貴重な時間と体力を無駄にされるという最悪のトラップなのでした。
で、僕は、難しい事を平易な表現でわかりやすく説くという不可能事を詐欺的手法で行い、真実をねじまげ、人を騙すペテン師になるべく日夜頑張っております。
7月3日追記。jounoさんがさらにわかりやすく補足してくれました。
わかりにくさは、伝達の場面だけで介在するわけではないのです。
つまりそういうことです。
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