
『週刊少年マガジン』で前後編読みきり連載された『鎮魂退魔記 ハジャト -破邪人-』を読んで僕の望むエンターテイメントの要件をやっと自覚することが出来た。僕の中で別格の感がある漫画というと『寄生獣』と『ベルセルク』(あえて言えば14巻まで)なのだけど、うまくその素晴らしさを言い表す言葉がなくて困っていて、仕方なくこんな風な言い方をしていた。
『破邪人』は前後編でやるには惜しいほどの作りこみがあって、恐らくこの2週の人気投票によっては正式連載になるのだと思う。そうすると多分連載開始時にはこの前後編の設定をそっくりそのまま引き継いで、退魔の術を持った兄弟のその後の活躍が描かれると思うのだけど、僕が読みたいのはそうではなくて、この前後編を限りなく丁寧に時間をかけて再構築したものなのだと思った。つまりこの前後編を単行本20巻くらいにわたる長編に書き直すということだ。
週刊連載の実に安易なストーリー展開は、結局ある種の設定に頼って同じところをグルグル回るということにある。かつて少年ジャンプ論で散々言い尽くされた「また最強のボス登場かよ? 一体何人出せば気が済むんだよ。次はさらに強いボスが出てくるんだろ? インフレ進みすぎ。そんでそいつを倒すとまた仲間になるだよな」というアレだ。
設定を描ききった時点で「世界」は構築されている。あとは続編でしかない。『ブレードランナー』のデッカードが毎週毎週新たなレプリカントと死闘を繰り広げる連続ドラマ(?)があったとしたらどうだろう? 僕は全く見たくない。というかそんなものは絶対に作ってほしくない。続編はせいぜい1作か2作で十分だ。それですら第1作を超えることは滅多にない。結局僕が今まで漫画や映画に求めていたのは「作家独自の世界が構築されるまでの過程を描いたもの」だったのだ。それが完成したらすぱっとやめてほしい。その世界を使いまわして感動を薄めないでほしい。
となると週刊連載の漫画というのは非常に厳しい媒体だということだ。毎週盛り上がりを作らないとすぐ人気が落ちて打ち切りになってしまう。丹念に伏線などを張りつつ長編を書こうとすれば、最後の盛り上がりとのコントラストのために、数週間の中だるみな展開は必要とも言えるのに。その点、最近の日本の小説は「分厚いほど売れる」と言われているくらいで、丁寧に世界を構築するには一番やりやすいのかもしれない。
『寄生獣』と『ベルセルク』の世界観というか設定は、細かく分解していくと驚くほど多くの元ネタがある。これらをいちいちあげつらって「アレはアレのパクリだよ」「浅い浅い」と元ネタを知っている事を自慢する人が後を絶たないのは何故なんだろう。それらを知った上でもこの2作は決して浅くない傑作と言えると思し、作者の元ネタに対するリスペクトは十分に伝わってくると思うのだけど。全く今までになかったものを描こうとしたら、それは新しい言語を作るところから始めなければいけないと思う。
というか自分は体質的にかなり古いと思った。ほとんど全共闘世代の思考回路。
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