冷麺 2003年11月

2003年11月10日

映画感想係『マトリックス レボリューションズ』

『マトリックスレボリューションズ』の感想です。観てない人は読まぬが吉です。思いっきりネタバレです。危険です。


一言で言えば「がっかり」なんです。それしか言いようがない。点数つけるとすれば70点くらい。1作目『マトリックス』が90点台後半、『リローデッド』が80点台と考えてこの点数です。「期待が大きすぎて、そのせいで低評価になってしまってるんじゃないか」と考えて、もう一度『マトリックス』と『リローデッド』を観直してみたんですよ。それでもやっぱり評価は変わらなかったです。映画として面白いのはどう考えても『マトリックス』。あんまり気が進みませんけど「ここ、ダメだなあ」という点を書きます。まずアクションから。

3作を通じて予算のほとんどをかけた終盤のアクションシーンなんですが、単にCGに頼ってるだけで飽きてしまいました。ドックでのセンチネルとの死闘は、25万匹のセンチネルという物量の恐怖を描くためにCGに頼る必要があったと思いますが長すぎると思いました。APU(エイリアン2で出てきたような乗り込み式のロボット)がいくら銃を乱射しても、センチネルのあの量だったら全員秒殺されるはずだと思うんですけど。あそこでジーやキッドが活躍するのも、いかにも物語を盛り上げるための御都合主義で気に入りません(音楽がこれみよがしの荘厳な感じなのも含め)。彼らこそ真っ先に惨殺されてしまった方が機械の恐ろしさがより際立つし、ショッキングな展開に「物語はこの先どうなるかわからない」という不安感を感じる事が出来たと思います。彼らが普通に活躍することで、「ああこの物語は、予定調和で終わる凡百の物語と同じなのだな」といういやな予感を感じてしまいました。『マトリックス』にあったような軽妙なかっこよさがなくなり、泥臭くてお涙頂戴の展開にうんざりでした。

スミスとネオの決戦はお互いにパワーのインフレが進みすぎてしまったために、地上での戦いだけではその凄さを表現しきれずついに空中戦にまで及ぶわけですが、ここまで来るともうCGの出来栄えとスケールの大きさを楽しむだけになってしまい、『マトリックス』がもっていた「役者自身が体を張ってやるカンフーの面白さ」は全くなくなってしまっています。結局マトリックスの中におけるネオは、第1作のラストでエージェントの動きを凌駕し、銃弾を無効化し、空を飛んだ時点でアクションとしての面白さを無くしてしまった存在だったわけで、これは『レボリューションズ』で一番面白かったアクションがトリニティーとモーフィアスがメロビンジアンに会う直前に行った「天井を駆ける敵との闘い」だったことに通じてます。力のインフレが究極まで進むと、闘わずして勝つ事が可能になり、アクションが成立しないということを感じました。

アクションそのものを抜き出すと、アイデアと見せ方で『マトリックス』、派手さと面白さで『リローデッド』が良かったように思います。

次にストーリー。『リローデッド』で大量にばらまかれた謎に、すっきりとした答えがほとんど出ていないためにイライラがつのりました。結局ネオが手をかざすだけでセンチネルを止める事が出来たのは、ネオが本物の「超能力者」になったということでOKなんでしょうか? それじゃあんまりです。超能力というものの胡散臭さを、マトリックスという仮想現実を持ち出す事によってリアルたらしめた1作目のアイデアが台無しですから。

全3作を通して観て一番思ったのは、とにかくザイオンに舞台が移ると途端に話がつまらなくなるということでした。機械対人間の闘いをそのまんま描いたのではそこらへんのB級SFと何も変わらないんです。ただ単に映像が豪華なだけで。その陳腐な話にマトリックスという魅力的な世界を用意したことが映画『マトリックス』の面白さだったのに、リローデッド、レボリューションズと話が進むにつれて現実での闘いに比重が置かれるようになってしまったのが最大の失敗だったと思うのでした。また、リローデッド以降、コンピュータと数学理論についての基本的知識(特に用語)がないと話の筋がさっぱりわからなくなるところも大きなマイナスです。

ウォシャウスキー兄弟は『マトリックス』が商業的成功を収めたあとすぐに「マトリックスは初めから3部作のつもりで作った話だ」と話していました。確かに成功したら続編を作るつもりではあったでしょう。でも、『マトリックス』完成時に果たしてこの物語全体の構想があったかどうかは非常に怪しいと思っています。

結論。僕の中ではマトリックスは第1作目で完結してます。あとの2作は別の監督と別の脚本家が作った(映像偏重の)余計な駄作だと思うことにします。

マトリックス レボリューションズ 特別版〈2枚組〉

マトリックス レボリューションズ 特別版〈2枚組〉

  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • 発売日: 2004/04/02
  • メディア: DVD

2003年11月12日

「休止します」について

こんにちは。割と気にしいで有名なアニです(本人、気にしてないよという体をいつも装ってますのでわかっていてもそっとしておいてやっておくんなまし)。

ちょっと皆さんにアンケートをお願いしたいのです。どうかご協力ください。アンケートの内容は「休止について」です。皆さんそれぞれ巡回している(というかなんとなくいつも読んでいる)サイトというものがあると思うのですけど、そのサイトの休止についてどうお考えなのか知りたいのです。サイト管理者によって休止の定義はそれぞれ違っていて、1週間休めばそれは休止だと考える人もいるでしょうし、1ヶ月以上休む事を休止と呼ぶ人もいるでしょう。僕が知りたいのは次の2点です。

注意。恒久的な「閉鎖」ではなく、一時的な「休止」についての質問です。

  1. (サイト管理者による休止宣言のあるなしに関わらず)あなたにとって、どれくらいの期間サイトの更新がなかったら「そのサイトは休止している」とみなされますか? サイト管理者としてではなく、そのサイトの読者としての立場からお答えください。
  2. あなたはサイト管理者による休止宣言を望みますか? 突然更新が途絶えるより、前もって「これくらいの期間休止します」とか「これこれこういう理由で暫く休止します」などのアナウンスがあった方がいいか、もしくはない方がいいかを読者の立場でお答えください。また、その理由も併せてお答えください。

お手数ですが、回答はメールフォームからお願いいたします(11月13日深夜まで受けつけています)。アンケート結果発表については全て匿名とし、お名前は公表しません。また、この回答に対する一言返信はいたしません。

受付は終了いたしました。

2003年11月14日

とりあえずお礼です

アンケートに答えてくださった82名の皆さん、本当にありがとうございました。こんなにフォームメールが届いたのはD-Pointの引佐龍成さんに空メール100連打(回数誇張)してもらって以来ですよ 笑。(以前長ったらしいアンケートをしたとき(1 2)は全部で31名の方に回答していただきました。今回倍増)

しかし「はてなダイアリー研究」の時もそうでしたが、計画も準備もなく思いついたらすぐに文章を書き始めてしまうのが僕の悪い癖でして、お笑いで言うと内Pレギューラ陣のノープランっぷりに匹敵しており、今回もメールフォームじゃなくそれ用のアンケートCGIを用意しておけば集計が簡単だったなと……。これから手作業で集計するので結果発表はまた後日。いろいろと考えさせられることが多くて、(僕にとって)意義深いアンケートになりました。重ねてお礼申しあげます。ありがとうございました。


トークマスター』についていくつか書かねばならないことがあるので、結果発表はそのあとになるかもしれません。

2003年11月15日

『トークマスター』を修理に出しました

AMラジオファンの皆さんこんにちは。以前に「不遇のAMラジオファン待望のアイテム」「NHKラジオの語学講座受講者は必携」「ラジサバは半額になりなさい トークマスターは性能あげなさい」と題してしつこく取り上げてきた、サン電子の『トークマスター』というAMラジオレコーダーなんですが、実は購入1ヶ月足らずで故障してしまいまして、その後も生来のものぐさのため修理にも出さずにほったらかしていたのですが、ようやく重い腰をあげたのでご報告します。

恐らく当サイトほどこのトークマスターをしつこく宣伝したサイトもないでしょうから、中には1人くらいうちの記事を参考に購入した方もいるかもしれません。若干責任を感じるのでまずはそういった方向けの追加情報です。2ch『【AMラジオ付】トークマスター【mp3】』スレからの情報。

次は故障情報。僕の場合、使用1ヶ月足らずで「LCD表示がすべて点灯状態になり、ボタン操作が全くきかなくなる(電源のON/OFFすらできなくなる)」という症状が出ました。これについてサン電子に「修理後も同じ症状を起こさないためにはどうしたらよいですか?」と問い合わせたところ、以下のような回答をいただきました。

本体動作中、ACアダプター・電池の抜き差しを行いますと、発生する場合があります。電源の操作をする場合、本体をOFFにしていただけましたら、症状は回避できると思います。

また、USBケーブルにてデータを転送中にケーブルをはずした場合にも、同じく発生する場合がございますのでご注意ください。

今後、通常のご使用にて再発しましたら、早急に対応いたします。

前述したとおりトークマスターはファームウェアがバージョンアップしたのですが、内部の部品が変更されたかはアナウンスされておらず、最新のロットでもこの症状が出る可能性があるのかどうかは定かではないのですが、少なくとも初期ロット品はファームウェアをバージョンアップしても尚故障の可能性があるということなので、皆さん気をつけて操作した方がいいと思います。また、この情報はマニュアルやサポートページには見当たらないので要注意です。ちなみに僕の購入品が故障を起こしたときはこのような操作を行った覚えがないので、レアケースとして何もしなくとも同様の症状が出る可能性もあると思います。この故障は「プログラムエリアのエラー」が原因だそうです。修理はエラーの修復ということになります。

さらに、故障依頼を出したときに調子に乗って「初期不良ということで新品への交換をしていただけないでしょうか?」とだめもとでお願いしたんですが、これはさすがに無理でした 笑。その代わりファームウェアのバージョンアップをしていただけました(1.6(SUN)になった)。今後ファームウェアのバージョンアップがサポートされるのかどうかはわかりませんが、少なくとも故障修理の際にはついでにやってもらえるようです。

また、最新機種は部品が大幅に変更されたのかどうか、ということなのですが、サン電子とのメールのやりとりで以下のような回答もいただきました。

細部の品質改善は常に行っておりますが、音の質や性能に関しましては、内部プログラムを除き、大きな変更は行っておりません。

故障修理の際の細かいポイントもあげときます。

最後に要望。対応が非常に良かったのであんまりうるさいことは言いたくないんですが、次期機種ではこのような基本的な故障が起きないものを作ってほしいですね。PC周辺機器としてはともかく、家電製品としてはこのようなデリケートな操作を要求されるモノは正直アウトだと思います。また、ファームウェアのバージョンアップは修理の際に限らず是非サポートしてもらいたいと思いました(本当はUSB経由で自力で出来ればベストなんですけどね)。あと、ちょっと話がずれるんですが、こうして何もかもが白日の下に晒されるインターネット時代にあって、メーカーさんの苦労、特にサポートの方の苦労は計り知れないですね。

2003年11月16日

休止についてのアンケート結果発表

お待たせしました。スーパーコンピュータ「脳」による自動集計が終了しました。今回、グラフを画像にしてみたので冷麺携帯版からご覧の方は若干わけわからんと思います。悪しからず。有効回答数は82でした。ニュースサイトで取り上げてくださったところがいくつかサイトで回答してくれていたのですが、それはカウントしていません。悪しからず。

まずは質問1「どれくらいの期間サイトの更新がなかったら「そのサイトは休止している」とみなされますか?」から。

どれくらいの期間サイトの更新がなかったら休止とみなすか

最初に謝らねばならないのですが、アンケート回答者のほとんどの方から「休止とみなす更新停止期間はそのサイトのジャンルや元々の更新頻度によって違う」というご意見をいただきました。ごもっともです。そういう前提を無視して敢えて一緒くたに考えるならまあ大体これくらいの期間じゃないかな、とフォロー気味に答えてくださった数字を元にしたのが上のグラフです。「その他」とあるのはサイトの更新頻度ごとに休止とみなす期間を分けて答えてくださった方の数字になります。尚、不思議な事にこの「その他」に該当する方たちの約80%が同じ回答になりました。即ち、「元々毎日更新していたサイトなら約1週間で、週1ペースのサイトなら約1ヶ月で休止とみなす」という内容です。

つまり、サイト管理人が休止宣言をしようがしまいが、またサイト管理人に休止しているという自覚があろうがなかろうが、「その他」の回答と合わせると半数以上の人が「1ヶ月間サイトが更新されなかったらそのサイトは休止状態にある」とみなすということになります(逆に考えると、1ヶ月未満の更新停止は管理人による宣言があったとしても休止と呼ぶには短すぎると言えるかもしれません)。第二の山場となる「休止みなされ(?)時期」は3ヶ月で、ここまで来ると全体の80%の人に休止とみなされます。そして「無期限」と答えた残りの12%の人たちは、サイト管理人が休止宣言をしない限りはどれだけ更新が停止しても休止とみなしません。

印象としてはまずまず順当な結果だと思ったのですが、意外と「無期限」と答えた方が多い気がしました。この方たちを全員「いつまでも更新の再開を待ち望んでいる優しい人たち」とイメージするのは大きな間違いです。僕の質問の仕方も悪かったのですが、無期限と答えた方たちのほとんどは休止という言葉を厳密に捉えていて、休止宣言なき更新停止は期間に関わらず、休止とは考えず放置と考えるということなのです。また、そういった放置の姿勢を、自分のサイトに対する愛情のなさと見たり、読者に対する冷たさと見て腹立たしく思うと答えた人も少なからずいました。

では次に質問2「あなたはサイト管理人による休止宣言を望みますか?」の結果。

あなたはサイト管理人による休止宣言を望みますか?

8割の方が休止宣言を望むという結果に驚きました。僕が元々このアンケートを思いついたきっかけは、守られない休止宣言が多く目についたからです。つまり、「暫く休止します」と言った直後に復活し、宣言前よりも寧ろ活発に更新しはじめる人に対して「あなたの言う暫くとは一体どれくらいの期間を指していたのですか?」と思ったこと、そして「n週間(あるいはnヶ月)くらい休止します」と宣言したきりいつまでたっても更新を再開しない人に対して「再開しないのなら期限つきの休止宣言はしない方がよかったのではないですか?」と思ったことが元になってるんです(アンケート内容は、サイト管理人の意見ではなく読者の立場からの意見を聞く形に逆転しましたが)。

ちょっと自分語りになってしまって申し訳ないんですが、僕はサイトの文章に興味を惹かれても、あんまりサイト管理人の人物には関心を持てない冷たい野郎なのだということを改めて感じました。「休止宣言を望む理由」で圧倒的多数派だった意見をいくつか引用します。

  • アナウンスなしで休止していると、管理人に何かあったのかと心配してしまう
  • 突然更新が途絶えると最悪の場合「もしかして死んだのでは?」とまで思っちゃいます
  • 心配性なので、病気?事故?とかいろいろ想像してしまう
  • サイトに通ううちにそこの管理人様に多少なりとも情が湧いてくるので、何があったんだろうと心配になりますね
  • 「自意識過剰」とか考えずにひとこと言って貰えれば、閲覧者としてはそこそこ安心します
  • 急に恋人と連絡が取れなくなったような喪失感を感じる

インターネットの8割は優しさで出来ている!(「優しさ」というより寧ろ「不安」?)

『はてな』を初めとするアンテナやRSSリーダの普及にともなって巡回スタイルが変わったため、「休止宣言がないと何度も無駄足を運んでしまい、その度に更新されていないことにがっかりする」という人は少数派になりました。それでも宣言を望む読者が8割いるということは、読者はただ文章が読みたいだけではなくて、(実際の交流のあるなしに関わらず)サイト管理人に対して「近所の知り合い」程度以上に親しみと興味を持っており、且つ、かなりの心配性、ということのようです。質問1の結果と合わせると、1ヶ月以上更新停止するなら、サイト管理人は休止の理由と期間を差し支えない範囲で宣言するべきなのかもしれません。そうしないと多くの人に心配をかけることになります。また、休止の期間を守らないともっと心配をかけることになるかもしれません。

休止宣言を望まない、もしくは宣言はあってもなくてもどちらでも構わないという人のうち約半分は、アンテナを使っているので必要ないと考える人たち(サイト管理人に対してあまり興味を持っていない人たち)、もう半分は休止宣言にサイト管理人の自意識過剰を感じる人たちでした(僕の意見もこの両方に該当します。自分自身が自意識過剰なので他人の自意識過剰に敏感 笑)。

いくつかサイト管理人にとって参考になりそうな意見を引用しておきます。

  • 現状の理由を言うのが躊躇われるような読者に不安感を煽るようなものだとしたら、はぐらかして軽い感じで休止をアナウンスするのもアリかと思います
  • 休止宣言はないよりあったほうがいいです。ある人というのはサイトのことを意識しているせいか、再開の時期も早まる傾向があるので、気分的にはこっちのほうが好き
  • 現在はアンテナで巡回しているので、特に望みません。ただ好きなサイトの休止文章を読んでみたいという欲求はあります
  • 休止宣言はあったほうがいいと思います。ただ、本当に復帰する意志があるのかどうか判断つきかねる場合があるので、そのへんはきっちり意思表示してほしいです。メールには応対するのかどうか、とかも
  • 守られるなら(休止宣言は)あった方がいいです
  • 「出張に行くので明日とあさっては休みます」とかあまりに短い休止の告知は「そこまで知るか」という気になる

アンケートにご協力いただいた皆さん、本当にありがとうございました。


以前書いた『閉鎖』も併せてお読みいただくと面白いかも。

2003年11月24日

吉田さんの呼び鈴

とある新聞社の入った駅ビルのパブで、僕はウェイターのアルバイトを始めた。アルバイトの人数は常時3人。50代の雇われ店長が人当たりの良い優しい人なので、歴代のアルバイトたちには長く続ける者が多くいたらしい。しかし僕と同時期に入った慶應大学のヤツが会うたびにいちいち自慢話をする男で、こいつのせいで僕自身は長続きしそうにないな、と感じていた。人数が3人しかいないからイヤなヤツと当たったら逃げ場がないのだ。でももっとタチの悪い人が厨房にいることに、まだこの時点では気付いていなかった。

一人しかいない厨房専門の従業員、吉田さんは多分30代の後半だったと思う。でっぷりした体のこの男は、鼻が悪いのか、いつも受け口気味の分厚い唇からゼエゼエと喘ぐような激しい呼吸音をさせている。一番特徴的なのは不自然に突出した眼球で、僕はバセドー氏病の疑いをもった。しかし本人に向かって真偽を確かめた事は一度もない。そんなことはとてもじゃないが聞ける雰囲気ではなかったからだ。とにかく一度目にしたら忘れられない異形の人だった。

吉田さんは一流のフランス料理店で働いていた事が自慢だった。パリで修行したこともあるという。僕が一度すっとぼけて「なぜこんな駅ビルの従業員5人しかいないパブなんかで働いているのですか?」と訊ねたら、「いろいろとあるんだよ。おまえなんかにはわからないいろいろな事情がな。でも俺はこんなところで収まってる器じゃねえんだ。そのうちまた有名なフレンチに移るよ。もう話は来てるんだ。ここはそれまでの腰掛けだ」と答えてくれた。店長に訊くと、吉田さんはこのパブで働いてもう4年になると云う。どのような事情があるのか僕には想像もつかなかったが、吉田さんがまた名店で働く事は多分ないだろうな、と思っていた。この店がちょうど彼の器にあっているように僕には思えた。

パブで出す料理はフランス料理とは縁もゆかりもないものばかりだった。数はそれほど多くない。フライドポテト、牛タンの塩焼き、焼きビーフン、茄子のチーズ焼き、この四つを食えば、大体この店を制覇したと言ってよかった。オーダーを受けたウェイターは、ホール(といってもテーブルが10個にカウンターが5席の狭い店だ)と厨房をつなぐ小さな小窓まで行って、まず大きな声で「お願いします!」と吉田さんに声をかける。この掛け声を忘れたり、声が小さかったら吉田さんは料理を作らない。客からどれだけクレームが来ようとも作らない。料理が出来上がると、呼び鈴がけたたましい音で鳴らされる。あの、ホテルのフロントなどによくある、押すとチーンと鳴る小さい呼び鈴だ。音が鳴ったらすぐさま小窓まで料理を取りに行かねばならない。ウェイターが全員客のオーダーを取っていてもお構いなしだ。ウェイターが取りに来るまで延々と呼び鈴は鳴らされる。「温かい料理は出来たてのものを出さなくてはならない」という吉田さんの信念のため、オーダー取りはしばしば中断させられた。1週間も働くと、チーンという音がするだけで体が雷に打たれたような感じがして、足が勝手に厨房の方に向かう癖がつく。それくらい暴力的でおっかない音だった。あれは吉田さんのこの世の中に対する怒りそのものだったと思う。

一回りも歳が上の店長さえも吉田さんには一切文句を言えなかった。吉田さんは忙しさのピークが終わると、ホールの僕らを厨房に呼んで一緒にタバコを吸う。厨房の忙しさのピークが終わるということは、実は再びホールの忙しさのピークが始まるということなのだが、そんなことも吉田さんにとってはお構いなしなのだった。僕も随分長いこと飲食店で働いていたが、料理人の聖域である厨房で堂々とタバコを吸うのはこの店が初めてだった。僕らがのんびりとタバコを吸っている間、店長だけが一人黙々とホールで仕事をする。しかしこれだけ傍若無人に振舞うだけあって、吉田さんの料理は確かに美味かった。他の事では腹の立つことばかりだったが、料理の腕だけは認めざるを得なかったのである。店で出す料理とは別に、毎日違うまかないを作ってくれるのだが、これが毎回うならせられる。従業員の栄養のバランスまで考えて作られるこのまかないは密かに僕の楽しみになっていた。

気詰まりな時間を少しでも減らしたいという一心で、僕は積極的に吉田さんに話しかけるようになっていった。

吉田
「へー。おまえ本読むのか。最近の若いやつは女と遊んでばっかりで本なんか読まないと思ってたよ」
寺山
「そんなにたくさんは読んでないですけどね。あとはそうだな、競馬とか結構やりますよ」
吉田
「そうか。じゃあディック・フランシス貸してやろうか」
寺山
「吉田さんミステリ読むんですか。意外だな。俺、ディック・フランシス読んだ事ないです。貸してください
吉田
「ああ、今度持ってきてやるよ。全部揃ってるから。ついでにダシール・ハメットとチャンドラーも持ってきてやる」
寺山
「あー読みたい。俺、古典は全然読んでないんです。最近のやつばっか」
吉田
「古典って言うなよ。そこまで古くねえだろ」

吉田さんは意外に多種多芸な趣味人だった。少々説教臭いところはあったが知ったかぶるようなことは一切なく、知らない事は知らないとはっきり言い、素直に知識を吸収していくタイプの人だった。しかし貯め込んだ知識を披露する話し相手がいなかったのだと思う。聞き役に徹していた僕は気に入られ、毎日のように趣味の話に付き合わされた。でもそれは仕事で小突かれたり、向こう脛を蹴られたりすることに比べたら全然苦にならない。話の内容も僕の知らない事ばかりで面白かった。女の話をするときだけ、吉田さんの話の調子は少し違っていた。あの異形に偏屈な性格だ。多分恋人はずっといなかったに違いない。風俗店でのちょっと誇張した武勇伝など、下卑た笑いと女性に対する屈折した感情が入り混じった、聞くに堪えない話が多かった。そういう話をした後は決まって何かを思い出したように吉田さんの機嫌は悪くなり、仕事の最中にアルバイトに蹴りを入れたり八つ当たりをするのだった。

僕は半年程働いた後、別のもっと条件のいいアルバイトをみつけてそこを辞めることにした。吉田さんは、僕が店長に辞めると申し出たその日から一切僕に話しかけてこなくなった。その代わりに呼び鈴の音が前にも増して暴力的になった。



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