
『マトリックスレボリューションズ』の感想です。観てない人は読まぬが吉です。思いっきりネタバレです。危険です。
一言で言えば「がっかり」なんです。それしか言いようがない。点数つけるとすれば70点くらい。1作目『マトリックス』が90点台後半、『リローデッド』が80点台と考えてこの点数です。「期待が大きすぎて、そのせいで低評価になってしまってるんじゃないか」と考えて、もう一度『マトリックス』と『リローデッド』を観直してみたんですよ。それでもやっぱり評価は変わらなかったです。映画として面白いのはどう考えても『マトリックス』。あんまり気が進みませんけど「ここ、ダメだなあ」という点を書きます。まずアクションから。
3作を通じて予算のほとんどをかけた終盤のアクションシーンなんですが、単にCGに頼ってるだけで飽きてしまいました。ドックでのセンチネルとの死闘は、25万匹のセンチネルという物量の恐怖を描くためにCGに頼る必要があったと思いますが長すぎると思いました。APU(エイリアン2で出てきたような乗り込み式のロボット)がいくら銃を乱射しても、センチネルのあの量だったら全員秒殺されるはずだと思うんですけど。あそこでジーやキッドが活躍するのも、いかにも物語を盛り上げるための御都合主義で気に入りません(音楽がこれみよがしの荘厳な感じなのも含め)。彼らこそ真っ先に惨殺されてしまった方が機械の恐ろしさがより際立つし、ショッキングな展開に「物語はこの先どうなるかわからない」という不安感を感じる事が出来たと思います。彼らが普通に活躍することで、「ああこの物語は、予定調和で終わる凡百の物語と同じなのだな」といういやな予感を感じてしまいました。『マトリックス』にあったような軽妙なかっこよさがなくなり、泥臭くてお涙頂戴の展開にうんざりでした。
スミスとネオの決戦はお互いにパワーのインフレが進みすぎてしまったために、地上での戦いだけではその凄さを表現しきれずついに空中戦にまで及ぶわけですが、ここまで来るともうCGの出来栄えとスケールの大きさを楽しむだけになってしまい、『マトリックス』がもっていた「役者自身が体を張ってやるカンフーの面白さ」は全くなくなってしまっています。結局マトリックスの中におけるネオは、第1作のラストでエージェントの動きを凌駕し、銃弾を無効化し、空を飛んだ時点でアクションとしての面白さを無くしてしまった存在だったわけで、これは『レボリューションズ』で一番面白かったアクションがトリニティーとモーフィアスがメロビンジアンに会う直前に行った「天井を駆ける敵との闘い」だったことに通じてます。力のインフレが究極まで進むと、闘わずして勝つ事が可能になり、アクションが成立しないということを感じました。
アクションそのものを抜き出すと、アイデアと見せ方で『マトリックス』、派手さと面白さで『リローデッド』が良かったように思います。
次にストーリー。『リローデッド』で大量にばらまかれた謎に、すっきりとした答えがほとんど出ていないためにイライラがつのりました。結局ネオが手をかざすだけでセンチネルを止める事が出来たのは、ネオが本物の「超能力者」になったということでOKなんでしょうか? それじゃあんまりです。超能力というものの胡散臭さを、マトリックスという仮想現実を持ち出す事によってリアルたらしめた1作目のアイデアが台無しですから。
全3作を通して観て一番思ったのは、とにかくザイオンに舞台が移ると途端に話がつまらなくなるということでした。機械対人間の闘いをそのまんま描いたのではそこらへんのB級SFと何も変わらないんです。ただ単に映像が豪華なだけで。その陳腐な話にマトリックスという魅力的な世界を用意したことが映画『マトリックス』の面白さだったのに、リローデッド、レボリューションズと話が進むにつれて現実での闘いに比重が置かれるようになってしまったのが最大の失敗だったと思うのでした。また、リローデッド以降、コンピュータと数学理論についての基本的知識(特に用語)がないと話の筋がさっぱりわからなくなるところも大きなマイナスです。
ウォシャウスキー兄弟は『マトリックス』が商業的成功を収めたあとすぐに「マトリックスは初めから3部作のつもりで作った話だ」と話していました。確かに成功したら続編を作るつもりではあったでしょう。でも、『マトリックス』完成時に果たしてこの物語全体の構想があったかどうかは非常に怪しいと思っています。
結論。僕の中ではマトリックスは第1作目で完結してます。あとの2作は別の監督と別の脚本家が作った(映像偏重の)余計な駄作だと思うことにします。
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