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2004年09月12日

映画感想係 『ヴィレッジ』

ホアキン・フェニックス

大好きなマイケル・ナイト・シャマラン監督の最新作。いつにもまして「どんでんがえし」を宣伝でうたいまくっている感があるので嫌な予感あり。また、今回もそこかしこで「パクリ疑惑」や「世紀の駄作」などの声が聞こえてきていて、雑念を振り払うのに大変でした。まず毎度あがってくるパクリ疑惑についてなんですが、僕はパクリであっても元ネタを超えた面白さがあればいいと思っているので、あまりパクリパクリと声高に批判されてるのを見るとげんなりします。さすがに今回は「完全丸パク」とまで言われていたので、もしもシャマラン監督が本当に意図的にパクっているのなら、もう堂々と「パクってるというかプロットは踏襲したけど、俺の方が断然面白いだろ?」と言ってもらいたいなと思います。しかし可能性としては意図的じゃなかったということも十分考えられると思うんです。だってこの一発ネタは誰だって考えつきますよ。こういう叙述トリックを中心に据えると、必然的にディテールまで同じになってしまうというのはありえることだと思います。

また、以前にもシャマラン監督のことを書いたのですが、僕はシャマラン作品のどんでんがえし、オチは全く重視してません。だから「オチが読めてつまらなかった」とか「ぜんぜんどんでんがえしじゃない」とか言われても「それが何か?」と思います。『シックスセンス』の時はオチがたまたま上手く決まっただけであって、それと同じ小気味よさを求めるなら、もうシャマラン作品は観ない方がいいですよ、と言いたい。実際『シックスセンス』を観た人の中にも、最初の10分でオチが読めた人はたくさんいたわけで、それでもラストまで引っ張る力があの映画にはあったと思うんです。そっちの力の方をこそもっと重視してもらいたい。

では以下思いっきりネタバレしますので注意。未見の人は読まないで下さい。


続き

「面白かったか? それとも面白くなかったか?」と問われれば、迷うことなく「面白かった」と答えますが、それとは別問題で『ヴィレッジ』には実は失望しています。この作品はシャマラン監督作品としては大きなターニングポイントになるのかもしれません。

過去3作品に共通しているのは「幽霊、スーパーマン、宇宙人という、普通ならふざけるなと言いたくなるような子供じみた題材を、最後まで緊張感を保ちつつ、最後までその存在に疑いを抱かせつつ描ききる。最終的にそれらの存在を壊さない。そのまま見せちゃう。それが腰砕け」という点です。僕は特にこの「子供じみた題材」に肩入れしていて、今回の『ヴィレッジ』で言えば「<<彼ら>>」(口に出してはならない存在)がどのようにして緊張感を保ったままスクリーンで暴れるのか、ゴブリン(あるいはオーク、グール)としてどのように現代的解釈を与えられているかを一番楽しみにしていたのでした。

しかし「<<彼ら>>」は結果的に物語世界の内部においても偽物だったということがわかって失望しました。この映画に子供じみた題材は存在しない。あるのは「箱庭」という現実的なオチと、「愛」という僕の嫌いなテーマと、「カルトとユートピア」というような他の監督に任せればいい社会問題です。

今までの作品は、オチが明かされて「なーんだ」となっても、「なーんだ」の質が違っていたんです。「なーんだ、幽霊(不死身のヒーロー・宇宙人)だったの。って、え? 幽霊(不死身のヒーロー・宇宙人)? 幽霊(不死身のヒーロー・宇宙人)とかモロ出ししちゃう? うははすげー」だったわけです。でも今回の「なーんだ」はそのまんまの「なーんだ」なんですよね。オチのベクトルが現実を向いてるので、オチを読めてしまった時点で面白さが半減してしまうんです。映画を観る前から、宣伝で村の掟をクローズアップしているのを見て既に読めてしまったという人も多いと思います。

「そのまま見せちゃう」というところも僕がシャマランを大好きだった理由のひとつです。よく言われる言葉に「見えない存在こそが一番怖い。『エイリアン』(第一作目)を見てみろ。暗闇に潜むエイリアンは決してその全貌を見せない。あれが明るい光の中に堂々と出てきたらコントだよ」というようなものがあります。また、「モンスター(幽霊)なんか怖くない。本当に怖いのは現実の人間の心だ。肉親がそのままの姿で心だけモンスターになっていくというのが一番怖いんだ」というのもあります。これらは確かにその通りだと思いますけど、そこをあえて臆面もなく全部見せちゃう、人間じゃなくてモンスター(幽霊)を出しちゃう、というところこそがシャマランの良さだったと思うんです。

前作『サイン』を観た時、多くの人がそうだったように、僕も最後の最後に姿を現すまでこいつらは実は宇宙人じゃないんじゃないか、という疑いを捨てきれませんでした。物語の内部においても、宇宙人の存在が暗黙の了解事項になっていなかったからです。先ほど挙げた『エイリアン』みたいな映画を考えてみると、物語内部でも宇宙人(というか宇宙生物)の存在は了解事項として描かれていて、そこに疑いを挟む余地は一切ありません。そこにサプライズはありません。にも関わらず、『サイン』の宇宙人の正体には皆がっかりし、『エイリアン』の宇宙生物には皆わくわくする。『エイリアン』が宇宙生物を真正面から描いていても「これは子供じみてるバカげた話だ」とは誰も言わない。これ、逆じゃないですか?

『サイン』において、物語世界の内部でも宇宙人が宇宙人として描かれていたことを理解したとき、僕はスクリーンに喝采を送っていました。その姿がどれだけ陳腐であっても、いや陳腐でまぬけであることが逆にある種のリアリティを生んでいるとさえ思いました。ちょっと想像してみてください。本物の宇宙人に会ったとしたら、自分はどんな反応をするだろうかと。多分笑うと思うんですよね。なんだ、これ、作り物みたいじゃないか、こんなもん本物のわけないじゃないか、って。(蛇足ですが、最近の映画で宇宙人を臆面もなく出しちゃって最高だったのは、・映画『ドリームキャッチャー』。これは面白かったです)


というわけで、今後のシャマラン監督がどうなっていくか非常に心配です。今回の作品みたいな、オチが現実のベクトルを向いている作品は僕はもうたくさんです。どんなに秀逸なオチがついたとしても、僕にはそれは心の底からは楽しめません。「現実だと思っていたら、実はやっぱり非現実のことを描いていた」というわくわくするような話を作り続けてもらいたいと思います。それだったら、どれだけつまらないオチであったとしても、僕は変わらずシャマランを愛し続けられるのです。82点。

ヴィレッジ

ヴィレッジ

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2005/04/22
  • メディア: DVD



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