
お久しぶりです。ほぼ4ヶ月にわたる放置、まことにありがとうございます。だらだらです今日は。
そんで最近というかもうインターネッツに触れてこのかた、ファッション関係の商品を実店舗で買うということがほっとんどなくなってまして、片っ端からネット通販です。最初の頃は「なんか小包的な形で送られてくると、自分で買ったにも関わらずプレゼント貰ったみたいで妙に嬉しい」というのが大きいのかなと思っていたんですけど、どうもそうじゃないねコレは。自分の暗黒面から目をそむけてただけだね。
服に限らずモノを買う、手に入れる、っていう行為はものすごく好きです。これは間違いない。包丁研ぐ石とかでも、手に入れるとなんか妙に高揚します(そんなもん買ったときないけど)。イヤなのは店舗との関わりなんですよね考えてみると。年齢を重ねればイヤでも人との関わりが増えて、そういうのの耐性がついてくるのかと思ってたんですけど、むしろ逆。年とればとるほどうざったい関わりを避けるようになってます。
特に感じるのが服を買うときで、ほら、俺って自意識過剰じゃん?(知らねえよ) どうにも店員の目が気になって気になって気になってまともに買い物とか出来ないんですよ。というか絶対的に自分のセンスに信頼がおけないので、何を選んでも店員に「ぷ、やっちゃったよこのシト、地雷踏んだよー。セール直行確実な糞アイテムがプロパーで掃けたよラッキー」とか思われてんじゃないかなっていう無限ネガティブスパイラルに陥るんですよ。あーもうめんどくさい。自分がめんどくさい。
あとほら、ちょっとこじゃれた店に買いに行くときの自分のファッションが気になるじゃないですか。「はいはい、君みたいな人の来るとこじゃないよーここは」っていう店員の視線が痛いじゃないですか。もう、その店に行くためのファッションをまずは一式そろえなきゃいけないじゃないですか。1段レベルが落ちる店で「まあ、これくらいならなんとかあそこにも行けるかな……」みたいなの揃えなきゃならない。もっと言ったらその1段レベルが落ちる店の店員の目まで気になってきて、さらに数段落ちるところでまずは一式揃えなきゃ、みたいなね。どんだけ揃えたら当初の目的の店にたどり着けんだよおい、っていうね。
そんでまあなんとかかんとか一式そろえたとしましょうよ。それでもビクビクもんですけどね。そのビクビクを敏感に察知した店員にまず上から下まで舐めるように見られて値踏みされるでしょう。「はは〜ん、そのレベルね。はいはいOKOK。大体把握した」とか思われるでしょう。で、もう、端っからナメられてるから、あからさまに糞アイテム押し付けてこられたりするでしょう。「これ、昨日入ってきたばっかなんですよ。自分も一着持ってて、お気に入りなんでもうずっと着てます」とか、おいおい、なんで昨日入ってきたばっかなのにずっと着てるとか2秒でわかる嘘つくんだよおまえ、っていうね。
そんなこんなをひっくるめて、実店舗で服買うのがすごい精神的苦痛なわけです。そこに現れたインターネッツ通販。もうアレですよ。水を得た魚ですよ。斧を得たドワーフですよ。毛が生えた小六ですよ。夏の臨海学校も「どうだ」ですよ。ムササビにカットレモンですよ。
自由。そう自由を手に入れたね。精神の開放だね。プレッシャーを感じず、本当に自分が欲しいと思ったものを気兼ねなく買える精神的自由。
でもその弊害ももちろんあってですね、元々センスないし、こう、お店に置いてあるとなんとなくは察知できる「地雷臭さ」が、ネット通販からは全く匂ってこないんですよね。「お、これいいな」っていうのがもう客観的に見たら明らかに地雷。手元に届いて初めてわかるっていう。精神的苦痛は受けないけど、その代わり金をドブに捨てる確率も高いっていう諸刃の剣ね。だからどんどん保守的になってきて、ブランド信仰が篤くなってくる。ブランドっつってもグッチとかそういうアレじゃないですけども、いわゆる「ブランドが確立されてる老舗」とか、そういう意味でのブランド信仰が篤くなってくる。なんだか全然自由じゃない。
どうせ自由じゃないならもういっそ管理されたい。SF的な未来的な管理社会でめちゃめちゃ監視されて識別番号与えられて、網膜センサーで地下鉄内での位置とか把握されて、すごいセンスのいいスタイリストが無理矢理ついて、「UZEE-4274号、これを着なさい」「はい」とか。そんですごいかっこよくなっちゃってんの自分。俺はそれでいいですマジで。ぶー。
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