とある新聞社の入った駅ビルのパブで、僕はウェイターのアルバイトを始めた。アルバイトの人数は常時3人。50代の雇われ店長が人当たりの良い優しい人なので、歴代のアルバイトたちには長く続ける者が多くいたらしい。しかし僕と同時期に入った慶應大学のヤツが会うたびにいちいち自慢話をする男で、こいつのせいで僕自身は長続きしそうにないな、と感じていた。人数が3人しかいないからイヤなヤツと当たったら逃げ場がないのだ。でももっとタチの悪い人が厨房にいることに、まだこの時点では気付いていなかった。
一人しかいない厨房専門の従業員、吉田さんは多分30代の後半だったと思う。でっぷりした体のこの男は、鼻が悪いのか、いつも受け口気味の分厚い唇からゼエゼエと喘ぐような激しい呼吸音をさせている。一番特徴的なのは不自然に突出した眼球で、僕はバセドー氏病の疑いをもった。しかし本人に向かって真偽を確かめた事は一度もない。そんなことはとてもじゃないが聞ける雰囲気ではなかったからだ。とにかく一度目にしたら忘れられない異形の人だった。
吉田さんは一流のフランス料理店で働いていた事が自慢だった。パリで修行したこともあるという。僕が一度すっとぼけて「なぜこんな駅ビルの従業員5人しかいないパブなんかで働いているのですか?」と訊ねたら、「いろいろとあるんだよ。おまえなんかにはわからないいろいろな事情がな。でも俺はこんなところで収まってる器じゃねえんだ。そのうちまた有名なフレンチに移るよ。もう話は来てるんだ。ここはそれまでの腰掛けだ」と答えてくれた。店長に訊くと、吉田さんはこのパブで働いてもう4年になると云う。どのような事情があるのか僕には想像もつかなかったが、吉田さんがまた名店で働く事は多分ないだろうな、と思っていた。この店がちょうど彼の器にあっているように僕には思えた。
パブで出す料理はフランス料理とは縁もゆかりもないものばかりだった。数はそれほど多くない。フライドポテト、牛タンの塩焼き、焼きビーフン、茄子のチーズ焼き、この四つを食えば、大体この店を制覇したと言ってよかった。オーダーを受けたウェイターは、ホール(といってもテーブルが10個にカウンターが5席の狭い店だ)と厨房をつなぐ小さな小窓まで行って、まず大きな声で「お願いします!」と吉田さんに声をかける。この掛け声を忘れたり、声が小さかったら吉田さんは料理を作らない。客からどれだけクレームが来ようとも作らない。料理が出来上がると、呼び鈴がけたたましい音で鳴らされる。あの、ホテルのフロントなどによくある、押すとチーンと鳴る小さい呼び鈴だ。音が鳴ったらすぐさま小窓まで料理を取りに行かねばならない。ウェイターが全員客のオーダーを取っていてもお構いなしだ。ウェイターが取りに来るまで延々と呼び鈴は鳴らされる。「温かい料理は出来たてのものを出さなくてはならない」という吉田さんの信念のため、オーダー取りはしばしば中断させられた。1週間も働くと、チーンという音がするだけで体が雷に打たれたような感じがして、足が勝手に厨房の方に向かう癖がつく。それくらい暴力的でおっかない音だった。あれは吉田さんのこの世の中に対する怒りそのものだったと思う。
一回りも歳が上の店長さえも吉田さんには一切文句を言えなかった。吉田さんは忙しさのピークが終わると、ホールの僕らを厨房に呼んで一緒にタバコを吸う。厨房の忙しさのピークが終わるということは、実は再びホールの忙しさのピークが始まるということなのだが、そんなことも吉田さんにとってはお構いなしなのだった。僕も随分長いこと飲食店で働いていたが、料理人の聖域である厨房で堂々とタバコを吸うのはこの店が初めてだった。僕らがのんびりとタバコを吸っている間、店長だけが一人黙々とホールで仕事をする。しかしこれだけ傍若無人に振舞うだけあって、吉田さんの料理は確かに美味かった。他の事では腹の立つことばかりだったが、料理の腕だけは認めざるを得なかったのである。店で出す料理とは別に、毎日違うまかないを作ってくれるのだが、これが毎回うならせられる。従業員の栄養のバランスまで考えて作られるこのまかないは密かに僕の楽しみになっていた。
気詰まりな時間を少しでも減らしたいという一心で、僕は積極的に吉田さんに話しかけるようになっていった。
吉田さんは意外に多種多芸な趣味人だった。少々説教臭いところはあったが知ったかぶるようなことは一切なく、知らない事は知らないとはっきり言い、素直に知識を吸収していくタイプの人だった。しかし貯め込んだ知識を披露する話し相手がいなかったのだと思う。聞き役に徹していた僕は気に入られ、毎日のように趣味の話に付き合わされた。でもそれは仕事で小突かれたり、向こう脛を蹴られたりすることに比べたら全然苦にならない。話の内容も僕の知らない事ばかりで面白かった。女の話をするときだけ、吉田さんの話の調子は少し違っていた。あの異形に偏屈な性格だ。多分恋人はずっといなかったに違いない。風俗店でのちょっと誇張した武勇伝など、下卑た笑いと女性に対する屈折した感情が入り混じった、聞くに堪えない話が多かった。そういう話をした後は決まって何かを思い出したように吉田さんの機嫌は悪くなり、仕事の最中にアルバイトに蹴りを入れたり八つ当たりをするのだった。
僕は半年程働いた後、別のもっと条件のいいアルバイトをみつけてそこを辞めることにした。吉田さんは、僕が店長に辞めると申し出たその日から一切僕に話しかけてこなくなった。その代わりに呼び鈴の音が前にも増して暴力的になった。
頭上で嘲笑う太陽を避け地下鉄に乗る。東光駅で降りる。吹き出る汗をパイル地のハンカチで押さえながら、気が遠くなるほどクソ長い地下通路を歩いていると突然すーっと汗が引いていくポイントがある。そこが千台図書館だ。その先にも通路は続いているけれど、一体どこに出るのかは知らない。どこにも出ないのかもしれない。傾斜があるからどんどん地下深くに行くのかもしれない。考えただけで暑苦しくなる。耐えられない。
重い鉄扉を開けるといつものように埃と黴の臭いが出迎えてくれた。丁寧に挨拶を返し(舌打ちだ)、開架式の棚をぶらぶらと冷やかし、奥にある自習室に向かう。最近の図書館は自習室を設けない所が多いらしい。図書館の蔵書には何の興味もない学生が、試験勉強と称して席を占領するからだ。割を食ってる(と主張する)社会人だって似たようなもんだ。目的通りに機能する空間なんて監獄だけだ。
僕の目的は静かに本に目を落としていた。微かに浮かんでいる表情から、本の内容を推測してみる。多分小難しい学術書だ。でも笑っている。小難しさを楽しんでいる表情だ。さりげなく正面の席に座り、わざとらしく眼鏡を拭いたりしてみる。しかし彼女が周りに気を取られるということはない。僕という存在は、彼女の世界には存在していないのだ。それがどうにも自分の中で処理できなくて、こうして毎日陰気な図書館なんぞに通っている。
頭の半分で本を読み、もう半分で彼女との付き合いを夢想する。話したい事がたくさんある。彼女はあの静かな微笑で僕を迎えてくれるだろう。僕の話を真剣に聞いてくれるだろう。そういう光景を頭に浮かべ、ようし今日こそは話し掛けるぞと意気込んではみるものの、結局何をきっかけにすればいいのかわからなくてまた夢想に戻る。そして閉館時間がおとずれるのだった。「さようなら、また明日」心の中で呟いて一握りの満足を得る。いつか彼女は僕の存在に気付く。何、焦ることなんかないんだ。話し掛けるのは明日でもいい……。
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今日もあの青年が前の席に座り、私に視線を送り続ける。わかっている。貴方が私に何を望んでいるのか、手に取るようにわかっている。貴方は自分という存在を認めてもらいたいのでしょう。図書館で難しい本を読むような女が、自分を認めたというその満足感が得たいだけ。それを恋だと思い込もうとしてる。貴方の中に私は存在していない。貴方は私という鏡を通して自分を見つめている。貴方が何を夢想しているかもわかっている。私に話しかけているのでしょう。私が微笑みを浮かべてそれを聞いているのでしょう。貴方は私のことを知ろうとしていない。孤独を癒す道具を求めているだけ。貴方は私を知らないけれど、私は貴方を知っている。さようなら、また明日。
彼の寂しげな背中が扉の向こうに消えるのを待ち、私は席を立った。本を返し、図書館を出る。目の前に広がる庭園は春になれば美しい花でむせかえる。でも今は真っ白な雪に閉ざされ、息をひそめている。足跡ひとつない新雪を踏みしめ通りに出た。バスを待つ。私は何をしているんだろう。何がしたいのだろう。
いずれの御時にか数多女御更衣さぶらいたまいけるなかにすぐれてときめきたもう人がおられまして、他人に優しく自分に厳しく、良識備えたる女性でありました。仮に名を繁子といたしましょう。繁子さんのような所謂「いい人」の周りにはやっぱりいい人が集まるものです。繁子さんは日々を楽しく暮らしておりました。
ある朝繁子さんが何か気掛かりな夢から目を覚ますと、インターネット時代の只中にいる自分を発見いたしました。そうか、時代はインターネットなのね。したらばネチズンがすなるホームページというものを自分もしてみんとてするなり、などと思いまして早速ホームページなるものを開設いたしました。『繁子's ほおむぺえじ』はこうして幕を開けたのでございます。が、しかし、開設初日から「ほおむぺえじというのはWEBサイトの最初に表示される1ページの事を指すのであって誤用である。正しくは繁子'sサイトであろう」などと指摘なさるお人が早速現れ、その前途には暗い陰が落とされたのでございます。
繁子さんは自分のサイトに4つのコンテンツを設置いたしました。「アバウト」「シャシン」「ニキ」「ビビエス」。なぜ日記をニキ、掲示板をビビエスと表記するのかは自分でもよくわかりませんでしたが、何か名状しがたきもの、万物に宿る精霊が如きものに突き動かされ、そのようにいたしました。ニキでは日々繁子さんの周りで起こる楽しい出来事をあるがままに綴りました。
いつしか繁子'sほおむぺえじは栄華を極め、ビビエスは返信(レスと申すそうです)が辛くなるほど繁盛するようになりました。しかし違う。何かが違うのです。「インターネットはいろんな人と知り合えるのがいいよね(はあと)」という繁子さんも信じて疑わなかった定説が、繁子さんに限ってはどうやら逆に作用しているようなのです。イソターネット以前の時代には、常に繁子さんの周りは「いい人」であふれておりました。しかし何故か繁子'sほおむぺえじは繁子さんが望んでいない人物に占拠されるようになっていたのです。招かれざる客ばかりが来るのです。
「私はほおむぺえじを自分の家のように思っている。なぜ彼らは私の家に土足で上がってきて私を翻弄するのだろう。そっとしておいてほしいのに」
このような泣き言をニキに書いた瞬間、山のような罵倒が繁子さんに浴びせられました。「WEBで公開するということの意味を考えろ」「そんなに批判を受けるのが嫌ならローカルで日記書け」「自分の言葉に責任を持て」繁子さんは混乱しました。傷心のままサイトを閉鎖し、元のイソターネットとは無縁の生活に戻りました。平穏な日々がよみがえりました。現実の生活でも嫌な人物と知り合う事はありましたが、そういう人は自然と縁が切れていきました。イソターネットはなんで嫌な人物となかなか縁が切れないんだろう? なんで私と合わない人が次々と押し寄せるんだろう? いろんな人と知り合えるのはメリットかもしれないけど、私は嫌な人とは知り合いにはなりたくないなぁ、と繁子さんは思いました。おわり。
なんか流行ってるらしいからやってみるよ。言ってるそばから叩かないでよ。
まずは中堅の内藤からね。中堅って言うか知らないんだけど。あんまり詳しくないから間違ってたらごめん。印象批評でごめん。構造主義とか解釈学とか受容理論とかポストコロニアルとか知らないし。ええと誰だっけ?ああそうそう内藤ね。
朝立ちや 馬のかしらの 天の川
うわっ、最初から下ネタだよ。典型的な「自分で自分を面白いと思っちゃってる寒い人」だよ。大体イマドキ季語が天の川て……。なんて言うか、思いつくまま下ネタ繰り出してるだけって言うか、ネタの加工とか全然考えてないよね。シモ出して自分がゲラゲラ喜んじゃってるっていう。論理的思考皆無。見てるこっちがキツイです。
次は服部。服部って誰?知らないヤツばっかりで評者としてもつまらないね。
梅一輪 一輪ほどの あたたかさ
ちょっと毒舌入ってる主婦日記系ですね。それはまあいいとして、日本語がダメ。一輪がかぶっちゃってるじゃん。ですます調とである調が無自覚に混在しちゃう人とか、言ってる事が二重になってる人とか、ちゃんとWEBにアップする前に推敲くらいしろっつーの。つーか梅が咲いてきたら暖かいのは当たり前なわけで、今更鬼の首でも取ったかのように声高に主張されてもねえ(苦笑)。つーかどうでもいいし、そんなこと。次。
お、次はちょっと大手だよ。松尾だよ。松尾。こういうところに噛み付くと反論が怖いけど、まあ松尾あたりがこんなとこ読んでるわけないしね。直リンしてないから解析されないし。
松島や ああ松島や 松島や
つーか何コレ。典型的なアクセスに胡座かいてる手抜きじゃん。別に無理して更新しないでいいって。もう少しちゃんと書こうよ。いくらなんでもボキャブラリー少なすぎ。「あ」と「や」と「松島」しかないし。こいつの頭の中にはコレしかないのかね?ネタもローカルすぎ。内輪受けすぎ。馴れ合いすぎ。論外。
段々イヤになってきた。次でもうやめるね。また大手だ。小林だ。
やせ蛙 負けるな一茶 これにあり
あのさあ、合コンで「裕美はね〜裕美はね〜」って自分の事名前で呼んじゃう系じゃないんだから、テキスト内で管理人の名前連呼するのやめようよ。典型的な自己陶酔系だね。やせ蛙に自己投影しちゃってるし。応援しちゃってるし。もう見てらんない。はあ、やんなきゃよかった。
ブラジルのサンタレンという港町から車で数時間の僻地にカフーの家はあった。港町と言っても海に面してるわけじゃない。アマゾン川だ。その支流、シングー川でカフーは漁師兼シッパーとして働いていた。
月々の稼ぎは微々たるものだが、天涯孤独の身なので暮らしはそれほど苦しくない。食べるための魚ではなく、外国に輸出する稀少な熱帯魚を狙って漁をする事が多い。そのためこうした僻地に暮らさないと商売にならないのだ。たまにサンタレンまで行って大量に食料品を買い込み、後は源流を遡って珍魚探索に明け暮れる。金の使い途などないので、むしろ金は貯まる一方なのだという。僕は真っ黒に日焼けしたカフーの背中に向けて、答えを期待しない質問を投げてみた。
「そんなに金を貯めこんでどうするんだい?」
「あって困るものじゃないだろう? そのうち綺麗な嫁さんでも貰って都会に出るさ」
「君には都会は似合いそうもないな」
「余計なお世話だ」
インペリアルゼブラという俗称で呼ばれるプレコが日本のマニアの話題になっていた頃、カフーの周りには俄か漁師が続々と訪れたという。たかだか5cmほどのどうってことないこのナマズが(その体色の美しさだけは特筆ものだったが)、ブラジル人にとっては純金にも等しい金額で取引されたのだ。サンタレンの漁師たちはこぞってガリンペイロよろしく源流に分け入った。しかし珍魚はなかなか見つからないから珍魚なわけで、カフーのようにそういった魚の棲息地を掴んでいない者には簡単に捕まえられる獲物ではなかった。そしてカフーは奴らに魚の居場所を教えてやるほどお人よしでも親切でもない。乱獲すればあっという間に魚はいなくなる。間引いても差し支えない範囲でしかカフーは漁をしなかったのである。
野生のトゥカーノの鳴く声を聞きながら、僕はカフーの姿に見入っていた。顔は漁師特有の深く刻まれた皺によって随分と老け込んで見えるが、実は僕と大差ない年齢なのだ。たどたどしいポルトガル語で話す僕と比べると、落ち着いた物腰といい、精悍な肉体といい、まるで大人と子供だ。嫉妬に近い感情を覚えながら、櫂を手繰るカフーに再び声をかけた。
「こんな所に一人で暮らしていて寂しくはないの?」
「おまえの国では一人で暮らす人間はいないのか?」
「いや、いるよ」
「それと同じだ。都会で暮らそうとアマゾンの奥地で暮らそうと孤独に変わりはない。俺はいつでも死にたくなるほど寂しいよ」
「そんな風には全然見えない。君はそんな弱い人間には見えない。」
「弱い? これを弱いというのか。初めて知った」
4年後、カフーは姿を消した。家に置いてあった水槽には干上がったアカリエスピーニョが一匹。そいつに名前を付けていつも話し掛けていたという話を後にガリンペイロたちから聞いた。多分カフーは生きちゃいないだろう。死者の住まう町で、一人寂しく魚を捕る姿が浮かんで消えた。僕は弱さの意味について考えを巡らした。
「おまえはなぜ俺につきまとうんだ?」
「あなたを見ていると飽きないからです」
「不快だ。消えてくれ」
「いやです。あなたが私の視界から消える以外ありません」
「なんで俺が消えなきゃいけないんだ。バカなことを言うな」
「お互い相手の行動を縛る事は出来ないということです。相手に行動を強制するつもりなら暴力以外に手段はありません」
「じゃあそうさせてもらおうか」
バキッ!
「痛たたた……。本気のパンチですね。でもこの程度では引き下がりませんよ」
「おまえは狂ってる。じゃあ消えるまでやらせてもらおうか」
バキッ! ドカッ! ドスッ! ドンッ! バンッ!
「さすがに痛いです。辛いです」
「なら消えることだ。おまえに監視されていると虫酸が走る」
「残念ながらご期待には添えません。私はこれからもずっとあなたを見続けます」
「なんてヤツだ……。病院送りにされないとわからないようだな」
「病院送り? 笑わせないでください。傷が癒えたらまたあなたを見続けますよ。例え何ヶ月入院しようとも、また同じ事を繰り返すだけです」
「……」
「私を排除したいなら私を殺す以外に方法はない。そのための暴力です。あなたは私を殺す覚悟がおありですか?」
「何を言ってるんだおまえは。いい加減にしろ。警察を呼ぶぞ」
「呼びたければ呼べばいいでしょう。それは脅しか何かですか? 脅しなのだとしたら何の効果もない。私は警察に捕まっても、裁判で有罪を食らっても、何の痛痒も感じない。留置所や刑務所から出所したら同じ事を繰り返すだけです。あなたは私から決して逃げられない。私を排除したいなら私を殺す以外に方法はないのです。そして私を殺した罪で刑務所で一生を終えるしかない」
「そんなこと出来るわけがないだろう!」
「では私の視界から完全に消えなさい。但しどこに逃げようとも私はあなたを地の果てまでも追う。消えるというのは死んで土に還るという事です」
「狂ってる。おまえは狂ってる!」
「いいえ私は狂っていません。あなたが愚か者だという事です。社会の暗黙のルールがどこでも通用すると信じている愚か者です」
「じゃあ一体俺はどうすればいいんだ! !?」
「私に見られ続ければいいんです。あなたはそんな簡単な事にも耐えられないんですか? そんな事のために殺人を犯したり自殺したりするような人間なのですか?」
「俺は……俺は……」
「月日が経てば大抵の事には慣れます。受け入れなさい」
「……」
2年後彼らは結婚し、幸せな家庭を築いた。
女「Tくん本当に優しいよね……」
T「優しくなんかないよ。つーかそんなに辛いなら別れればいいじゃん。君くらいかわいければすぐ別の男が見つかるだろ。(ねみー)」
女「そんなに簡単に割り切れないよ。だってずっと一緒にいたんだもん。思い出が多すぎて……」
T「君はさ、もう結論が出てるんだよ。それを俺に聞いてもらいたいだけ。いくらでも話は聞いてあげるけど、俺には何もしてやれないよ(つーかねみー。相談うぜー)」
女「ありがとう。なんかTくんと話してると安心するの。ごめんね」
T「いや別に謝らなくてもいいけど。少し気分変えたら? 他の男にも目を向けてみなよ(お、終わりました? 寝るか)」
女「うん……」
数日後
プルルルルルル
T「はいTだけど」
女「あ、私……。別れちゃった……」
T「そっか。まあうまくいかないもんは仕方ないよ。元気出せ。俺でよけりゃ映画くらいならつきあうぞ(おまえのオゴリでな)」」
女「この前Tくん、他の男にも目を向けてみなよって言ってたよね」
T「あー 誰かいいのいた? (こんなに早くみつかるわけないか)」
女「えっと、言いにくいな……。えっとごめんね、なんか私らしくなくて……。ずっとTくんに相談に乗ってもらってて私、なんか」
T「……(すげえ嫌な予感。つーか悪寒)」
女「Tくん……。私……」
T「あ、ごめんちょっとキャッチ。かけなおすわ。(うひーこの空気が耐えられん。はっきり言えや! )」プティッ
数十分後
プルルルルルル
T「はいTだけど」
女「あ、私……。なかなか電話かかってこないから」
T「ああごめん寝ちゃってた。(察せよ! )
女「さっきの話だけど、はっきり言うね。Tくんのことが好きなの」
T「……。(直球できますか)」
女「なんかあいつと別れてすぐにTくんに心変わりするの軽いって思われるかもしれないけど」
T「いやそうは思わないけど(思いまくり。つーか俺はデパートのトイレちゃうっちゅうねん。手近なとこで済ますなや。君らのごたごたも全部知ってるし、君のイヤな部分も全部知ってる。付き合ってないけどもうお腹いっぱいなのよ)」
女「けど?」
T「君のことずっと妹みたいに思ってたし……(出た! 言うに事欠いて妹! ベタベタの禁じ手でしょこれ。よくぬけぬけと言えるわ俺)」
女「そっか。…………。Tくん優しいからちょっと期待しちゃった私がバカだったね。ごめんね気にしないで」
T「いや全然。(うへっ引くの早くない? もうちょっと押せよ。スッと引かれると追いたくなるわ)」
女「あたしたち、明日からも気まずくならないで友達でいられるよね?」
T「当たり前じゃん。いつでも電話しろよ。あいつの次くらいにおまえのことわかってるつもりだし(うひ、何言ってんだ俺。いきなり君からおまえに人称変わってるし)」
女「またそういう事言う……。期待しちゃうよ……」
T「腹減ったな! ラーメンでも食いに行く? (どわっ、確かに腹は減ってるけどなんでこいつと行くか! あああああ、なんか自分でもどっちが本音なんだかわかんなくなってきた)」
女「ぐすっぐすっ。本当に優しいんだから……ぐすっ」
T「いや優しくねーよ(いや優しくねーよ)」
教訓
雰囲気に流されないようにしよう
「ごめん……。今大事な人と話してるところだから……。電話切るね……」
ぐはっ! 何々? ちょっと待って。大事な人って俺のことちゃうの? つか、ついこの前まで「あなたじゃないとダメなの」とか言うてたんちゃうの? そりゃ俺様も「もうおまえとは一緒にいられない。おまえの事もう好きじゃない」とか言いましたよ。ええ確かに。でもさ、思い直したわけよ。なんつーの? 言葉のあや? ちょっとキツイ事言っておまえの事試したみたいな? そういうのわかんないかなー。結局キツイ事言ってたって、今更 新しい女と知り合ってお互いの事わかりあって、それから付き合いが始まるとか、そういうのめんどくさいっつーか、そもそも新しい女が俺の事どれだけ好きになるかわかんないっつーか。
あーたまらんわ。てっきりこっちが優位に立ってたと思てたのに、これですか。そういや、ごたごたあった後、おまえ飲み会行ってたわな。同期の女の子が「○○ちゃんを励ます会」とか言って合コン開いたとか言って。はいはい。それですか。その時知り合った男ですか。29歳会社員。金持ってる洗練された男。そりゃ俺様は金持ってないよ。バイトもロクにしてない、学校もロクに行ってない穀潰しですよ。でもさ、7歳も上のおっさんでいいわけ? 29歳よ? 29歳。三十路まであと300日切ってる男よ? そろそろ腹も出ようかっつー年頃よ? そんなにそいつが気に入っちゃいましたか? ヤりましたか? 上手かったですか? むしろ美味かったですか? 23歳の俺様じゃ到底かなわないですか?
あーもう俺様耐えがたきショック。俺様の予定ではこうよ。
「ちょっと言い過ぎちゃったかな。確かに最近冷え切ってたし、ここらで少し距離を置くってのもいいかと思ったけど、実際距離置くと俺様、何もやることないのよね。休みの日も家でゲームやってるだけだし、あいつ何やってんのかなとか考えるだけだし。電話がかかってきても出ないようにしてたけど、本当はあと3回くらいかけてきたら仕方ないから出てやろうかとか考えてたし。そろそろいじめもピークに達したし、ここらでバーンと許してやって、またまったり楽しくやりましょうかね。合コンとか行ってあいつも少しは気が晴れて、うざい事も言わなくなってるかもしれんし」
って思ってた矢先に「大事ナ人ト話シテルトコロダカラ……」かよ!! マジ勘弁。俺様泣きそう。なんでそんな変わり身早いわけ? これが女ってわけ? そんで こんなシチュエーションになって、泣きそうな顔しておまえから貰った手紙とか読み返してるのが男ってわけ? つか随分手紙あんな。こんなに貰ってたっけ? うへっ、なんかレシートの裏とかに書いた一言とかまでとってあるし。俺様女々しっ!
「来年の今日もあなたのそばにいられますように」
来年の今日ってまだまだ先やんけ。おーい。この手紙嘘になっちゃってますよお。つかやべっ。マジ涙出てきた。
今日は何の日か知ってる?
ふふ♪付き合って4ヶ月と2日記念だよ!
なんかすごく幸せで恐いです。
この幸せはずっと続くよね?
ずっとそばにいたい。
先のことなんてわからないって言うけど、
今の気持ちを大事にしたいって思う
こんなに人を好きになったの初めてって言ったら、
おまえ何回そのセリフ言ったの? って聞いたよね?
初めてに決まってるじゃんかー! プンプン!
そんなに軽い女に見えるかなー?
こんな恥ずかしいセリフ、一生に一回しか言えないよ!
今日は本当にありがと。なんか涙出ちゃった。
あったかくて、胸がいっぱいになっちゃった。
もしあなたが私の事嫌いになっても、
私はずっと好きでいるから。いいよね?
今日のこと、ずっと忘れない。忘れたくない
ぐしっ。ぐしっ。なんだよーこの手紙はよー。この思い出を胸に生きていけと。あの時は確かに本気でしたと。ひー耐えられねー。電話しよ。そんなすぐに俺のこと嫌いになるとかありえないし。まだ戻る可能性アリだし。ピポパポ。
「あ、もしもし……。俺。ごめん。声が聞きたくなって……」
「………………」
「今、おまえから貰った手紙読んでた。なんか……、その、楽しかったよな。楽しかったって事、俺忘れてた……。ずっと……」
「ごめん、もう電話しないでくれる? 手紙とか捨てて。そういうの今読まれてると思うと なんか気持ち悪いし……。 そういう女々しい人だったって思いたくないし」
「気持ち悪い……。女々しい人だった……。過去形ですか……」
「ごめん。切るね。今彼と一緒にいるから。もう電話しないで」
「彼……」
プティッ
教訓
手紙は捨てよう
微妙にノンフィクション。あるあるある!
17時20分
クソだるいが寝続けるのはもっとダルいので起きる。寝ている間に相当な量の水分が体から発散され、血はドロドロになっているはずだ。こういう時は大量に水を飲んで、濃くなった血を薄めるのが正しい行動なんだろうが、あいにく俺は水を飲む習慣がない。ここ数年は水道から出た水を口に入れたことがない。スカスカの冷蔵庫から取り出した気の抜けたコーラを胃に流し込む。寝起きに飲むコーラは甘ったるさがいつもの倍だ。クソかったるさもさらに倍になる。
19時
テレビを見るでもなく、着替えをするでもなく、食糧を買出しに行くでもなく、気付けばこの時間だ。巡回サイトをタブブラウザで一気に開き、つらつらとテキストを読み漁っているといつのまにかこのくらいの時間になっている。テレビはあるにはあるんだが、この時間に見たい番組はない。かと言って特に見たいサイトもないんだが、習慣化しているんだろう。モニタに表示された文字を読まないと頭が澱んでいるような感覚が消えない。バカが書くクソ面白くもないテキストを読み、バカのバカたる所以を確認すると、ほんの少し創作意欲が湧いてくる。気分のいい時に冷静に振り返ると、俺の創作意欲はほとんどが苛立ちによって生まれていることがわかる。
21時40分
食事を摂るために費やす時間が、いかに無駄な時間かを考える。つまり俺は今現在腹が減っているということだ。食事を摂るためには食糧を調達しなくてはならない。まずその時間が無駄だ。別に美味いものを食いたいという欲求もない。手近に死なない程度の食糧があればそれで済ますのが流儀だ。4日前に買った食パンの残りがあったので、それにバターをつけて口に入れる。食うという感覚がまるでない。死なないための作業のひとつという感覚だ。顎を動かして咀嚼するのすら面倒くさい。コーラを飲むだけで必要な栄養素が全て摂れれば、どれだけ俺の生活はクソ有意義な時間が増えることか。
23時
未だにテレホーダイなどというクソみたいなサービスでネットに縛られている連中が大挙して押し寄せる時間だ。俺は常時接続なので別に関係ないのだが、なんとなくネットに活気がない時間にはやる気が起きない。IRCに繋いでみる。誰もいない。チャンネルから抜け出そうと思ったが、誰かが俺に話し掛けたくてチャンネルに来るかもしれない。そのままにしておく。話し掛けられたところでクソみたいな会話があるだけなんだが。
1時15分
巡回サイトを見るのはこれで何回目だ? 1日に数回も更新するバカがいるわけもないんだが、手持ち無沙汰になるとつい巡回サイトを開いて見ている自分がいる。俺がこんなクソのようなサイトを見て、一体何のメリットがあるんだ? 自分でもわからない。俺は何故こんな夜中に起き続けてこんなクソどもの戯言を眺めてるんだ? それが何になるんだ?
2時30分
テレホーダイで増えたネット人口もこの時間になると櫛の歯がこぼれるように減っていく。クソどもと心の通った交流など何もないんだが、いつも自分だけが取り残されたような孤独感を味わわされる。俺は取り残されたんじゃない。おまえらクソが明日の仕事のため、明日の学校のためと称して寝るのを、軽蔑の眼差しで眺めているだけだ。やりたい事も出来ずに日々の義務に囚われているおまえらクソどもに何故俺が孤独感など味わわされなきゃいけないんだ。
いつもの苛立ちが襲ってくると、俺は自分に向かい合う。じゃあ 俺がやりたい事ってのは一体何なんだ? 夕方に起き、明け方までネットを徘徊する事なのか? 俺がやりたい事はこんな事じゃない。でもわからねえんだよ。何がやりたいのか、自分でも。
4時
文章を書く。綺麗事しか言わないクソどもへの呪詛と、何も出来ない自分自身への罵声だ。
久しぶりに昔の友人からメールが届いていたのを思い出し、メーラーを起動する。大学がどうだとか、サークルの幹事がどうだとか、就職がどうだとか、単位がどうだとか。そんな事は俺の知ったこっちゃない。俺が聞きたいのはそんな事じゃない。返信に書く内容が見つからず、ネットでの出来事で面白いことはなかったか思い返してみる。だがそんな事を書いたところで、昔の友人が興味を示すとも思えない。やめよう。俺には何も書くことがない。俺とそいつはもう違う道に分かれたのだ。
いつから俺はこの道に立っているんだろう。自分で望んでここに来たんじゃない事だけは確かだ。いつのまにかだ。何かが少しだけずれたのだ。そのほんの少しのずれがなければ、俺も今頃は普通に朝起きて、学校に行くなり仕事に行くなりして、夜になったら少しばかりの息抜きをして、そして寝てたんだろう。そして軽蔑するクソどもと、クソみたいな会話をして、それなりに楽しく毎日を暮らしてたんだろう。それが素晴らしい事だとは毛ほども思わないが、少なくとも今みたいなイライラした気分は味わわずに済んだに違いない。しかし何故俺は苛立っているのに泣いているんだ?
5時50分
眠る。眠っている時だけが俺が生きている時間だ。
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