小学校低学年の時に、ウルトラマンのカードを集める遊びが流行った。大きな紙製のアルバムのようなものが一緒に発売されていて、これに糊でカードを貼り付けていく。カードはどうしてもダブるので、なかなかアルバムは完成しない。あと残り数枚というところまでいったのだけど、もう友達との交換でどうにかなるレベルの話ではなくなっていた。買えども買えども欲しいカードは手に入らない。小遣いも尽きる。俺はどうしてもアルバムを完成させたかった。
うちの親父の同業者にワタナベさんという人がいて、週に一度はうちの事務所に出入りしていた。親父とタメなので、当時33歳とかそれくらいだったと思う。今の俺よりも年下だ。ひょんなことからワタナベさんの奥さんが、このカードを袋詰めする内職をしていることがわかった。「おう、ダイスケ。俺にまかせとけ。足りないカード持ってきてやるから」。俺は飛び上がって喜んだ。飛び上がって喜んでる俺を見て、ワタナベのおじちゃんも喜んでいた。
大人は平気で子供との約束を反故にしたり、後回しにしたりするものだ。俺も甥っ子が出来て、そういうダメな大人になっていることに気付かされる。そして大人の事情を汲めない子供は深く傷つく。でもワタナベのおじちゃんは約束を守った。後回しにもしなかった。俺が渡したメモ通りのカードを、忙しい仕事の合間をぬって、すぐに持ってきてくれたのだった。
ついにアルバムが完成した。足掛け半年近くもかけてカードを集めていったのと、毎日バカみたいに広げては眺めていたので、既にアルバムはボロボロになっていたけれど。この時の嬉しさをどう表現したらいいのかよくわからない。子供時代だけに味わうことが出来る性質のものだ。
今でもそのアルバムは実家に大切に保管してある。実を言うと、表紙に貼り付けてあった1枚だけ、カードが剥がれてなくなってしまっているのだけど(表紙に貼り付けるような作りにしてあるのがおかしい)。貼り付けたカードの上から、さらに透明なテープでも貼って補強しておけばよかったと少し後悔したが、確かにこのアルバムは完成したのだという記憶が俺の中にはちゃんとある。喪失感は意外なほど小さい。
たまに実家に帰ったときにアルバムを見ると、不思議な充実感とともにワタナベのおじちゃんの顔が頭に浮かぶ。
久々にワタナベさんと電話で話す機会があったのだけど、声がまるっきり変わってしまっていて驚いた。最初誰だかわからなかった。先々週受けた、食道がんの手術の影響だそうだ。「リンパ節に転移しているので、来月からは抗がん剤の投与が始まる。それまでは家族との時間を大切にしなさい、家に帰りなさいと医者に言われて退院してきた。入院中、いろいろと仕事手伝ってくれてありがとうな」。
お礼が言いたいのは俺の方です、と思ったのだけど、多分もうワタナベさんはウルトラマンのカードのことなんて忘れているだろう。何しろ二十数年前の話だ。
4月。嵐のようなサークル勧誘を受けて、あら、俺ってば嘱望されてる人材なのかしら、などと勘違いを起こし、適当に新歓コンパを冷やかしてどこに入るかも決めず、そうこうしているうちにどこのサークルでも新入生の輪ががっちり出来上がっていることに気付き、今更サークルってわけでもねーだろなんて斜に構えて自ら大学サークル人脈からドロップアウトし、語学クラスの比較的顔をよくあわせる連中くらいは仲良くしておかないと後々テストの時に大変だな、なんて利己的且つ人間関係というものを舐めくさった態度で友人と接し、当たり前のようにそれを見透かされて、寄ってくる者はと言えば同じように人生舐めきってダレた連中ばかり。そろそろ学校にも慣れてきたなと思った瞬間ゴールデンウィークに突入。何をするでもなく家でダラダラ過ごしていたら、なんとなく学校行くのがかったるくなってゴールデンウィーク明けに早くも自主休講。大丈夫大丈夫、7割出席すればOKなんだろ? 俺は終盤にエンジンかかるタイプなのよ。もうこれ以上休んだらやばいって状況に追い込まれて初めて実力を発揮できる男なのよ、なんつって自分を納得させてまた今日も自主休講。明日も自主休講。明後日も自主休講。誰が呼んだかゴールデンイヤー。
6月。あー雨かったりー。やってらんねー。とか言ってられない状況に陥ってることに気付いて慌てて登校。試験の情報仕入れなきゃいけないんだが、情報がっちり握ってる真面目軍団につてはなし。仕方なく例のダレきった連中に助けを求めてみるも状況はやつらも同じで、あてもなく学内をさまよい歩くうちに誰ともなく「しけた面しててもしょうがないから雀荘でも行くか」なんて言い出す始末。雀荘に行ってみるとあらあら随分繁盛してんじゃないの。試験前なのにおまえら大丈夫なのかよ、などと他人の心配してる場合じゃない事にも気付かず、むしろお仲間がたくさんいることにズブズブ安心しきって試験の前日まで麻雀漬け。さーいよいよ試験だ。最後の最後に回ってきた真面目軍団のノートをコピーしてささっと字面だけ眺めていざ本番。わからない。何を問われているのかすらわからない。コピーした資料の利用の仕方すらわかっていなかった事を思い知らされあえなく撃沈。白紙回答も芸がないから仕方ねえ、ここはキムチチャーハンのレシピでも書いて出しておくか。翌日の試験も同じ状況になるのは目に見えてるから受けるだけ無駄無駄。受ける意味ないじゃん。じゃ放棄だ放棄。なんつって朝の9時から新装開店のパチンコ屋。試験当日パチンコ屋。おーおまえも来てたか、なんて言ってる場合じゃない。
7月。8月。9月。なげーなー。大学の夏休みってなんでこんなになげーんだよ。こんなに休んじゃったらもう学校なんて行く気ゼロだよ。毎日毎日ゲームゲーム麻雀麻雀映画映画飲み会飲み会。で、ハッと気付いたら学祭だと。あーいいねー。まめにサークルで頑張ってた連中がここぞとばかりに張り切っちゃうアレか。一回くらいは体験しておくのもアリかもな。せっかくだから行っとくか。華やかな連中をぐるっと見回すとどいつもこいつも女連れで喜色満面じゃないか。でもなんだ、コレ。面白くねえ。びたいち面白くねえよ。 わかったよ。完全にわかった。学祭ってのは参加してるやつだけが楽しくて、客の方は全然つまらないんだな。って俺はなんだ? 客か? 客なのか? この大学に在学してる学生じゃなくて、一般客なのか? 子供がどんな生活を送ってるか覗きに来た地方在住のご両親なのか?
そろそろ後期試験って時期になったらなんだか学内がキナ臭い。おいおい待ってくれよ。神はやっぱり俺を見捨ててなかったのか? なんだ試験のストライキって。笑わせやがる。俺は向学心に燃えて大学に来てんだぞ? この世の知という知を片っ端からこの頭脳に収めるために大学来てんだよ。一応形はな。それがなんだ。自治会とかいうわけのわからん学生組織が俺様に断りもなく勝手に後期の試験を潰しやがったよ。ハッ! ストライキ万歳! 全部レポートに振り替えだとよ。などと喜び勇んで雀荘に駆け込んでみると、同じように勝利に酔いしてる連中が大挙して押し寄せている。さー今日は朝まで打つぞ。レポートなんて楽勝楽勝。1日あれば即書ける。
結局出したレポートは2つ。うち1つは出席日数が足りず不可。1つはなんとびっくりの優をもらって気を良くしたが、成績表に踊る不可と否の文字のなんと神々しいことか。不可否不可否不可否不可否不可不可否否不可否否。アレか? フカヒレスープとか言って笑ってごまかすべきか? なんと1年次の成績、取得単位数4。逆さに振っても血も出ない。1コマだ。たった1科目のみの単位を取得し、俺様の大学1年は終わった。学費と、麻雀で負けた金と、パチンコで負けた金と、競馬で負けた金と、数え切れない駐禁の反則金を支払い、それら全部を足しても追いつかない貴重な時間を無駄にして得たかけがえのない4単位。この時点で4年での卒業が完全に不可能となり、翌年も1年生の授業を全て受けなおす事が決定している。ははは。大学って面白いところだな。休んで遊んでても先生から電話かかって来ないんだって。あはははははは当たり前かー。まあアレだ。5年で卒業すりゃいいんだろ? 来年はフル単位取るからよ。見てろよこの薄ら馬鹿共。などと悪態ついたこともすっかり忘れ、気付けば次の年も全く同じ事をしでかしている自分がいる。大学2年次、取得単位数ゼロ。1科目も単位を取ることなく大学2年が終わった。さすがにもう取り返しがつかないという事に気付き始めている。俺は一体どこで道を間違えてしまったんだ……。
そして俺はズルズルと何か得体の知れない汚水のようなものに流され、大学6年の春に退学届という名の一枚の紙切れを事務的に受理され、学生という高貴な身分を剥奪され、プー太郎というさらに崇高な称号を得た。以来、この季節になると決まって大学を卒業する夢を見る。糞忌々しい夢の中で俺は、後悔という言葉の意味を知った。
僕も(も?)ある友人の事を思い出した。Tというその男と知り合ったのは中学の時だった。俗に言う不良グループに属してるヤツだったが、腕っぷしはからきしで実は気弱な男だ。なんでこんなごくフツーのお坊ちゃんが不良グループと付き合ってるんだろう? と当時の僕は思っていたが、今考えると「家庭環境」ってやつなのかなぁと思う。Tはいつも大金を持ち歩いていて、仲間に気前良く奢る。僕からすれば羨ましいの一言だったが、本人にしてみれば寂しさを埋め合わせるための悲しい金だっただろう。母親は何を生業にしているのか知らなかったが、とにかく家にいたためしがない。家にいてあげられない分、存分の小遣いで罪滅ぼしか。安物のドラマみたいだ。母親がいないのをいいことに、不良グループはいつもTの家にたむろした。金もある、たまる場所もある。グループのガキにとって、Tは都合のいいスポンサーみたいなものだった。
Tは信じられないくらい勉強が出来なかった。学校一のバカは誰かという話になると必ずTの名前があがる。運動も出来なかった。中1で陸上部に入ったが、きつい練習についていけず、すぐに辞めた。唯一Tに誉めるところがあるとすれば、それは人懐っこい笑顔くらいだったろう。しかし見る人が見ればそれは媚に見えたかもしれない。うっとおしいと感じる者もいたかもしれない。僕自身はTに対して何の感情もなかった。親友と思っていたわけでもないし、かといって他人とも思っていない。微妙な距離感があるクラスメートといった感じだった。
「オールナイトフジ」という鼻糞みたいな番組が土曜の深夜に放送されていた。僕らはこの鼻糞が大好きだった。僕は不良グループに片足を突っ込んでいたような、そうでないような微妙な立場だったが(この辺の話は『回顧録』に書いた)、たまに鼻糞目当てにTの家に遊びに行くことがあった。Tが「今日はすごいビデオがあるぞ。オールナイトフジなんて見てる場合じゃない」と言う。聞いてみると『洗濯屋ケンちゃん』という裏ビデオを入手したんだそうだ。知ってる人は知ってるだろうが、裏ビデオ黎明期の金字塔とも言われてる当時の名作だ。世に出てすぐにTは入手した。常にこういう話題作りをしないと「仲間」が離れていってしまうと思っていたのかもしれない。とにかく何人かのガキと僕が食いついた。
初めて見る裏ビデオは衝撃だった。どいつもこいつも「俺はこんなの見慣れてるぜ」という顔を装っていたが、内心は興奮しきっていたに違いない。必死に網膜に焼き付けて、お土産にするつもりなのがバレバレだ。ビデオが先に進むにつれて「うわ、すげえ、こいつデカくない?」「ダースベーダーみてえだな(?)」「えええ?女もこうなるのかよ?」などと中学生らしい言葉が出てくる。この時のTの顔が僕は忘れられない。皆を喜ばせることが出来た満足感と、しかし皆との間に厳として存在する距離を憂う気持ちとがないまぜになった表情。
僕とTはクラスが違ってからほとんど交流がなくなった。それぞれにいろいろな問題を抱え、悶々と学校生活を送った。Tの最大の問題は進路だったろう。彼の学力ではどう考えても高校に行くことは不可能だ。噂では母親がどうしてもTを高校に入れたがっているという話だった。教師も頭を抱えた。最後に出た結論。私立の全寮制高校。無試験で入れるという話だ。僕にはどんな学校なのか想像もつかなかった。東京ではない。三重県だったか、確かその辺りの、当時の僕らからすれば「どこか遠い所」の高校に行くことになった。おそらく全国から問題児どもがわらわら集まってくるんだ。僕は身震いした。
高校入学後、最初の夏休みにTは自殺した。剣道部のいじめとしごきが原因だった。裁判で学校の責任が問われたが、「本人が数日前に自殺未遂したことを学校側は知らされていなかったうえ、本人にも死をうかがわせる深刻な表情がなく、学校側が自殺を客観的に予見できる状況にはなかった」として、最高裁で訴えが棄却された。
「本人にも死をうかがわせる深刻な表情がな」かったか。僕にはその表情が想像できた。
桜庭和志の永遠のヒーローはタイガーマスク。僕の永遠のヒーローはウルトラセブンだ。誰よりも強く、そして優しい憧れのヒーロー。もちろん大きくなったらウルトラセブンそのものになりたいなんていう、いかにも子供じみた事は思わなかったけれど、男として人間としてそういう強さ優しさを持ちたいと願っていた。ま、誰でもそういう存在、心のヒーローはあるよね。
子供心にショックだった事がある。ウルトラセブンから7年後に放送されたウルトラマンレオだ。あまりに古くて誰も知らないかもしれないけど、ウルトラマンレオにはセブンが格闘技の師匠として出てくる。当時はウルトラマン人気に翳りが見えてきていて、円谷プロには予算がなかった。だから派手な光線などの特殊効果がなかなか思うように使えなくなっていた。苦肉の策で、ウルトラマンレオは光線などをほとんど使わなくても済むように、格闘技(肉弾戦)が得意という設定を採用したのだった。
ウルトラマンレオ第1話。いきなり僕の永遠のヒーロー、ウルトラセブンは窮地に陥っていた。敵の猛攻撃を受け、瀕死の状態だったのだ。それをレオが救い、セブンは地球の守りをレオに託す。そして以後はレオの格闘技の師匠として、様々な技をレオに授けるのだった。ここまでだったらいい。しかしウルトラマンレオには、子供だった僕にとっては少々残酷な設定が用意されていた。第1話の闘いが原因でセブンは重傷を負い、変身すら出来なくなり、いつもモロボシ・ダンという人間の姿で松葉杖をつくようになってしまったのだった。何も子供番組でこんな現実的な設定にしなくても……。
こう書くと「なんだ、そんなことか」って感じかもしれないけど、当時の僕のショックはちょっと言葉では言い表せないくらい大きかった。誰よりも強くて優しかったあの憧れのヒーローが惨めな人間の姿で松葉杖をついている。思うように動かない足を、歯を食いしばって引きずっている。とても見ていられなかった。レオ(の人間の姿、オオトリ・ゲン)を特訓して技を授けているときも、僕には「自分の体が動かない事に苛立ってレオをいじめている」ようにしか見えなかった。セブンの苦しみは、まるで自分自身の苦しみのように重かった。
PRIDEで高田延彦が無様に負ける度に、僕はウルトラマンレオに出ていたセブンを思い出していた。強いヒーローはずっと強いままでいてほしかった。やっと彼の惨めな姿を見なくて済む。多分リングで涙を流していた田村の心の片隅にもそういう思いがあったんじゃないかな。現実って、泣きたくなるくらい残酷だね。
miffeyパパからの情報。
後年、モロボシダンを演じた森次晃司さんが、「レオに登場する、陰湿になってしまったダンは、ボクは嫌いだ」とおっしゃってました。ダンという存在に一番近い、 そして(たぶん)ダンという存在をもっとも大事にしていた人物の言葉、説得力がありますな。
切ない。つーか勝手に匿名メール公開しちゃってごめんね。
よう。小さい時に「昆虫博士」なんて親戚連中からおだてられていい気になってた坊主ども、元気か?今でもあの熱き昆虫への思いを持ち続けてるか?俺はもう、とうの昔になくしちまったよ。オニヤンマを発見しても、キボシカミキリを発見しても、心がときめかねえんだよ。悲しいことだな。ま、キボシカミキリに大喜びしてる30過ぎのおっさんの方がどうかしてるけどな。
そんな元昆虫博士の坊主どもに質問だ。なんで俺たちは蝶は好きなのに蛾が嫌いなんだ?なんでバッタは好きなのにカマドウマが嫌いなんだ?なんでカマキリは好きなのにゴキブリが嫌いなんだ?よーく手前の胸に手を当てて考えてみろ。
俺達の好みをもう一度よく考えてみようや。俺達は昆虫の全てが好きだったわけじゃない。思い出せ。草むらで日がな一日虫採りに明け暮れたあの日々を。俺達は元々草むらに棲んでる虫なんか好きじゃなかったんだよ。俺達のフィールドは雑木林の木のてっぺんだったんだ。そう、樹の上は硬い外骨格を持った「甲虫」って呼ばれる種類の虫たちの天下だったな。カブトムシやクワガタムシ、コガネムシやカミキリムシ、こいつらこそが俺達の胸を最も熱く焦がしたんだ。ぐにゃぐにゃやわらけえ幼虫が大好きだったヤツいるか?いたら手ぇあげろ。ん、いないな。薄気味悪い芋虫が、蛹を経て装甲車みたいな硬い殻に覆われる。装甲を開くと美しい透明の羽が現われる。この特撮ヒーローみたいな変身が俺達の憧れだったわけだ。
それに比べたらバッタだのカマキリなんてのは、幼虫の形態からろくすっぽ変態もしないで一人前ぶってる雑魚同然だな。しかも全然体が硬くない。ぐにゃぐにゃだ。うっかり強く持ったらぶにゅっと潰れちまうくらいの脆い体だ。さらに羽が剥き出しってのがみっともない。恥じらいの欠片もねえ。そういう最終兵器は絶体絶命のピンチのときだけ出すのがヒーローってもんだろ。番組開始1分でウルトラマンに変身、肉弾戦すっ飛ばしていきなりスペシウム光線で決着じゃいくら相手が子供でも納得しねえよ。バンダイ製品の不買運動が起こらあ。
さあ、もう気付いただろ。俺達はチョウチョなんていう、ひ弱な昆虫は元々好きじゃなかったんだ。それどころか薄気味悪いくらいに思ってたんだ。それを「昆虫博士」の威信にかけて必死で否定してただけなんだよ。今こそはっきり声に出して言ってみろ。「俺は蛾と同じくらい蝶も嫌いだ」と。真の昆虫狂いはカマドウマもゴキブリも蛾も大好きなはずなんだ。おれたちゃ偽者だったんだよ。偽者だったから情熱を失っちまった。俺達が昆虫を通して思い描き夢見ていたのは、誰よりも強くなってる未来の自分自身だったのさ。
さあ坊主、日が暮れ始めた。今度は虫じゃなくて現実の自分を見るんだ。そして気付け。まだ蛹にすらなっていないおまえに手遅れって言葉はないんだとな。
今では見る影もないが、その昔日比谷の映画街はいかがわしさがプンプン漂う小汚い場所だった。九龍城のようにパイプ類が剥き出しの薄暗い通路には雨も降ってないのにいつも水溜りが出来ていて、何とも言えない臭いが漂っていた。この臭いが僕の映画体験の原点になっている。まだ有楽町マリオンも出来ていない頃の話だ。
現在の日比谷映画は元は千代田劇場という名の映画館で、取り壊された日比谷映画の名前だけを引き継いでいる。この隣に広がるプチ九龍城には本当にコアな映画マニアがいつもうろうろしていた。旧作のパンフレットやポスターを揃えた店があり、狭い店内にぎっしりと積まれたお宝に目を輝かせた記憶がある。もっとも中学生だった僕には全然手が出せない代物だったが。
親の財布から金をちょろまかしては学校をさぼって日比谷まで行き、映画を観終わったら九龍城のゲーセンで時間を潰すというのがお決まりのパターンだった。大学生が使うようなバインダーをいつも持ち歩き、映画館で配布しているチラシを片っ端からそこにファイルしていく。バインダーの中にはそういったチラシと、行く度に数枚購入していた映画の前売り券がびっしりと入っている。ゲーセンの片隅でそれを広げて、一枚一枚丁寧に見ていくのが何より楽しい時間だった。日比谷というのは大人の街なので、寂れたゲーセンなんかに人はほとんどいない。補導員が来るという事も無かった。中学生の僕が何時間でもいられる場所だったのだ。
今考えると一人ぽっちで学校さぼって映画見てる中学生というのは、えらい孤独で可哀相なヤツだなぁという気がするが、その頃の僕は孤独感なんてものは微塵も感じていなかった。とにかく1本でも多く映画が観たい! 面白い映画に出会いたい! という一心だったのだ。同世代の友人には映画の感想を言い合えるヤツなんて一人もいなかったし、そもそも感想を言い合うという楽しみを知らなかった。今ではネットを通じて、知らない人とすら映画談義が出来る。誰も観てないと思っていたマイナーな映画にも必ずファンがいて、そういう人たちを探すのもそれほど難しいことじゃない。でもたった一人で一生懸命アンテナ張って、面白い映画を見出すことに熱中していたあの時代は、なんか格別だったよなぁという気がするのである。
その頃観た映画は今でもほとんどが強烈に印象に残っている。便利な時代になって、埋もれた名作が次々DVD化されていくのは嬉しい限りだが、今観ると色褪せてやしないかとちょっと心配だ。時間の経過とともに記憶が美化されてるんじゃないのか?『ダーククリスタル』と『バンデットQ』がその答えをくれる。久しぶりの旧友との再会に、緊張気味の今日この頃。
手がすっかり治った。こんな子供っぽい怪我はいつ以来だろう。治るのもこんなに早かったのだと驚いている。こんな風に子供の頃の記憶というのはだんだんと消えていくのだな。
最近子供の間で何が流行っているのか全然わからなくなってしまった。大学生くらいまでは、「おまえ小学生かっ!?」ってくらい子供の流行に詳しかった(つもりだった)のだが、遊戯王カードだのアギトだの言われても何が何やら……。今でもコロコロコミックは存在してるのだろうか? 駄菓子屋にはよっちゃんイカがあるのだろうか? そもそも駄菓子屋がないか……。ザリガニは釣れるのだろうか?
てなわけで、子供をみつけるとかなり興味を惹かれる。先日江戸川区の辺りを車で営業中に子供を発見した。
両側がしっかり舗装された小さい用水路のような、と言うより市民の憩いの場として無理矢理作られたコミュニティゾーンのような幅1mくらいの小川で何かを釣っている。
彼らから見ると、僕はネクタイを締めたちょっと若いおっさんなわけで、昨今の大事件で親からかなりきつく戒められているらしく、いわゆる「知らないおじさんと話しちゃダメ」状態なのだった。確かに昼間っからぷらぷらして、子供に話し掛けるおっさんにロクなやつはいない。僕が話し掛けた途端、親がすっとんできて通報されるかもしれない。
しかし元気に外で遊んでる子供に出会えた嬉しさから、思わず「よお♪何が釣れんの?」と話し掛けたのである。
「ザリガニぃ〜(語尾下げ)」
おまえガムでも食ってんの? というような はすっぱな態度で応えてくれた。この小川には金魚やら鯉やら亀やらザリガニやらが住人によって勝手に放流されており、そこそこの自然を感じさせてくれるらしい。熱心に糸を垂らして水面をじっと見ている。しかし堪え性がないのが子供というもので、すぐに飽きて網を直接水中に突っ込んでゴリゴリ漁り始めた。
あ〜あ、なっちゃいないな。イカに食いついたザリガニを釣り上げるから楽しいんだろうが〜。網で直接すくったらつまんないよ。と思いつつも何も言わずに車に戻り見ていた。1匹が網に入った。結構でかい。わっと子供達が集まってきて、みんなででかいザリガニを小突きはじめた。とても楽しそうだ。
自分も子供になって、その輪に入っている錯覚に陥った。しかし首に手をやると、そこにはネクタイがあるのだった。いっぺんに白けてしまい、はじける歓声を後ろに聞きながら車を発進させた。
「今日は仕事する気なくなったな……。寝るか……」
土手沿いの道にまた車を停めて、昼寝することにする。車で寝ると余計だるくなるのだがかまうものか。嗚呼……。

昨日のROLEXの話で、僕が持っているのは『GMT-MASTER2』というモデルだと書いた。これは元々飛行機のパイロットが使うために開発された時計で、地球上の2点の時刻を同時に表示する機構がついている。写真を良く見ると長針・短針の他にもうひとつ、赤くて細い針があるのがわかるだろう。これが24時間針と呼ばれるもので、赤と黒(朝と夜を表している)で塗り分けられているベゼルを回転させ、時差のある別の地点の時刻に合わせておくのである。
しかしこんな機能はめったに使うものではない。僕などは海外旅行に1度も行ったことがないので未だに使ったことがない。実際に飛行機乗りの人ですら使っているのかどうか怪しいところだ。しかしこれがいいのだ。この「無意味さ」を所有することが、心をくすぐるのである。
男の子は大抵メカの魅力に弱いものだが、僕も小さい頃からそういうものには人一倍興味を持ったほうである。ラジコンあたりを欲しがったのは、まあ当たり前として、今考えると「なんやソレ!」と突っ込みたくなるようなものを随分と手に入れてきた。
なんだかほとんどフェチというか変態の域に達しているような気がしてきたが、共通するのはどうやら「ズシリとした重量感」であるようだ。ROLEXなどの機械式時計はやはりそれなりの重量感がある。ここらへんが心くすぐられる部分なのかもしれない。もうひとつは非日常的な物語性と言えるかもしれない。たとえ無意味であっても、想像の世界に入り込めるようなひとつの完結した物語性をもったものに弱いのだと思う。「鎖のどこに物語性があるんだよ!」と突っ込まれると困るのだが。説明するのはとても難しいが僕の中ではちゃんとそれが存在しているのである。
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